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「なんだと!? それじゃあ今の今まで、小紋はあのちっこい体でこの世界の危ない橋を渡って来たっていうのかい!? 鳴子沢さん、アンタ冗談言っちゃあいけねえよ」

 正太郎は開いた口が塞がらないほどの衝撃を覚えた。

 なにせ、このヴェルデムンドという物理的な意味での弱肉強食の世界は、少しぐらい賢いばかりでは身の安全すら確保できない危険と隣り合わせの大地なのだ。そんな場所での取締官の役目はリスクがあり過ぎる。

 やはりそれには体力も然り、機転も然り、技術も然り、度胸も然りでそれ相応の能力を有していなければ、いくら優秀なフェイズウォーカーを育てたとしても命の保証という概念にはまるで程遠いのだ。

 それゆえのヒューマンチューニング計画であったのだから、実のところ反乱兵士だった彼としてもそれについて全否定して戦っていたわけではない。ただ、そんな技術を十把一絡げに施されてしまうことに反感を覚えて戦っていただけなのだ。

 そういった意味では、小紋のように身体にも体力にも恵まれていない女性や、何らかの障害を持っている人々がヒューマンチューニングの道を選択するのは仕方のないことだと彼は考えていた。

 しかし、その手術を一旦受ければもう後戻りはできない。なぜなら人間の体は脳もしくは遺伝子だけに支配される操り人形ではないからだ。

 手も足も骨も、そして内臓なども個々の大きさも違えば仕事量も違う。その至るところが干渉し合いその人物の人格も個性も形成されてゆくのである。

 そんな人の一部、一組織の部位が、工業的な代替品に移行されてしまえば個性はやがて消えてゆくのではないか? という無意識の推論から、自然派なる物の考え方が発生したといってよい。

 それがどこまで的を射ているのかは後の時代が証明するとしても、その選択肢を決めるのは個人の自由であるべきだというのが羽間正太郎の言い分であり見解であるのだ。

 しかし――

「こ、こいつは驚いたぜ……。まさか、小紋がネイチャーだったとはよ」

 あれだけ以前から顔を合わせていたにもかかわらず、彼女はそのことを一言も口にしなかった。さらに、彼女自身のフェイズウォーカー乗りとしての適性も高かった。しかしそれは、ひとえに彼女の日頃からの鍛錬の賜物なのだと言う事が今さらになって理解できたわけだ。

「親バカだと笑ってやってくれ、羽間君。私は四兄妹の末娘として授かった小紋が可愛くてしょうがなかった。なにせ、先立たれた家内に一番似ているのだからね。だからこそ、小紋が地球でキミの存在に興味を抱いてこちらの世界に移り住みたいと頼み出てきたときには、さすがにキミを憎みさえすることもあった……」

「ああ、まあ人の親だったら、それは分からねえ話じゃねえぜ」

 大膳はゆったりとした仕草でスツールに腰を下ろし、

「だからだよ、だからなんだよ羽間君! 私は娘を一片たりとも機械の体に変えたくはなかった。私は娘をそのままの肉体でいて欲しかった! それがなぜだか分かるかね、羽間君!!」

 その一言を発すると、普段から温厚そうな大膳の表情が一変しまるで鬼の形相になった。

 正太郎はあまりお目にかかった事のない大膳の迫力にたじろいで、

「え、え……? そ、そりゃあ、理由は当たり前っちゃあ当たり前だろ。あんだけのカワイ子ちゃんなら、人の親だったらそう思うのが普通なんじゃねえの……? まあ、古臭い考えかも知れねえけどよ」

 それを受けて大膳は、フッと笑みを浮かべてこう言った。

「皮肉なものだね、羽間君。キミに娘を褒められて、こうも素直に喜べんとは私もまだまだのようだ。……とは言え羽間君。話を戻すが、娘をヒューマンチューニングさせたくなかった理由はそこではないのだよ」

「え? 何だよそれ? 勿体ぶらねえで早く言ってくれよ」

 正太郎は真剣な眼差しで大膳を見つめた。

 大膳はそれに呼応し、

「ああ、本当の理由は……、どこにも存在しない物に大切な娘を預けることが出来んからだよ」

 と、強い口調で言い切った。





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