真次元ヴェルデムンド・クロニクル ― あなたが世界を滅ぼしたいのなら ― 

中村五円玉

エピソードXX

エピソードXX①


 羽間正太郎はざましょうたろうは、この依頼を受けた時点でとてもキナ臭い何かを感じていた。

(よりによって、こんなヤバい物を売りつけて来てくれだなんて、なんて厄介な話だ……)

 ヴェルデムンドの戦乱が終結して以来、早五年もの歳月が経っている。が、彼はその間、ある事情から新政府にA級テロリスト認定を受けてしまい、おのずと日の目を見るようなな商売にありつけていなかった。

 元より彼は、戦乱が勃発する以前から、一般的には誰にも見向きもされない試作的な珍発明品や、時にはコスト度外視の武器まがいの代物を売りさばいている。

 ゆえに、その筋の商人界隈の辺りでは、〝墓石売り〟などといった揶揄まがいの異名で呼ばれることも多かった。

 しかし、ことさら戦後に至っては、ある秘密結社のが開いてしまい、一般的に取り扱いに神経をすり減らすような際どい案件が増えてしまうのである。

 それゆえに、より一層不幸に魅入られてしまう顧客も多くなり、不覚にも正太郎の異名はことさら一人歩きするようになった。

 とりもなおさず、彼と取引をしようとする依頼主や顧客の顔ぶれと言えば、闇の世界に片足以上を突っ込んだ一癖も二癖もある面々である。それゆえ、日々生活する上で、彼の辞書に命の保証などという言葉はどこにも記されていない。

 正にこの日、売り主に呼び出されて目にした物は、時代を超越した驚愕すべき代物だった。 

「お、おい、桐野のおやっさん。こ、これが本当に裏世界の伝説にもなっている人格強制コピーマシン――『SZ-XXダブルエックス』だってのか……!?」

 差し出されたアタッシェケースの中身を確認するや、正太郎はあまりの衝撃に驚愕を禁じ得なかった。





「こ、これが……噂に聞いていた人格強制乗っ取りマシン――『SUZUKIダブルエックス』なのか……!?」

 差し出されたアタッシェケースの中身を確認するや、目の前の男はこれでもかというぐらい口角を上げ、これでもかというぐらい目を輝かせた。

「そうだ、Mr.ヴィローシェ。アンタがかつてからお望みの代物だった、狙った相手の人格や能力をそのままこっそり横取りできるマシン。これが鈴木源太郎博士の遺作となった世にも最強で最悪の発明品『SUZUKIダブルエックス』さ」

 ヴィローシェが、そのケースの中身に今にも素手で触れようかとしたところを、

「おっと、Mr.ヴィローシェ。それにはまだ気が早いぜ。カワイ子ちゃんに触れていいのは、この世の中じゃきちんと取引が成立してからだと相場が決まっているもんだ。そんなこっちゃ落とせる女にも簡単に逃げられちまうぜ?」

 羽間正太郎は、それを寸での処でひょいと取り返す。

「フ、フン! このチンピラブローカーの分際で、この第三寄留の闇帝王とまで呼ばれたこの私に生意気な口を利きおって。どうせこの代物だって、どこぞの闇市で二束三文で転がっていたものを引っ張り出してきただけだろうが!」

 いかにもいかつい体格のアルバトロス一家の若頭、エイスワン・ヴィローシェの声が、だだっ広い倉庫じゅうに重低音で響きまくる。

「へへっ、何とでも言ってくれ。チンピラでも闇の帝王でも野に咲く名もない花でも一向に構いやしねえさ。この俺ァなあ、こう見えても目利きには飛びっきりの自信があるんでえ。そんじょそこいらに二束三文で転がっていようが何だろうが、俺が価値があると思えばそれを買い付けて即座に売りさばく。それが俺の商売ビジネスだ。そこに上だとか下だとか帝王だとか乞食だとか、そんなへったくれな理屈なんぞありゃしねえぜ。あるのはこの取引が目の前のアンタと成立するかそうでないかだけだ」

「何を偉そうに、この元反政府ゲリラの腰抜け三文兵士ごときが! お前のような偽善者気取りの首謀者が逃げ出したお陰で、この世界は今や独裁機械神の言いなりではないか! 私はキサマのような出来損ないに成り代わって、この私が世界を変えてやろうというのだ。いいからそれをさっさとこっちによこせ!」

 言い終えてドン・ヴィローシェがそっと右手を挙げると、暗闇の中から数十人の手下が、いかついマシンガンを抱えて歩み寄って来た。

「へへっ、何だよミスター。アンタ、端っからそういうつもりだったんじゃねえか。それならそうと言ってくれねえと俺も予定が狂っちまうってもんだぜ」

 と、正太郎はSUZUKIダブルエックスの入ったアタッシェケースを足元に置いた。そして、

「まあ、アンタが本当にこの世界を変えてくれるっていうなら、それはそれで取引は半分成立したことにしてやってもいいぜ。それはあくまでも変えられたら、の話だがな」

 そう言って彼はアタッシェケースをドン・ヴィローシェの方に蹴り飛ばした。

「ほう、随分キサマも物分かりが良くなったものだな。ヴェルデムンドの背骨折り――いや、元反乱軍のエースパイロットにして元反乱軍軍師、羽間正太郎。私はこのマシンさえあれば昔のキサマに成り代わって暗黒の機械神を打ち倒し、この世界の伝説に成りあがって見せる!」

 ドン・ヴィローシェは、震える手でアタッシェケースを開けた。

「なあ、ミスターヴィローシェ。一つ質問だ。てめえはそれで何をやろうってんだい? それがあったからって簡単に世界が変えられるってもんじゃないだろう?」

 正太郎がヴィローシェに近寄ろうとすると、手下の数人が素早く正太郎にマシンガンの銃口を突き付けた。

 それを受けてヴィローシェは、

「フッ……。反乱軍の頭脳とも呼ばれたキサマがそれを聞くのかね? このマシンは知っての通り、対象の相手の人格や能力、そしてその思考まで寸分違わぬレベルでコピーが出来る究極の発明品だ。私は、キサマら反乱軍に所属していたときにこの発明品の存在を噂で知り、いかにこの代物が戦略的に優れているかを悟ったのだ。そして、キサマのような腰抜け軍師が戦乱の途中で逃げ失せた後も、この発明品を追ってこの世界中を探しまくった。それにはどのような汚い手を使ってでもね」

「それで暗黒街に堕ちたってわけか。元少佐殿?」

「まあ、そういうわけだ。このSUZUKIダブルエックスは、崇高なるこの私がそこまでしても手に入れるべき価値のある発明品だと思ったからだ」

「で? それで何をしようと?」

「フフフ、どのみちキサマはここで始末するつもりだから冥途の土産に教えてやろう。私はこのSUZUKIダブルエックスを使用し、あの機械神ダーナフロイズンを私自身に完全コピーして私自身がこの世界の神になり、今まで人類が成し得なかった完全なる社会を創造してやろうというのだ!」

「は、はあ? なんだそりゃ。それじゃあ基本的に、あの機械神がやろうとしていることと何も変わりゃしねえじゃねえか。てめえはアホなのか?」

 正太郎は呆気に取られてしまい、天然で開いた口が塞がらない。

「な、なんだと!? だ、黙れ、この腰抜け軍師もどきが! 私はな、どこの馬の骨かも解からん奴が作り出した機械神ごときに支配されるぐらいなら、この崇高なる私がそれに成り代わってこの世界を正しく統治した方がより良い世界を構築出来るとのだと言っているのだ。この素晴らしく高尚で建設的な考えを愚弄するとはことごとく危険な奴め! そんな危険な存在を放っておくわけには行かん!! お前のその危険な思考をコピーして、それからお前をこの世界から排除してくれるわ!」



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