「すべて失うっていうのにねえ」

「はいはいはいはい」


 一人呟くようにして、アラタは私室の戸を開けた。

 階級に応じてそれなりに広い続き部屋だが独身寮の一角なので、人目を忍ぶのは大変だっただろう。そう思いながら、にっこりと、笑顔で迎え入れる。

 そのくらいの苦労はしてもらわなくては。


「わざわざすみませんね、お越しいただいて」

「――どうなっている」


 茶器の用意もなく、相手が座る様子がないので、アラタも立ったままだ。

 肩をすくめて見せる。


「本人の懐柔は難しそうですね、すっかりなついています。やはり、辞令を出すべきでは? この際、多少の注目は仕方ありませんよ。そのために、あの鳥も渡したんでしょう?」

「リツが、何か勘付いたらしい。このところ、こそこそとさぐっている」


 さっさと動かないから、との言葉は飲み込み、アラタは相手の様子をうかがう。

 リツが気づいているとなれば、納得のいかない辞令にはとことん反抗するだろう。あれで人脈も人望もある。

 そうなると、少々どころか多くの耳目を集めてしまうだろう。


「でしたらもう一度、第十一隊の解体を試みては如何いかがです?」


 そもそも存続させたのが間違いでは、と思うが、それも飲み込む。忠言など、求められてもいないのに口にするつもりもない。


「――。君は、弟のことはどうするつもりだ」

「あなたの耳にも届いていましたか、お恥ずかしい。あれも頑固でして。それでも、隊がなくなれば諦めもつくでしょう」

「そうか」


 しばしの沈黙の後で部屋を出て行った男に対し、アラタは軽蔑混じりのため息を落とした。

 ――あれもこれもなんて、欲張り深い。


「欲をかきすぎればすべて失うっていうのにねえ」


 呟きは、ただ、部屋の隅に落ちていった。

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