機密でも秘密でも関係ない

 リツの黒々とした瞳は、厳しいが敵意も恐れも感じられなかった。 

 妖異と同化し、あるいはリツのように、血縁者が同化したために受けいだものもまれにいる。

 が、彼ら彼女らは、その存在を国に登録し把握されている。まして、兵団の中にあるとなれば、周知となるのが当然だった。

 ルカ自身、自分から言いふらしたりはしないが、誰にも知られていないことが不思議ではあった。――数時間前までは。


「念のため、確認しておきます。きっとこれは、兵団の機密です。知れば厄介なことになるかもしれませんが」

「知ったことか。俺の部下のことだ、機密でも秘密でも関係ない」


 思った通りの言葉に、ルカは、不意に泣きそうになった。

 リツは優しくて、情に厚い。だが、だからこそ、ルカは深呼吸を必要とした。

 干したままの布団を思い出すほどの余裕は、実は余裕ではなく逃避だったと気づく。


「僕の両親は、第十隊の団員でした。二人とも、隊の壊滅のときに命を落としました」


 考える間を置いて、リツがいぶかしげなかおになる。ルカは、まだ温かいカップを両手で持ったまま、そんなリツを眺めていた。

 沈黙は、リツが破った。


「ルカ。お前、十六だろ?」

「一応は」

「一応ってなんだよ。俺みたいにはっきり分かんねーってのか? でもそれにしたって」

「生まれたのは二十三年前です。だから、生まれてからの年数で数えれば、隊長とは同い年です」


 当惑するリツからわずかに視線をらす。ルカ自身、そのことを知ったのは今日のことだ。

 視線を戻す。


「七年間、どうも仮死状態にあったようです。生きてはいないから成長もしない。でも腐りもせず死にもせず、今から七年ほど前に、何事もなかったかのように再び生き始めた。実際に生きている年数だけなら十六年です。もっとも、記憶があるのは目覚めてからの七年分と、後はほんの断片ですけど」

「…七年? 七年前と、七年前?」

「七年前と、十四年前。そして、第十隊」


 リツは、ぽかんとルカを見た。せわしなくまばたきを繰り返し、「え? え?」と首を傾げる。

 ルカは落ち着いて、リツの理解を待った。

 ルカ自身、今になってようやく、園長の言葉が消化できてきた気がする。今日久々に訪れた、光園でのあの会話を。

 園長――ルカの両親の同僚だったという、その人。崩壊した十隊の中で、唯一以前のような日常生活を送れる状態で生き延びている人。


「十隊の壊滅と…七年前ってのは? 十一隊も潰れかけたけど、別に何もなかっただろ?」

「いえ。聞いた話で裏は取っていませんが、十四年前と七年前の三隊合同での出動。それに――僕と。すべて、同じ妖異の関わっていることです」

「…続けろ」

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