パートナーセレクト 13
「あ、あのレベルの女ってお前になにがわかるっていうんだよ」
「わかるわよ。だってあの子と同じ中学校だったんだもん」
俺はそれを聞いて頭の中のパズルのピースが嵌っていく感覚がした。
袖浦をいじめていた人間が同じアイドル科にいる。
そいつは同じ中学校の人間だと袖浦は話していた。
そして、こいつの袖浦を知っているような態度と、同じ中学だという話で納得した。
「お前……もしかして入試の時に袖浦の水着を切り刻んだやつなのか?」
「へー、そういうのまで知ってるんだ」
星宮はクスクスと笑い出した。こいつ、なんの悪気もないんだな。
いつもはぶりっ子して仮面を被り裏では袖浦をいじめていたわけだ。
俺は初めて袖浦からいじめを聞かされたときの感情が呼び起こされた。
腹の下の方から熱が全体に広がるように体が火照っていく。
俺は感情の赴くままに星宮を壁まで追い込んで、顔の横に手を突き出した。
「……これはちょっとドキドキしちゃうなぁ」
全くそんなん素振りをみせないくせによくいうな。
「どういうつもりで袖浦にちょっかい出してるんだよ」
「そんなのあいつがムカツクからに決まってるじゃん」
「ムカツク? どこがだよ」
「あの態度よ。いつもいつも私は不幸です。誰も近寄らないでください。そんな顔しつつも、でも、誰か私を守って。そういうのがあいつからは見え隠れしてるの。そんなの見てたらムカツクでしょ」
「俺には全然感じないけどな」
「感じてるよ。現にアンタは藤沢先生から袖浦芽衣を庇ったじゃん。いいよねーあの子は。ああやって怯えていれば誰かが守ってくれるんだから」
「あれは藤沢先生が言い過ぎだと思ったから言っただけだ」
「じゃあ、袖浦芽衣じゃなくてもああやって庇ってあげた?」
「そりゃそうだろ。あんだけ強く言われれば袖浦じゃなくても庇ってる」
確かに俺は袖浦をよくも知らない藤沢先生に怒りを覚えた。
だが、俺は袖浦じゃなくてもあの場では口が出てしまっていたはずだ。
折角夢を叶える階段に足を掛けた人間に対してあんな酷い発言をするなんてとても許されるものではない。
「……」
星宮は俺の発言を聞くと俺の頬にそっと手を伸ばしてきた。
「それは茉莉奈でもそうしていたぁ?」
縋るような俺の
袖浦の受験を妨害したことや、いじめていたことは許せない。
だが、あの立場が袖浦じゃなくてこいつだった場合。憎いかもしれないが、思わずかばってしまうかもしれない。
「正直お前は許せない……けど、口は出ちゃうかもな」
「……ふふ、気に入ったわ。やっぱりあなた茉莉奈のモノになりなさいよ」
「気持ち悪いとかロリコン呼ばわりしてたのは誰だよ」
「ごめんねぇ。袖浦芽衣のことになるとたかぶっちゃってぇ。お詫びにどこでも好きなところ触っていいからぁ。
ねッ?」
そう言うと星宮は俺の手を取って来たが、力強く振り払った。
「断る。これ以上お前に付き合っていられるか」
「……そんなにあいつがいいの? 絶対茉莉奈のほうが可愛いし将来性もあると思うんだけど」
「何度も言わせるな。決めたことだからな」
「じゃあ、理由を聞かせてよ」
理由か。俺はもう一度考え直してみる。
あいつは人前に出るのが苦手でダンスもろくに踊れない。
だが、あいつには確かな光るものがあった。それは圧倒的ダンスの才能。
俺の頭の中からあの絵が頭から離れない。もしかしたらあいつなら峯谷を超えられるかもしれない。
それ以上に俺があいつをアイドルに据えたのには理由があった。
それは今更考えて初めて気づいてしまったことだった。
ただあいつがダンスが上手いからというわけではない。あいつがいいやつだからというわけではない。
「俺はあいつがいなかったらたぶんずっと殻に閉じこもってたままだったんだよ」
きっと袖浦がいなかったら今の俺はここに立っていない。
俺は袖浦がいなかったら神谷さんに認められることはなかっただろう。
きっとあのまま家に帰って終わっていた。
「殻に閉じこもったままだったら、今頃もぐずぐずと過去と決別出来ずに働いてたはずだ」
バスケの夢を捨てられずに悶々とした日々を過ごす羽目になっただろう。
「あいつがいたから俺はこうしていられる。まぁ、なんていうか。あいつを選んだのには恩義みたいのを感じているからなんだろうな」
偶然の出会いであった。
しかし、袖浦が公園でダンスの練習をしていなかったら、と考えるとゾッとする。
「俺はあいつに力をもらった。だから今度は俺があいつの力になりたいんだよ」
俺は袖浦からものを受け取ってまだそれを返せていない。
星宮がやった水着の件だって結局俺は力になれなかった。
あいつの持っている力で状況を打破したに過ぎない。
神谷さんは十分力になっていたと話していたが、そんなことはないはずだ。
俺は夢を追いかける人間の力になりたい。悪態をついている田中だってその例外じゃない。
でも、パートナーになる人間は誰でもいいというわけではなかった。
「俺があいつをパートナーにしたいのは俺にとってあいつが特別な存在だからなんだよ」
俺が言い放つと星宮は口から歯を擦る音を立てた。
それと同時に死角から誰かが砂を蹴って走る音が聞こえる。
誰かに盗み聞きされただろうか。
「結局アンタもあいつを選ぶのね。いいわ。どうせ袖浦芽衣とアナタなんて茉莉奈に負けちゃうんだから」
星宮は俺の体を突き飛ばすと走り去っていった。その瞳は潤んでいてさっきまでの嫌味な感じはなくなっていた。
それにしても『アンタも』という発言が気になるな。
袖浦と星宮の間にはなにか因縁があるのだろうか。
ただ嫌いだからという理由ではなく、因縁が原因で袖浦が逆恨みを受けていじめられていた可能性も出てきたな。
あいつは気に入らないやつだったが、今は感謝しよう。俺が袖浦をパートナーにする理由をしっかりと確認する機会になった。
俺は袖浦の力になれるように今後共あいつのために頑張っていこうと決意を固める。
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