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 正太郎が目覚めてから一週間が過ぎると、ようやくゲオルグ博士から訓練の許可が下りた。

 いくらフェイズウォーカーが日々技術の進歩の一途を見せているとは言え、それを操るのはパイロットの腕次第である。特に生粋のネイチャーである正太郎にとって、肉体や感覚を研ぎ澄ます鍛錬はなくてはならない日課なのだ。

「ミスターハザマ。この時点での無理は禁物だ。いくらキミの肉体が以前より僅かながら若返ったと言っても、身体的な鍛錬度で言えば手術前の方が遙かにレベルは上だったはずだ。今のキミはまだ地球にいた頃の脆弱だった子供時代の肉体とそう変わらない。そこを念頭に置いて気を付けて欲しい」

 ゲオルグ博士は、空中にホログラフの図面を呼び出し、正太郎の現在の肉体の再生度合いについて説明を行った。

 とは言え、神経系はもう完全に復活している状態だった。しかし、以前のような力の強弱の出し具合や反射能力にはまだ不安が残る。まして、筋力だけはひと月以上ベッドの中で眠っていたがゆえにその衰えを隠せるものではなかった。

「そうだな、博士。まだ関節の可動域が硬いような気がする。これもちょっとずつ柔らかくして行くしかないだろうな」

 正太郎は、肩から肘をぐるぐる回しながら首筋の辺りを伸ばす。

「その辺は、クリスティーナ君にもよく言ってある。リハビリとトレーニングのメニューは彼女の言う通りにやって欲しい」

「あ、ああ……分かった。し、しかしよ、これは何とかならねえのかい、博士?」

 と、彼は両腕と両足を差し出す。するとそこには、直径2cmの太さもある鎖で出来た鋼鉄製の足かせと手錠が嵌められている。おまけに鎖の真ん中あたりには、ボウリングの玉ほどの大きさの鉄球が五つも付いている。

「ああ、それもクリスティーナ君の要望だからね、そのまま着けておいてくれたまえ。補足だけど、鍵は電子ロックだから無理にこじ開けられないからね」

「なんでだよ! これじゃあまるで古代の囚人みたいじゃねえかよ!」

 すると、横で話を窺っていたクリスティーナが、

「だって仕方がないじゃないですか。羽間さんは本来ならお尋ね者みたいな立場なんですから。本来なら野獣は檻の中で飼うべきなんです!」

 と、凄みを利かして割って入った。どうやらクリスティーナは己の身の危険を感じ、彼の就寝中にこれらを取り付けてしまったらしい。

「まあまあ、その足かせの重量と手錠の重量を合わせれば軽く50kg以上はある。筋力を復活させるには理にかなっているではないか」

「はあ? それが医者の言う事かよ!? アンタらちょっと頭おかしいんじゃねえの?」

「何とでも言ってくれ、ミスターハザマ。私は長官からキミの完全復活を指示されただけだ。キミがクリスティーナ君にちょっかいを掛けるならそれはそれで構わんが、彼女の身の保証は彼女自身に一任したのだ。まあ、そういうことだ、悪く思わんでくれ」

「んなアホな!!」

 

 こんなほのぼのとした雰囲気を醸し出している彼らであったが、内心はかなり複雑であった。

 それは言わずと知れたことで、正太郎が昏睡状態から目を覚ました日から小紋とマリダの消息は未だ行方知れずであったからだ。

 鳴子沢長官はいかにも平常心を保っている素振りを見せているが、やはりその心労は隠せず、日増しに頬が痩けてゆくのが誰の目にも分かる程である。

 そんな現状であっても、今の正太郎には手も足も出すことが出来ない。これ程までに肉体というものが全ての基盤になっていることを思い知らされた一週間であった。

 そして正太郎にはもう一つの課題がある。それは、あの黒い嵐の事変の日から沈黙してしまった烈太郎の存在である。

 


 

 

 

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