第二章【商人の掟】

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 あの事件からひと月以上が過ぎた――。

 毎年吹雪いてくる氷嵐の時期が終わると、このヴェルデムンドの大地にも地球の季節で言うところの春が訪れる。

 植物が食物連鎖の頂点に立つこの大地では、春ともなるとまた肉食系の植物がわんさと暴れ出す時期になる。

 彼らヴェルデムンドに暮らす人々は、この肥沃で広大な大地の恩恵のおかげで食物にも資源にも困らない生活が送れるかわりに、地球とはまるで比較にならないリスクを抱えながら生きることになる。

 そんな人々にとって一番欲しいものが、命の危険にさらされない生活。いわば安息という二文字のある楽園である。

 そんな人々の不安に応えるように、この短い期間に新たな革命が起きた。あの秘密結社ペルゼデール・オークションが発端となり、今や十五地域もある寄留地クレイドルの約半数が実質上の彼らが掲げるシステムの支配下に置かれた。

 そのシステムの名は【フィランソロピー・オークション・システム=博愛競売システム】。通称ペルゼデールPAS。

 彼らの作り上げたシステムは、

【善意で行った行動によって、その報酬が支払われる】

 というものである。

 それは、一人ひとりに愛カウンターというリングが装備され、そのリングの監視を基に、中央システムが、

《それは我々にとって善である》

 と判断した場合にのみ、仮想通貨が供給されるという仕組みなのだ。

 ちなみに、善行の度合いによってその支払われる金額も違ってくる。

 機械神【ダーナフロイズン】が機能停止したことが公けにされた現在、各寄留地も自治組織化の動きが顕著となり、その煽りを受けて約半数の寄留地が【ペルゼデールPAS】を受け入れる事態となったのだ。


 この第五寄留、通称“ノイマンブリッジ”と呼ばれる大集落もその一つであった。

 この大集落は、元々アメリカ合衆国の資本が大きく関わって来た場所だけに、その街の風情も何となく古き良きアメリカを彷彿させる雰囲気がある。

 その中でも観光名所としてひと際人気のある街が、ノイマンブリッジと称された全長三キロメートルにも及ぶ巨大な橋を中心とした繁華街だ。

 鳴子沢小紋とマリダ・ミル・クラルインの二人はその身分を隠し、当局の捜査と偵察を兼ねてこの街に足を踏み入れた。 

「ねえマリダ。このお花、羽間さんのお部屋にどうかなあ」

 小紋は、露店に並べられた色とりどりの花の香りに目を細めた。

「小紋様。何度もくどいようですが、もうあまりお時間がございません。そのようにのんびりなさっていては、いささか正太郎様にも申し訳が立たないと思われますが……」

 小紋は口を尖らせながら、

「分かってるってばァ。綺麗なお花見つけたから、ちょっと言ってみただけだよう。マリダったら情緒ないなあ」

「失礼ですが小紋様。こんな機械仕掛けの私めですが、自然の花々の美しさを愛でる感情はことごとくインプットされております。ただ、今はそういうことが問題ではなく、あなた様の……」

「はいはい、ごめんなさいマリダ。今のは僕がとっても悪かった。謝るよ。言い方がとってもいけなかった。アンドロイドの君を傷つけてしまったのなら本当に謝る。ごめんね」

 小紋は両手を合わせて見せた。そんな彼女に対し、

「そういう事を言っているのではないのです、小紋様。私は、あなたがこのままではこのヴェルデムンドにいられなくなる事を危惧しているのですよ!」

 マリダは珍しく声を荒らげて迫って来た。

 小紋はびっくりして目を丸めた。まだ出会ったばかりの頃のマリダとは大違いだと思ったからだ。昔はこんなに感情をあらわにする性格ではなかったのだ。

「ご、ごめんなさい」

 小紋は、マリダの意志が痛いほど伝わったらしくシュンとして身をかがめる。

「あ、いや、わたくしこそ申し訳ございません、小紋様。仕える身として出過ぎたことを言ってしまって……」

 慌ててマリダは取り繕う。しかし小紋も、

「いいの。僕がいけないの……。ちょっとやっぱり……最近僕も色々と考えがこんがらがっちゃって」

「お察しいたします。小紋様……」

「ホント、いつになったら羽間さんは目を覚ましてくれるんだろうって」

 あの一件以来、昏睡状態のまま収監されている羽間正太郎を思うと、取り付く島もない精神状態の続く二人であった。



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