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 売り物が乗った台車をアパートメントの横にある物置に片付けて一段落すると、もう外はとっぷりと日が沈みかけて辺りは生暖かいそよ風に包まれていた。

「二人ともご苦労様、本当に助かったわ。私の住まいは二階だからここから上がっていってね」

「いいえ、お粗末様ですエオリアさん。さあ、お言葉に甘えて参りましょう、小紋様」

「うーん、僕はとっても疲れたあ、マリダぁ、おんぶしてってえ」

 エオリアはクスクスと笑いながら、じゃれ合う二人をアパートメントの横の入り口へと促した。そこは赤レンガ造りの重厚でしっかりとした建物だった。

 この地域はこういったレンガや石造りの建築物が良く目立つ。それは、近くにある湿地帯から時々やってくる体長50センチほどの通称“グレイピーナッツ”と呼ばれる肉食系植物から身を守るためだと言われている。

 グレイピーナッツはその名の通り灰色の落花生のような容貌をしており、それが半分に割れて大口を開けたように挟み込んで獲物を捕らえる。六本の足が生えており、その移動速度は地球の動物で言えば中型犬並みである。それらは湿地帯に生息するつる植物の一組織でしかないのだが、その一組織が深夜になると本体から分離して獲物を探し回る。そしてそれらが獲物の捕獲に成功すると、また本体に戻り獲物をグレイピーナッツごと捕食するという奇妙奇天烈な生態なのだ。

 しかし、グレイピーナッツにはそれほど目立った力はない。ゆえに、この地域にはこういったレンガや石造りのしっかりした家々が立ち並ぶようになったと言われている。


 アパートメントの内廊下に入ると、そこはまるで古代遺跡にでも舞い込んだような薄暗さと密閉感がある。しかし、何とも言えない懐かしさと安心感が小紋の心をつかんだ。

「なんか、とっても素敵な雰囲気のある建物だね、エオリアさん」

「あら、褒めてくれてありがとう。自分の建てたものじゃないけど、とっても嬉しいわ。でも、もうずっと住んでいる身からすると、そんな風に思っても見なかったわ」

「だって僕こういう感じの家って住んだことないから、何だか憧れちゃうんだよなあ」

 小紋は感慨深そうに隅々を見渡す。

「ふふふ、そういうのあるのよねえ。自分が見たことのない物とか、初めて出会う物とか、そういうのについつい引き込まれちゃうことって」

「エオリアさんにも、そういうのあったんですか?」

 彼女は少し懐かしむように、

「そうねえ、強いて言えば……五年前に亡くした主人とこっちに来たばっかり頃、なんとなく観に行った花街道なんか、そんな感じだったかしら」

「え? エオリアさんの旦那さんて、お亡くなりになられてたんですか? 何だか……とってもごめんなさい。僕、余計なこと聞いちゃったかな」

「いいのよ全然、もうそれなりに前の話だし……。その時の主人も自分の意思を貫いて死んでいったんだからそれも本望だったのよ。それは、その時は私もとても悲しかったけれど、あの五年前の戦争は仕方なかったのよ」

 あっけらかんと話をしているようで何かが重く感じられる。小紋には、エオリアのその瞳に様々な思い出が詰まっているのだと思えた。

 五年前と言えば、あのヴェルデムンドの戦乱の時期である。無論、小紋はその当時にこの世界に足を踏み入れてはいない。

 そちら側とこちら側――。

 彼女が学生時代に、ヴェルデムンドの戦乱という同じ情報を共有していたとは言え、目の前にいるエオリアと見てきた物も感じてきた物もまるで違う事に改めて気づかされた瞬間だった。

(きっと羽間さんも、そんな感じなんだろうなあ……)

 としみじみ感じ入った。


 三人が二階の内廊下で談笑しながら歩いていると、

「あら? おかしいわね。うちの玄関から明かりが洩れてる……」

 エオリアが怪訝な顔をして立ち止まった。




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