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「さあさあ、その話は後にして、料理の冷めないうちに頂きましょうか」
エオリアが熱々のスープが入った鍋を持って話に割って入った。このタイミングでの割込みは、二人にはまるで助け船のように思えた。
ナイフとフォークがテーブルにセットされると、各自は用意された席に着いた。
しかし小紋はおかしなことに気がついた。ここにいるのはどう考えても四人なのだ。しかし、テーブルにセットされた数は五人分だった。小紋は、もしかすると今日は何か特別な日で、まだ誰かが来るのだろうと思った。
「あらいけない、私うっかりしてた。ごめんなさいねマリダさん。あなたがアンドロイドなのをすっかり忘れていたわ。とてもあなたにはこの料理は食べられないわね。待ってて、今新鮮なバッテリーを用意してくるから」
エオリアは慌てて隣の部屋へと駆け込んだ。きっと来客用のバッテリーハンガーがあるのだろう。
「エオリアさんたら、新鮮なバッテリーだって。面白いねマリダ」
「そ、そうですね」
二人は、いかに動揺を見せまいと言葉を選んでいる。
するとそれを見ていたミシェルが、目を見開き加減で二人をじいっと見つめた。
「どうかしましたか? ミシェルさん」
マリダはなるべく心の内を読まれないように、あたかも落ち着き払った態度で取り繕った。
「いやあ、あたし驚いちゃった。だって、あなたアンドロイドだったなんて知らなかったから。てっきりあなたは人間なんだと思っていたわ。ほんと、言われなきゃとても分かんないぐらいね」
ミシェルは、テーブルから身を乗り出してまじまじとマリダを見つめてくる。
マリダはこんな時、なんと答えたらいいかいつも言葉に迷う。いや、それよりも、ミシェルが別の関心を持ってくれていたことに内心ホッとする。
「ありがとうございます、ミシェルさん。それはわたくしにとって最高の誉め言葉です」
「うふふ、そんなお世辞まで言えるなんて、あなた最高よ。だって、あなたから見て人間になることが最上級の目的ではないでしょう? それなのにさ、そんな言葉がポンと思い浮かぶぐらいだから、あなたはきっと素晴らしいアンドロイドなんだって今分かったわ、あたし」
けらけらと笑いながら話すミシェル。さすがの小紋でさえ、彼女のパワーには圧倒されてしまう。
「それにさあ」
ミシェルは言いつつ、向かい合う二人を怒涛の如く見比べて、
「小紋ちゃんは、若くてすべすべしてとっても可愛らしくって、いかにも人間の女性ですって感じがしてすっごく自然なんだけど――。やっぱりマリダちゃんはこうやってじっくり見ちゃうと、あまりにも整い過ぎて不自然だわ。だって理想的過ぎるもん、あなた――。実をいうとね、お姉さんとしてはさっきからずっと嫉妬しまくりなのよ」
ミシェルは腕を組みながら、ドンと腰を下ろす。
小紋もついそれに便乗して、
「あ、ミシェルさん、それすごーく分かります。それなんですよ、僕がいつも感じてること。この気持ち分かってもらえますう? 二人で街を歩いてたって、いっつもみんなマリダのことばっかり見てるんですよ。ある人なんか、会うたびにマリダにでれでれして困ってるんですよう」
ここぞとばかりに不満を爆発させる。無論これは彼女の本音であるが、話の流れで心の内を読ませないという意図もある。
「あらあら、小紋ちゃんも大変だわねえ。あなたが単体でいればかなりいい線の女の子なはずなんだけど、これは相手が悪かった。例えて言うなら、氷嵐の中で多人数相手に一人で戦いを挑む憐れな中年男のようなものよ。まったくそう思うしかないわねえ」
「えっ……?」
「じょ冗談よ、冗談。どうしたの? 何か気に障った?」
「い、いえ……。冗談ですもんね、冗談」
小紋は何か空気の流れが変わったことに気づく。マリダもそっと身構える。
「冗談、冗談かあ。うーん、それが結構本気だったりするのよね。ダーナフロイズンの可愛らしい子犬ちゃんたち」
ミシェルが足を組んでふんぞり返った時にはもう遅かった。隣の部屋からはエオリアが小銃を構えて二人に銃口を向けていたからだ。
「ようこそ、我が未来永劫のペルゼデールの楽園へ」
ミシェルは余裕たっぷりの態度でこちらを見つめてくる。
しかし、エオリアの銃の構えはいかにも慣れない手つきである。
「エオリアさん!! だめだよう、そんなのいけないよう!」
小紋は咄嗟に叫んだが、
「あなたの様な人には、とても理解できないことよ!」
エオリアは言い切った。
「申し訳ありません、小紋様。いかにわたくしでもセンサーに反応が……」
マリダは小紋をかばうように抱きかかえる。
するとミシェルが、
「当たり前よ。こういう事態に備えて、我々の指導者であるペルゼデール様が空間ジャミングを行っていたのだから。いくら優秀なアンドロイドであるあなたにも、手の出せない領域ってものがあるのよ」
ミシェルがゆったりとした動きで立ち上がると、それと同時に十数人にもおよぶ武装した女性兵士が足音も立てずに部屋に入り込んで来た。
「ねえ、エオリアさん。一つだけ聞かせて! なんでセットが五人分だったの?」
小紋は聞いた。
するとエオリアは俯きながら、
「今日は主人と娘の命日なのよ」
と、静かに答えた。
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