市松模様の少女
夏といえども葉が落ちないわけではない。ハエのように小煩く聞こえてくる声をガン無視しながら、千春は境内の掃き掃除をしていた。
「千春、ちーはーるー」
千春の周りをうろうろと付きまとっているのは、一尺(約三十センチ)あるかどうかという驚くほどに背丈の小さい女の子だ。
木目を連想させるくりっとした茶色い髪には、赤と白の市松模様のかざぐるまが髪飾りのように差されている。そのかざぐるまと同じ市松模様の衣を纏い、腰巻と思しき白い布をひらひらとさせながら、千春の肩の高さあたりをふよふよと浮いていた。
「もー話そーよ! ちーはーるー!
池の双子蓮ともう話したんでしょう? 紅蓮と白蓮って名前をもらったって聞いたけど、そのまま過ぎじゃない?
あ、でも千春って昔からすでにある言葉から名前とるの好きだものね! あたしは正直どうかと思うところもあるんだけど。
あっ、霜雪って名前が嫌だって言ってるわけじゃないのよ。ただ、双子蓮の名前が見た目そのまま過ぎて名前として機能してるのかしら? って思っただけで。
それで、あの子達にどういう姿を与えるか考えてるの? ねえねえ、どういう方向で考えてる? あたしはね」
「あーもーうるっさいわね! このお喋りかざぐるまっ!」
喋り続ける霜雪に、ついに千春が根をあげた。
「他所の人がいそうな場所では話しかけないでっていつも言ってるじゃないっ。しかも今は真昼間よ、いつ人が来てもおかしくないんだからねっ!?」
あくまで小声で、千春は霜雪に顔を寄せて抗議する。
かざぐるまの付喪神である霜雪は、人型を取っている時は人の目には映らない。本体から抜け出して来ているからだ。
おかげでたまーに境内で遊びにくる子供たちに一人で話す姿を目撃されてしまっている。
しかし霜雪は気にした風もなく、千春の肩にちょこん、と乗る。
「風さえあれば、あたしには風に乗った声が聞こえてくるもーん。そしたらあたしは黙ればいいわけでしょ」
「そう言って見られたのが何回あったかしらね……」
「千春が気づかず喋ってるから変に思われるんじゃない」
減らず口が絶えないことにむしゃくしゃしそうになるが、ここはぐっと堪える。
(くっ、まともに相手するだけ神経すり減らすのはあたしよ、千春)
相手は付喪神、人ではない。根本的に自由すぎて人とは考え方がズレているだけなのだ。
千春は自分を落ち着かせるため、今の気分を全て吐き出そうと息を深々と吐く。
「あ……」
何かを感じた霜雪が、突然西を向く。頭のかざぐるまが西風を受けてからから……と乾いた音を立てた。
しばらく微動だにせず、じーっとその方向を見つめていた霜雪は、急に千春の肩から浮き上がる。
「千春、通り雨が来るからあたし中に戻るわね」
「はいはい……え?」
千春が驚いて肩に乗っていたはずの霜雪を返り見るが、すでにだいぶ離れたところを母屋に向かって移動していた。
慌てて空を眺めても、雨雲は見えていない。
「ちょ、通り雨あとどのくらいで来るの!?」
「さー? でも湿った空気流れて来てるし、そんな遠くないんじゃない?」
かざぐるまの性質か、霜雪は風や空気にだけは敏感だが、実用性があるかと言われるとご覧の通りいい加減。
「洗濯物ー!」
千春は集めた落ち葉などそっちのけ、箒片手に母屋裏手に干している洗濯物を取り込みに走るのだった。
その四半刻後に、土砂降りが降り始めたという。
(『かざぐるまの付喪神』付喪神物語より)
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