お前気づいてないんだろ?!

「言い訳をすると、僕も今日まで全部を隠していたわけではないんです」


 リツが、妙に不思議そうにルカを見る。


「身体の中で妖異が働いていて、いつ暴走するかわからないということが打ち明けられなかっただけで。僕も、まさかこんなに怪しげなことになっているとは思いませんでした。どうしましょう、これから。十一隊にいられたらいいんですけど、危なすぎますね。兵団自体にいられるのか」

「――ルカ」

「そう言えば本当は、違うところに配属されることになっていたらしいです。僕のことを知る上層部が手を回して、監視しやすい隊に置くつもりだったようで」

「ルカ」

「それなのに、どんな行き違いかでこんなことに。すみません」

「ルカ!」

「はい?」


 何度も強く呼ばれ、まじまじとリツを見る。リツは身を乗り出すように立ち上がり、今にも泣き出しそうなかおでルカを睨んでいた。

 野生の獣のような美しさが、くっきりと鮮やかに浮かび上がる。

 ルカはぽかんと、そんなリツを見つめていた。何故、こんなかおをしているのだろうと頭の隅でいぶかる。


「ルカ。お前、分かってるのか? 気づいてるか?」

「何をですか?」

「ルカ――俺たちのことなんていいんだよ。十一隊のことも、ほっといたっていいんだ。そんなことよりっ」

「そんなことじゃないです。みんなを巻き込むわけには――」

「阿呆」


 胸倉むなぐらをつかまれた。リツは、ほとんどがテーブルに膝乗りになっている。

 そうして、やはり泣き出す手前のようなかおで見つめたかと思うと、力任せにルカを引き寄せ、抱きしめた。

 頭の上と、触れた体から、リツの強いのに柔らかな声が揺れる。


「お前がお前を心配しないでどうする! いんだよ、周りなんて後で! なあ、お前気づいてないんだろ?! 何だよそのかお! 俺についてくっつったときのやる気どこに置いて来た? なんで何でもない振りして、うわつらだけで、魂どっかに投げ捨ててきたみたいなときにこっちの心配なんざされたって、意味ねぇよ! ルカ、俺らの心配をしたいなら、きっちり自分のことやってからにしろ! 俺らはな、泣くことも思いつけねーような未熟者に面倒見てもらうほど落ちぶれてない!」


 言葉は強いのに、どこまでもきついのに、何故か優しい。目を閉じていても届く、力強い鼓動の音に重なり、ゆっくりと、言葉が沁みていく。

 優しい、柔らかな手を思い出す。

 ルカの小さな身体を撫でるように叩き、ゆっくりと口ずさむ子守唄にあわせて、時折ルカの身体を揺する。ゆったりと、優しく。


 ――はじめから、そうではなかった。


 不意に、ルカの中で確信がささやく。それは、思い出した記憶のためだろうか。

 両親がどんな思いで、ルカに十四年前の実験をほどこそうと思ったのかはわからない。

 それでも。

 幼い日の記憶は、こんなにも愛情にあふれている。


「…っ」


 じわりと、目頭が熱くなる。嗚咽おえつが漏れた。

 何故泣いているのか、ルカにはわからない。

 何も考えられず、どうしても涙を止められないルカの背を、リツが、でるように優しく叩いた。

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