閻魔様と働く地獄の温泉宿繁盛記
@kagura
第1話地獄の幕開け
「それではこちらが契約書になります」
「あの、本気なんですよね?」
「はい。私は本気であなたを採用するつもりです」
年が明け、世間はオリンピックとバレンタインデーで盛り上がっている今日この頃、俺の目の前にはチョコではなく一枚の契約書が置かれていた。そこにはこう記されている。
温泉宿『桜花』と園崎秀様との雇用契約同意書
園崎秀というのはこの俺の名前だ。そして『桜花』というのは今俺がいるこの建物の名前だ。そして雇用契約同意書というのは……。
まあ言わなくても分かるだろう。
「事情は何となく分かったし、人手が欲しいのも分かる」
「なら今すぐにでも」
「だがそれ以前の問題があるのは、分かるよな?」
今俺と目の前に座っている女性が行っているのは、世間で言う面接だ。そして雇用契約同意書を差し出されているという事は、採用が決まった事にもなる。
「はて、問題とは何でしょうか?」
「分からないのか? なら、教えてやるよ」
文章に書き起こせば特に何もないようなごく普通の光景に見えるが、ここで大きな問題がある。
それは……。
「まず一つ目。あんた自身だ。どこからどう見ても人間じゃないよな? ツノ生えてるし」
「これは生まれつきですから」
「まずそれが大問題だって言っているんだよ。まあそれもあるが、一番大きな問題が一つある」
「これ以上に何か問題でもありますか?」
「ここがどこからどう見ても、地上でも天国でもない、地獄だって事だよ!」
今俺がいるこの場所が現世でも異世界でも天国でもない、俗に言う地獄だからだ。そしてこのいかにも力が抜けた声を出している雇い主が、お伽話で有名な閻魔大王だと言うのだから驚きだ。
とにかく何が言いたいのかというと、
「まあここは地獄ですからねぇ。私が閻魔大王と呼ばれているくらいですから」
「呑気に言うなぁ!」
誰か助けてください(泣)
◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎
話は遡る事数時間前。俺は大学の学費を稼ぐためのアルバイトを探して、コンビニで求人広告を眺めていた事から始まる。
(この前までやっていたバイトもクビになっちゃったし、次はどうするかな……)
読んでいたタウン誌を棚に戻して俺はため息を吐く。今年で成人を迎えばかりだと言うのに、アルバイトは長続きせずはしごしてばかりの生活だった。このままだと生活も危ないが、就職にだって影響が出てくる。今は辛うじて生活できているものの、未来が不安定だとこの先ろくな人生を送れない。
(こういう時人を頼るのも嫌だけど……)
コンビニを出た俺は携帯を手に取り、ある人に電話を掛けようとするが、繋がる前に自分で切ってしまう。
(いや駄目だ、自分で何とかしよう)
そう思って決意した時だった。
悪魔の着信がやって来たのは。
(誰だこの電話番号)
携帯をポケットの中に入れようとした時に、突然バイブしたので画面を見ると、全く見たことがない電話の番号が携帯に表示されていた。
見たことがないというか、この日本に存在しているかすら分からない番号に俺は戸惑う。
(なんか怖いけど、とりあえず出てみるか……?)
俺は通話のボタンを押して耳に当てる。
「もしもし?」
『園崎秀様でございますでしょうか?』
電話越しの声は女性だった。今思えばこの声が閻魔大王だったのかもしれない。
「そうだけど、あなたは?」
『私は、そうですね。簡単に言うと救世主とでも言いましょうか』
最初俺は何言っているんだこいつと思った。いや、誰だって思うに違いない。救世主とか名乗られても、はいそうですかと言うわけがない。
「イタ電なら切りますよ?」
『ま、待ってください! い、今あなたはこの先の未来に不安を感じていましたよね?』
「なっ、どうしてそれを」
つい数秒前まで考えていたことを言い当てられ、俺はドキッとしてしまう。だが同時に恐怖も感じた。
「ま、まさかストーカーとか?」
『だから違いますって! とにかく、今私はあなたを救うためにとっておきのプレゼントを用意しました』
「プレゼント?」
『もうじき準備ができたと思いますので、一度家に帰ってみてください。それでは』
「あ、ちょっ」
一方的に切られてしまった電話。俺はほんの数分の出来事だったので、理解が追いつかずに呆然としていたが、少ししてようやく我に返る。
「準備ができるとか言っていたけど、もしかしてもう届いているのか? プレゼントは」
もし危ない物とかだったら、俺どころかご近所にも被害が及ぶかもしれないと思った俺は走って家へと向かった。
「よかった、まだ何も起きていない」
俺が今住んでいるのは少しボロいアパートの二階。危険な物だったらこのアパートすらも無くなっていたかもしれないので、とりあえず一安心。
階段で二階に上がり、一番奥にある我が家の扉の目の前に立つ。ここまでは特に何も問題ない。
(やっぱりイタズラだったのか?)
少しだけプレゼントに期待してはいたが、何も起きないならそれはそれで一安心。俺は扉を開いて何事もなく帰宅……。
「ん?」
「へ?」
したつもりだった。
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