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女店主の名はエオリア・クロフォードと言った。歳の頃はさすがの小紋も聞かなかったが、見た目で言えば四十代半ばと言ったところか。少しだけふくよかで愛嬌のある顔立ち。そして母性の色濃い豊満な肉体は、どこか小紋には懐かしく安らぎさえ感じさせた。だが彼女からは、別の何かも感じられた。
エオリア・クロフォードは、ノイマン花通りから二通りほど街はずれに行った、ブーゲンビリア通りという雑貨店や飲食店といった小店のたち並ぶレンガ造りのアパートメントの二階に住んでいる。
「ねえ、マリダ。ちゃんと後ろから押してくれてる?」
小紋は露店の骨組みと生花が積んである台車を前後になって動かしているのだが、
「ちゃんと押してございますよ、小紋様。どちらかというと小紋様があまり引いてらっしゃらないようにお見受けしますが……」
どうにもこの通りは石畳が敷き詰められているので、路面の凹凸が車輪の障害になって進みにくい。
「そんなことないよう、ちゃんと引いてるってばあ」
「小紋様、それよりきちんと前を向いてください。前方に大きく窪んだ水たまりみたいな所があります。そのまま進んでは……」
「あ、ああ……とと。もう、せっかくのお手伝いなのに、これじゃあ逆に足手まといみたいだね」
小紋は一旦そこで止まってため息を吐く。
「あら、いいのよ。私は賑やかで楽しいわよ」
それでもエオリアは上機嫌である。
「エオリアさん、いつもこんなことやってるの? こんなんだったら、僕みたいにアンドロイドとかに任せちゃえばいいのに」
小紋の言い様は通常運転だ。とにかく屈託がない。
「そうねえ、それもいいけど……。私の稼ぎじゃ、あなたの言うようにはいかないわねえ」
そう言いつつも、エオリアはにこやかに答える。
「でもさあ、ここの第五寄留地は、善意で報酬が貰えるペルゼデールPASが通常通貨になったんだから、エオリアさんみたいなとってもいい人なら大金持ちになったっていいんじゃない?」
こんなことを言っても嫌味を感じさせないのが小紋の性格である。
もちろん彼女に他意はないことをエオリアも理解してからか、
「そうねえ、それは面白いわァ。なら今夜は、腕によりをかけて美味しい物を沢山作っちゃおうかしら。そしたらきっと、明日の朝には大金持ちになってるかもしれないし」
「ふふふ、それいいかも。ね、マリダ?」
「え、あ、はい。そうですね……」
マリダは微妙な返事をした。もちろん彼女は、アンドロイドながらエオリアの内情を何となく察知していたからだ。
このノイマンブリッジと称される第五寄留地の通貨がペルゼデールPASに移行されて、約ひと月が経っている。
この通貨は前述したとおり、
《その個人の行いが善である》
と中央システムが判断した場合に、その本人のみが使用できる通貨が報酬として支払われる仕組みである。
だが、その判定基準はかなり厳しく、表面的に善行であったとしてもそれがシステム上の善であるとは限らないのだ。あくまでその良し悪しを推し量るのは中央システムの裁決であり、その価値基準を決めるのはシステムを作った者たちなのである。
彼女ら二人がここにやってきて実情を探りに来たのも、このシステムの機微を知るための行動である。それが小紋らが所属している発明法取締局の仕事の一つだからである。
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