第2話 パートナーセレクト

入学式を終えた俺は教室で教師がやってくるのを待っていた。


壁も床も真っ白な教室は清潔感はあるが、目に優しくはなかった。


落ち着かないな。これも時間が経てばなれるのだろうか。


そして、入学初日でまだ教師も来ていないのに、この教室には会話の一つもなかった。


緊張感だけが教室を支配していた。息苦しさすらある。


普通こういうときって隣や後ろの席の人間と会話するものじゃないのか。


とは言えこの学科に限れば難しいのかもしれない。


なんせここにいる人間は少ない席を争う敵だ。馴れ合う必要はないということだろう。


俺も周りの雰囲気に合わせて黙っておくかな。


それにしても見たこともない入学式だった。まさか報道カメラが何台も置かれているとは。


それだけ注目度が高いんだな。週刊誌にも取り上げられてるくらいだし話題性はあるのだろう。


「待たせたな」


教室のドアを開けたのはあの天野先生だった。青い表紙の冊子を抱えて颯爽さっそうと登場した。それを教壇の上に置くと話し始める。


「今日から君達の担任になった天野美智子あまのみちこだ。覚えておくように。さて、まずこれを配っていくぞ」


 規則正しく並べられた机の列の前に青い冊子を置いていく天野先生。


それを前の人間から順々に後ろに回していく。俺は教室の窓側の一番後ろの席だったので『シラバス』と書かれた冊子が届くのが遅れる。


「まずは入学おめでとう。君達は厳しい倍率の中、生き残って本日この教室にいる。それは誇っていい。だが、ここからが本番だ」


 入学したからとは言っても油断は出来ない。ここを卒業できるのはこの三十人の中から一割未満。壁は高く厚い。


「クズは早々にいなくなり、優秀なものだけが来年に生き残れる。容赦はしない。試験に合格できなかったものは即退学か転科だ。覚悟しておけ」


 脅すように天野さんの語気ごきは強い。


 張り詰めていた空気がさらに研ぎ澄まされたものになる。


 ここに惰性だせいで入ったものは誰ひとりとしていないだろう。


 自分の未来を見据えている人間だらけだ。俺にしたってここに居続けなければいけない理由がある。


 天野先生は手元の資料を見るように言うと、今年の学習計画についての説明を始めた。


 中学生の時には聞きなれない科目がいくつかあった。


 その中でも目を見張るのはやっぱりマネジメント基礎、だろう。他の科目より授業時間が明らかに多い。


 ここについては天野先生も詳しく話してくれた。


 マネジメント基礎では社会人としての礼儀作法やアイドルの売り出し方、営業先への訪問の仕方などなど、マネージャーにとっての必須になるスキルを教えてくれるらしい。


 学習計画の話が終わると、今度は生徒手帳が配られた。


 俺は何気なくパラパラと中身を見てみる。すると、校則について書かれているページがあった。


 特に厳しいそうな校則はない。髪型も自由だし、恋愛も禁止されてはいなかった。


「これは一般生徒向けのものだ。そして、これがマネージャー科の人間がもつもうひとつの生徒手帳だ」


 次に配られた生徒手帳は明らかに先程のものとは違った。


 まずカバーが茶色の革になっている。それに、分厚さは一緒くらいなのに重さもこっちのほうがある。


「これはアイドル科、マネージャー科共通で配られる生徒手帳だ。普通の生徒手帳とどこが違うかと聞かれればICカードが入っているかいないかだな」


 なんでそんなものが入れられているのだろうか。


「輝石学園では食堂や自販機、購買での決済が交通系電子マネーで出来る。そして、こいつでもそれが出来るんだ」


 なるほど。だとしてもわざわざ入れる必要はあるのか。各個人でカードを用意すればいいように思える。


「なお、このカードで行った買い物は全てホープスターが負担することになっている」


 その瞬間、静かに黙っていた生徒の中で数人が小さく声をあげた。


 俺も思わず椅子から腰を浮かしてしまう。これは初耳だった。


 学費は無料になり、食費も無料になるのか。しかも購買までもが無料になるというのは凄いな。ノートとかペンも買い放題ってわけか。


「君達はそれだけ期待されているんだ。それから、その生徒手帳にはマネージャー科専用の校則も用意されているぞ」


 俺は生徒手帳を捲って確かめてみる。本当だ。さっきの手帳にはなかった校則が追加されている。


 過度な長髪、染髪はダメ。アクセサリー類の持ち込み禁止。普通科の生徒には許されていることがマネージャー科では禁止されている。


 特にアイドル科との接し方についての校則が多かった。男女の仲になってはいけないというのは勿論のこと、理由のない二人きりでの外出、アイドル科の人間の体に触れてはならない。など、たくさんの注意事項が記されていた。


 最後のアイドル科の人間に触れてはいけないって、今朝思い切り破ってしまっているな。しかも、天野先生に見られてしまっている。


「なお、この校則を破った者は即転科か退学だ」


 天野先生は俺の顔を見ている。


「なぁ、大元。気を付けないとな」


「……肝にめいじておきます」


「よろしい」


 まだ初犯だから許してもらえたのか、校則を聞かされていなかったから許してもらえたのかはわからないが、大事にはしないようだ。


 家に帰ったらしっかり読み込まないとな。校則破って無職になるのはたまったものではない。


「さて、君達の第一の課題の話をしよう。それは一ヶ月後にあるパートナーセレクトについてだ」

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