パートナーセレクト5

 翌日になると袖浦と一緒に学園に登校した。


 駅から学園までの通り道でも通学中のアイドル科の生徒に声をかける者は多い。


 忙しい朝ではあるが、むげには出来ないと、笑顔で対応する女子達の姿を見て大変だと他人事のように考えた。


 というのも、隣にいる袖浦には人が昨日と同様に誰も寄ってこないからだ。


 袖浦は周りのアイドル科の人間たちの扱いを見て、瞳から光が消えている。


 そのいたわしい姿に俺はかける言葉が見つからずに無言で隣を歩いた。


 昇降口で別れ教室に向かい、しばらくすると天野先生がやってきた。


 そこから点呼てんこを取ると体育館に集まるように言われ、席順で列を作り向かった。


 体育館で対面式が始まると、俺は急激な眠気に襲われた。


 はっきりと言って退屈なものだった。


 アイドル科やマネージャー科の年上の先輩でも出てくるかと、期待もしたがそんなこともなく、新入生歓迎会へと移っていく。


 確かマネージャー科の先輩は二年生にはいるはずなんだけどな。


 各部活動の生徒たちが部員獲得のためにパフォーマンスや部の説明を行ってくれる。


 輝石学園は風変わりな学科の他にも普通の学校ではないような部活動が豊富だった。


 カバディ部やセパタクロウ部、ボルダリング部なんかもあったりして、見ているこちらとしてはとても楽しい内容になっていた。


 アイドル科とマネージャー科の人間に部活動の制限はない。生徒手帳には部活動を行ってはいけないという項目はなかった。


 俺も入ろうと思えばバスケ部に入ることが出来る。


 ただ、働いている俺としては現実的に不可能だろう。


 そして、新入生歓迎会が終わり教室に戻ると、ついにお待ちかね。


 アイドル科の人間との顔合わせの時間だ。


 天野先生からA4くらいの封筒が配られ、筆記用具を持って教室から出ると多目的ホールに集まった。


 そこにはすでにアイドル科の人間たちが列を作り地面に座って待っている。もちろん袖浦の姿も確認できた。


 列の一番先頭にはふわふわした雰囲気の女性が立っていた。


 見た目は二十歳前半、いや十代にも見える。ただ、列の先頭に立って黒い名簿のようなファインダーを持っているということは教師だろう。


 多目的ホールに入ってきた天野先生に気付くと、ペコリと頭を下げた。


「待たせてしまったようだな」


「いえいえ、まだ五分前ですからー」


 天野先生は軽く会話をすると、二列になってその場に座るように俺たちに指示をする。


 アイドル科の生徒たちと五メートルくらい距離を開けたところで俺たちは腰を落とした。


「では、これよりアイドル科、マネージャー科の初となる合同授業を開始する。私の名前は天野美智子だ。アイドル科の生徒は覚えるように」


「私の名前は藤沢聖ふじさわひじりです。皆さんよろしくねー」


 藤沢聖と名乗った教師はマイペースな喋り方をしている。見た目通りな喋りで意外性はなかった。


「マネージャー科の生徒は手元に持っている封筒を開けてくれ」


 俺は指示通りに中身を取り出した。その中身を見て目を丸くしてしまう。


 それはここにいるアイドル達の顔写真の貼られたプロフィール資料だった。


 身長や体重、スリーサイズなんかも書かれていて、特技や趣味などについても触れられていた。


 しかも、顔写真のみならず、全体の体が映った水着の写真なんかも貼られている。


 その資料の一番下にはメモ欄が用意されていた。これをパートナーセレクトに役立てろってことなのかもしれないな。


「君達は一ヶ月後にパートナーセレクトを控えている。出来れば今日のうちに候補を見つけて、スムーズにパートナーが成立することを祈っているぞ」


「ではドル科の生徒から自己紹介を初めていこうかー。では、ナイトレイさんからねー」


「はーい」


 ナイトレイと呼ばれた女子が立ち上がり自己紹介を始めようとする。


 封筒に入っていた資料の一番上にきている人物だ。蛍光灯の光量できらきらと腰まで伸びた金髪が輝いている。青い瞳は海のように深く美しい色をしている。肌も透き通るような白さでただの日本人ではないのが一目でわかる。


 見た目からしてとにかく目立つやつだな。


「エマ・ナイトレイよ。よろしくね」


 それだけ言うと、なにも言わずにストンと腰を落とした。え、それだけかよ。自己紹介って言ったらもっと色々あるだろ。


 これでマネージャー科の人間が誰も相手にしなかったらどうするんだよ。売れ残りになっちゃうんだぞ。


 とは言っても俺も特筆すべき自分の点はないので名前を言ってすぐに座ってしまいそうだ。


 バスケやってました、なんて言っても、それで? で終わってしまうしな。


「……それだけー?」


 さすがに気になるのか藤沢先生がナイトレイに突っ込みを入れる。


「ええ。手元に資料があるんだし私についてはそれで知ればいいわ。そっちのほうが効率がいいでしょ?」


「なるほどー。まぁ、それはそういうことにしておきましょうー。……ただ、先生には敬語を使いなさいって教わりませんでしたかー? その地毛墨汁ぼくじゅうで塗りたくっちゃうぞー?」


 ニコニコはしているが、額に青筋を浮かべている


「アハハ、ニホンゴヨクワカンナイ。ムズカシイ」


 明らかに先程まで流暢りゅうちょうだった日本語がいきなり片言に変わる。ケラケラと笑い藤沢先生を馬鹿にするような態度を取っている。


「あのさ――」


「藤沢先生。そのくらいにしておこうか。次が控えている」


 天野先生に止められた藤沢先生は、渋々といった感じで押し黙った。


 俺は手元の資料を見てみる。エマ・ナイトレイ。そういえば神谷愛がこいつについてなにか言っていたような。


 マネージャー科の人間が殺到するとかなんとか。


 資料にはナイトレイについて詳しく書かれていた。両親がアメリカ人で祖母が日本人か。


 アメリカ在住ではあったが、幼少の頃から家で英語と日本語両方を使って会話をしており日本語は堪能。あいつ日本語わからないとか思い切り嘘じゃないか。


 いや、そんなのはどうでもいい。一番目を引いたのはこいつの父親がアメリカのスター俳優ということだった。


 ジョージ・ナイトレイ。芸能界では疎い俺でも名前を知っているくらいの超大物人物だ。ニュースでよく名前を聞く。


 だとすれば注目度が高いのも頷ける。隣にいる小太りで低身長のやつもなにやら必死にメモをとっているしな。


「さすが、大物って感じだね。信頼関係を築いていくのは難しそうだ」


 俺の視線に気付いたのか話しかけてきた。小太りのやつは俺と同じように短髪の髪の毛を立てている。


 だが、俺とは違いワックスでしっかりと髪の毛を固めていた。


 ふ、贅沢なものを使いやがって。ドライヤーでなんとかしろよ。


「ああ、でも君には関係のない話か。どうせ試験が最下位の君を彼女が相手するわけないもんね」


 嫌味ったらしい顔で俺を馬鹿にしたことを言う。初めて喋るくせに失礼なやつだな。


「最下位で悪かったな」


「悪くはないさ。ただの事実だしね。いやー、僕は後期試験たまたまトップでさ。あ、君を馬鹿にしているわけじゃないんだよ? これも事実だしね」


 絶対に馬鹿にしているだろ。完璧に下に見られているな。


 事実、俺はこいつよりも試験結果が悪いのでなにも言えないが。


「実は『輝石学園生』関係者の親戚からたまたまトップだったって教えてもらってね。神谷由伸って勿論知ってるよね? あの人から聞かされちゃってさー」


 隣にいるやつは自慢げに話す。こいつ神谷さんの親戚なのか。の割には全然似ていない気がするな。


「ここだけの話なんだけどさ。その由伸さんにさ、後継者にしたいって言われててね」


 俺に耳打ちしてヒソヒソと声を出した


 後継者にしたいってこいつそんなに出来るやつなのか。


 そんな人物がいれば俺にも聞かされそうな気がするけど。クラスメイトにもなるんだし。


 それに一つ疑問が残る。なんで前期試験を合格しなかったんだろう。


 後期試験トップなら前期試験を合格してそうなものだが。


「その後期試験トップ様はどうして前期試験の話をしないんだ?」


「そ、それは……色々と事情があってね。まぁ、なんでもいいじゃないか」


 なにかを隠しているように慌てている。引っかかるな。


「そういえば自己紹介がまだだったね。僕の名前は田中太郎。確か君は同じ中学だったよね。身長が高いから顔だけは覚えているよ」


 俺はその名前と、同じ中学だったという発言により、頭に電流が走った感覚がする。


 こ、こいつ。もしかしてあの田中太郎か?

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