⑧ページの騎士


 セシルには、ネフィリムの言っている事の意味が分からなかった。何故、このような不利な状況でも勝てる望みがあるというのか。

 しかし、ネフィリムは未だに状況精査を止めていない。この人工知能は一筋の光明を見つけるや否や、そこから何通り、いや、何百万通りの必勝の筋道を探し求めている所なのだ。

「分かったわ。じゃあ、作戦の手順はアナタに任せてみる。それで……私はどうすればいい?」

「ハイ、一手目は見つかりマシタ。ガ、ソノ後は今計算中なのデス。ナゼナラ、最終的に勝ツ方法ガマダ見当たりまセン。デモ、モウスグ開始時間デスノデ、戦いナガラその方法ヲ見つけ出すコトモ出来るハズデス」

「そうね、私はアナタを信じるわ。要するに勝つことが出来ればいいんだから」

 もうこうなれば、彼女にとって伸るか反るかの見せ所である。子供の頃からあまり境遇にも恵まれなかった彼女ではあるが、今はわずか1パーセント以下の望みであってもそれに賭けるしかない。

 それは自分の地位を守り抜くという目的だけではない。今の最大の目的は黒塚勇斗を育て上げるということ。そして、何が何でも生き残るということ。

「さあ、行くわよ! 頼んだわね、ネフィリム!」

「ハイ! 任せてクダサイ!」

 両者の気合と同時に、正午の時報が知らされた。ここからが本当の戦闘開始だ。

「ねえ、ネフィリム。私、今からアナタにインタラクティブコネクトするわね」

「ハイ、承りマシタ。シカシ、曹長ガ危険ダト判断シタラ、スグニ回線ヲ戻してクダサイ」

 彼らが言うインタラクティブコネクト=通称“インコネ”とは、お互いの三次元ネットワーク通信を介さずに、目の前にいるミックス同士やアンドロイド、もしくは戦闘マシン同士が繋がり合い、考えや感覚を共有する技術である。

 このインコネ技術を使えば、フェイズウォーカーの視界や動きをありのまま感じられるので、パイロットの指示によるタイムロスが発生しにくくなる。

 しかし、その分だけ客観性が失われるのと同時に、フェーズウォーカーが受けたダメージをパイロット自体の感覚へとダイレクトに伝えてしまうという難点もある。そのダメージたるや最悪な事態では精神に支障を来たし、全身の感覚麻痺を起こすことさえある。そう言った意味では諸刃の剣の技術とも言えよう。

 ミックスやドールといった類いのパイロットは、この技術を使い分けることで生身の人間であるネイチャーよりも戦闘能力は高くなる。だが、中には羽間正太郎やジェリー・アトキンスのような、生身の人間でありながら前者のパイロットよりも戦果を上げてしまう者たちも存在する。

 その理由は、彼らの感受性能力が高いからだと言われている。

 逆に言えば、並程度の能力の兵士がその感受性の高さを補うためにインコネ技術や三次元ネットワーク技術が発展してきたとも言えるのだ。


 セシル・セウウェルも、かつてはその並の能力の兵士の一人であった。

 彼女は、五年前の戦乱の前から家族共々このヴェルデムンドに移り住み、フェイズウォーカー乗りとして肉食系植物から人々を守るセキュリティー会社に就職した。

 しかし、度重なる肉食系植物の襲来により、家族はおろか婚約者までもが目の前で捕食されてしまうという惨事に遭遇している。

 プロフェッショナルであるにもかかわらず、その役目さえ果たせなかった彼女は当然のように荒れた生活に身を落としてしまった。

 そんな頃にヴェルデムンド内で流行り出したのが、言わずと知れたヒューマンチューニング技術である。この技術を新政府として名乗り出した一企業が、肉体の進化と称して一大旋風を巻き起こした時には、彼女はもう当然のように身体の半分以上を機械に置き換えてしまっていた。

 強くなりたい、強くなりたい。強くなって自らの役目を果たしたい。どうしようもないこの劣等感を取り除きたい。当初はそんな純粋な気持ちでやり始めたチューニング手術であった。が、いつしかそれは別の方向に変わっていってしまった。

 五年前のヴェルデムンドの戦乱の時には新政府側に付いて戦っていたのだが、もう彼女は上官に言われるがままの人形となり、取り返しのつかないほどの虐殺を繰り返してしまっていた。

 それこそがチューニング手術を過度に受けた副作用であり、その頃の彼女にはもう現実的な感覚が残されていなかったのだ。例えて言うなら、ビデオゲームで相手を倒しているような感覚でしかなかったのだという。

 だが、正に人生とは不思議なものである。というのも、彼女はあの氷嵐の晩に羽間正太郎に敗北し、戦士としても女としても多大な屈辱を受けた。そしてそのことにより、皮肉にも現実的な自我を取り戻したのである。

「もう後戻りは出来ないわよ、ネフィリム! 私は前に進むしかないんだから」



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