輝石学園マネージャー科 4

 通話が繋がった瞬間に硬貨が落下する音がした。


 最初は教頭が電話に出た。担任の名前をげるとすぐに変わってもらえる。


『大元か。そろそろ面接の時間だろ。どうかしたのか?』


「たいしたことじゃないんすけど……受験票を落とした人って今日います?」


『特に連絡は受けてないな』


「そうっすか……」


 もう試験は開始してしまっているし、どう足掻いても田中太郎はこの試験に合格するのは不可能だ。


 たった一つ可能性があるとすれば俺という存在。俺がこのまま試験を受けて、たまたま名刺をたくさん集められたらあいつは合格できる。


 輝石学園には連絡がいっていないし、俺の学校にも連絡がいっていない。


 俺が田中太郎じゃないのはまだばれていなかった。


「先生」


『なんだ』


「俺、面接間に合いそうにないっす」


『はぁ!? お前ちょっと待て――」

 

 耳に押し当てていた受話器を投げるようにして元の位置に戻した。


 俺はガラス張りのドアに背中を預けた。

 

 なにやってるんだか。

 

 我ながら馬鹿げていると思う。

 

 見ず知らずの人間のために自分の面接を棒に振って替え玉になるのを決意するなんて。


 きっとうちの担任はブチ切れるだろうな。わざわざ俺の面倒を見てくれようとした会社にも悪いことをした。

 

 ただ、そうまでして俺はやっぱり夢を追う人間の味方になってやりたい。俺は背中のリュックに手を触れた。

 

 それにお母だっていつも口を酸っぱくしていっていた。


『お前はたくさんの人に助けられてきたんだから、たくさんの人を助けろよ』


 お母は勿論、近所の人間や、学校の教員、クラスのやつら。


 俺はたくさんの人間に助けられた。だから今日は俺が別の人間を助けてやる。


 誰かになりすまして試験を受けるのは褒められたものじゃない。露見すればニュースに載ってしまうかもしれない。だが、ばれなきゃいいんだろ。


 受験票を拾ってしまった責任もある。乗りかかった船だし最後までやりきってやるよ。


 俺は掌に打ち付け気合を入れる。


「っしゃ!」


 俺は電話ボックスを抜けると冷たい風を体で切りながら駅を目指した。とりあえずまずは誰かに合わないといけないな。


 と、運良く向かい側から二十代くらいのスーツの男が歩いてくる。 足取りはおぼつかなくて目の下にはクマがあった。


 おそらく夜勤上がりだろう。


 お母も深夜の仕事が終わったときいつもあんな感じでフラフラしていた。


「すいません!」


 俺は手を振りながら男に迫った。まずは最初のチャンスをものにしないと。


 俺を視認したサラリーマンは機嫌が悪そうに溜息をついた。


「なに? 道でも聞きたいの。悪いけど俺ここの人じゃないからわかんないよ」


 明らかに今から家に帰るところなのに平然と男は嘘を吐いた。


 道に迷った受験生だと思われたのだろうか。


 ただ俺は道だけ聞くような面倒くさくない学生ではない。


「俺、この近くの学校を受験しているんすけど名刺が必要なんです! 出来れば名刺をもらいたいなーって」


「……なに言ってんの。ガキに渡せる訳ないだろ。つかそんなん試験でやるなよ」


 男は冷たく言い放つとすたすたと歩いて行ってしまう。


 なんだよ感じ悪いな。疲れてて虫の居所がわるかったのか。


 切り替えて別の人間を見つけよう。


 だが、俺は駅が近づくにつれてこの試験が本当に大変なものであるのを知った。駅に向かっている際に数人の人間に声をかけた。


 名刺を持っていなさそうな主婦や大学生風の若い人、老人と様々だった。


 大体の人間は持っていないので渡せない。これならまでいい。


 ただ声をかけてもなにも答えてくれない。名刺がほしいと言った瞬間に立ち去られるなど心に傷がはいるような対応をされた。


 それはそうだろう。知りもしない中学生に試験に必要だからといっておいそれと社会人としての武器を渡せるはずがない。


 正直永遠と不毛に思えるアタックを繰り返すのは精神的にも辛かった。


 ただ十人ほどに声をかけてなんとか一枚は獲得できた。


 占い師っぽい怪しげなお姉さんからもらったが、名刺は名刺だ。受験頑張ってねというメッセージまで頂いてしまった。


 そのときはこの試験にも光明が見えたような気がした。これならたくさん人がいる駅ならそこそこ枚数が集まるかも知れない。


 だが、駅に着くと期待は一蹴される。人がほとんどいないのだ。ぽつぽつと確認できるのは老婆や主婦っぽい女性ばかり。


 駅のロータリーの時計はもうすぐ十一時を示そうとしていた。人がいないのは、勤務時間中だから皆会社に引っ込んでいるからなのか。


 ああ、そうか。俺はあることに気づいた。ここは都心から離れた駅で、ベッドタウンだった。


 駅の近くには数棟小さなビルはあるが、ここは働くための地域じゃない。住むための地域だ。


 そうなると、名刺を持っているような人間は今の時間、ほとんど都心に行ってしまっている。


 それを試験を受けている人間達もすぐに気付いたのか、電車で新宿や渋谷などの都心まで移動したのだろう。もう駅の近くの制服姿の人間は数人いるだけだった。


 完全に出遅れたな。制限時間は残り一時間。


 電車で移動している時間はないな。それになによりお金がもったいない。


 俺に電車移動という手段はとれない。この場所でなんとかするしかない。


 さっきのように手当たり次第声を掛けるのもいいが、効率が悪い。


 やっぱり断られてもいいから確実に名刺を持っている人間にいかないと。


「まぁ、その確実に持っている人間がいないんだけどな……たとしても今は勤務時間中で会社の中だろうし……あ!」


 なんでこんな簡単なことに気付かなかったのだろう。いいことを思いついたぞ。でも、ただがむしゃらに行動しても時間をロスしてしまう。


 ここはベッドタウンだし駅チカだからすぐにあれが見つかるだろう。俺はキョロキョロと辺りを見回すとお目当ての場所を見つける。

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