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大膳はその後、現在置かれているヴェルデムンドの状況を正太郎に詳しく伝えた。
そして正太郎が対峙した謎の部隊が、以前から暗躍の噂をされていた秘密結社ペルゼデール・オークションであることも伝えた。
すると唐突に、
「羽間君、キミから買ったこの品を覚えているかね?」
大膳が懐から小さなリングを取り出した。それは何の変哲もない銀色に光る金属製の指輪である。
正太郎は、体を横にしたまま半身なって乗り出すと、
「んん? そりゃあもしかして、AIカウンターじゃねえの。こりゃまた懐かしいもん持ち出してきたな」
「ほほう、さすがに良くわかるものだなキミは。普通に見れば、こんなリングに名が付いていることすら分からんものだがな」
大膳は、手にした小さなリングをまじまじと見つめる。
「当たり前だろ、俺がアンタに売りつけた代物だからな。で、それが何だってんだい?」
「ふむ。実はな、このリングが今回のペルゼデール・オークションの支配システムに一役買っているというわけなのだ」
「なんだと!? そりゃあ一体どういうこったい?」
大膳は、現在第五寄留を始めとしたペルゼデールPASの統治下に置かれている状況を彼に延々と説明した。
前述でも語ったが、このペルゼデールPASは、中央システム上に登録された善い行いに対し報酬が支払われる通貨システムの事である。しかし、その行いの良し悪しを裁決するのは中央システムであるわけなのだが、その基盤となる価値基準を決定するのは、その中央システムを作った者どもなのである。
このひと月の間、小紋やマリダを始めとした幾人もの発明法取締局のエージェントたちは、その中央システムの場所を特定する事から捜査を開始したのだが、一向に場所を特定出来なかった。そればかりか、システムを操っていると見られる結社自体の本拠地の特定すら出来なかった。
そんな雲をつかむような捜査に、取締局のエージェント達は次第に疲弊の色を見せていた所だった。
そこに今回の小紋とマリダの拉致情報である。マリダは拉致される直前に、三次元トータルネッティング通信の秘匿回線を使用して取締局へとSOSシグナルを出したのだが、皮肉にも、それが切っ掛けになりようやく“対象”となる結社が存在したという証明が成り立ったというわけである。
この大膳が手にしているA・Iカウンターと呼ばれる小さなリングは、その昔、正太郎が取引を行っていたハンスゲッペル社という数名が経営する小さな会社が開発した発明品であった。
しかし、その経営者であるハンスゲッペルという人物は、経営者というより発明家という色の濃い男で、物自体には素晴らしい可能性を感じさせているのだが、必然的に売れる物を作ることに不得手であった。
それゆえに会社経営は非常に厳しいものがあり、やがて銀行からの融資も得られなくなり、
「申し訳ないが、ミスターハザマ。この品をどうにか売りさばいて来ていただけないだろうか?」
という依頼により、珍品コレクターとして名高い鳴子沢大膳の手に渡ったという経緯がある。
「そんなもんが、今になって大々的に統治システムに活用されちまうなんてよ、世の中ってのはどう転ぶか分からねえものだぜ。確かこういうのを人間万事塞翁が馬とか言ったっけな」
正太郎は皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「うむ、確かに」
と大膳は頷き、ジッとリングを見つめながら、
「この品をキミから譲り受けたあと、よく機能や内容を調べたのだがね、このリングには身に着けた人の行動パターンからその人の価値基準を推し量るセンサーと、それを判断するプログラムが組み込まれているのが分かった。これは本当にある意味大した出来の発明品だと私は思うよ。しかしだね、これが発明された当時はヴェルデムンドでの戦争が始まってしまう直前だったから、消費者も、そしてそれを売り出す企業側もこんな代物に価値を見出す余裕なんて無かったのだろうと私は思ったね」
「ああ、売れる物ってのは、その時代背景や状況にかなり左右されるものさ。どんなに可能性を秘めた代物でも何とかとハサミは使いようってんで、悲しいけどそのゲッペルさんの作ったA・Iカウンターは見向きもされないで埋もれちまったってわけだ」
「もっと幸せを感じるいい時代だったら、良かったのかもしれんな。私が生まれる以前に、人と人の愛情を測り合う玩具なんて物もあったぐらいだし」
大膳が珍しく皮肉っぽいことを言うものだから、正太郎はついつい、
「ていうかさ、鳴子沢さん。今ってそんなに幸せな時代だったか?」
「ううん……そう言われてみると、考えてしまうな。……そうか、つまりキミの言う通り品物ってのは使いようという事なのだな」
「ああ、何をどう使うかは使う奴次第ってことさ。きっとペルゼデールとか言う秘密組織は、その発明品の設計書かなんか手に入れたとき、こういう風に使えるって思って実行したんだ。そうに違いねえ」
正太郎は、あの氷嵐の中での戦闘を思い出していた。
あのミスタートップガン、ジェリー・アトキンスの盲目的な突進力がどの後ろ盾によって後押しされていたのか今になって理解できた。
アトキンスを始めとした方天戟のパイロットたちに、何か底知れぬ不気味な力を感じていた。怪しげな理念めいた何かにとり憑かれているように感じていた。
五年前の反乱軍でも似たような雰囲気を感じてしまった正太郎は、そんな後ろ暗い勢力が暴走を始めるのではないかという危惧をずっと抱いていた。
それが今になって具現化されたとあらば、これはある意味他人事ではないと感じざるを得ない。
「チッ、それにしてもよ。俺がもっと早くに目覚めていれば、アイツらが謎の敵さんに捕まることは無かっただろうによ」
正太郎は大きくため息を吐く。するとゲオルグ博士が、
「いや、実を言うと、キミの昏睡状態は私の予定ではもう数カ月続く見込みだったのだ。私の今回の古い技術を応用した再生手術は、予想以上に上手くいっている証拠だと確信を持てたよ」
「なんだよ、そしたら俺が昏睡状態にあったのは、再生するための期間だったってことかい、ゲオルグ博士?」
「そうとも。さすがは日次博士が見込んだ男だ、キミは話の飲み込みが非常に速いな。つまりだね、私の施した手術は過去に封印されたある技術を使って肉体事態を元通りにしようとしたものなのだよ。しかし、申し訳ないがこれ以上の説明は今は勘弁して欲しい」
「何故だい?」
「ふむ。私の命に係わることだからね」
博士はそう言ってその場を去った。
のちに、正太郎の半身にも神経が行き届くようになり、二、三日もするとリハビリテーションの段階にまで及んだ。
するとずっと付き添いの看護をしているクリスティーナが、正太郎に向かって、
「あ、あの……羽間さん。ちょっと若返りました?」
と顔を赤らめたりすることが度々あった。
その時点では彼も気がつかなかったのだが、そのうちクリスティーナが段々とよそよそしい態度に変化してゆく様を目の当たりにするようになり、仕舞いにはかなり予防線を張るような態度で接するようになってきた。
さすがの正太郎も、そんなクリスティーナの態度に参ってしまい、
「おいクリスちゃん、どうしてそんなに俺を避けるんだよ」
と問い質した。すると、
「わたし、凶悪でドスケベなオオカミを相手に毎日看護しなければならないの気づいていないんですか!? まったくもう!!」
というわけである。
そう、ゲオルグ博士の行った手術は万能培養細胞手術の一種で、正太郎の肉体の40%を再生するという前例のない手術であった。そんな類稀な手術を施されたせいで、正太郎の野性的な欲望もひと際再生されてしまっていたようである。
その因果か、彼のクリスティーナへのちょっかいの出しようも類稀なものとなってしまっていた。
「あんのマッドサイエンティストめえ!」
エルフレッド・ゲオルグ博士。彼は大人しい顔をしてネイチャーである人々に類稀な功績を残したひと際優秀な男なのである。
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