足引っ張るなよ

 和気藹々わきあいあいとした空気でないと厭だ、とは思わないしぎくしゃくとした空気であろうと、嬉しくないことに慣れてもいるが、気が重いのはどうしようもない。

 それでもやがて、ルカらの頭の二、三倍はありそうな大きな蕾を付けた植物の前にたどり着く。

 草木が荒れているのは、ここで妖異の襲撃を受けたからだろう。

 ここから怪我人たちを残してきたところまで一人残らず移動できたのはむしろ凄いのではないかと、ルカは思った。


 しかしそれよりも――妖異だ。


 つぼみは、今にもこぼれ落ちそうにふくらんでいる。

 ふわりとした甘い匂いも既に立ち込めはじめ、軽い酩酊感に襲われそうになったルカは、必死に頭を振りかぶった。

 完全に花開く前に、どうにかしなくては。


「足引っ張るなよ、落ちこぼれ」

「うん」


 明らかな嫌味の込められた言葉。

 考えてみればフルヤからはからかい以上の悪意をこめて「落ちこぼれ」という不名誉な通り名で呼ばれたことはなかった。

 そうさせたのはルカ自身なのだから、本当に、やりすぎたらしい。


 舌打ちしたフルヤが抜いたのはまだ真新しいとも言えそうな剣だが、ルカが手にしている卒業祝いに同期全員がそろいで貰ったものとは違った。自費購入だろう。

 ルカとフルヤは抜き身の武具を手に、風下にならないよう慎重に、花を挟み込んだ。

 ルカが被害の広がらないよう防壁を展開し、フルヤが花を切り燃やし、二人で回収する。

 ただそれだけをやりげればいい。鼠に憑いたという妖異や他にあるかもしれない妨害はすべて、リツらに任せる。ルカたちのやることは至って単純だ。

 フルヤを見ると、頷いた。

 頷きすら攻撃的で、ルカは緊張で早くなる鼓動やうっすらと汗をかいている手のことも忘れ、うっかりと噴き出しかけた。かろうじて飲み込むが、おかげで強張こわばりは解けた。


「霧月、二の式!」


 濃密な霧の壁を作り、花を取り囲む。同時にフルヤの姿も見えなくなったが、声は聞こえる。


「破月、一の式! 晴月、二の式! ――っ」

「フルヤ君?!」


 くぐもったうめき声に、思わずルカの作った術が揺らぎ、慌てて気を込める。

 上がるはずの炎が見えず、一層に不安をあおった。術を解くかどうか迷い、しかしそうすると今度はルカ自身が妖異に影響を受けかねない。


「フルヤ君、何があった!?」


 返事がない。

 リツたちに頼ろうにも、おそらくは礫の妖異を、相手取っている気配がある。

 ルカは深呼吸すると、自分に気合を入れた。鼓舞するように、報告の声を張り上げる。


「キラ見習い、霧壁内、入ります!」


 霧の壁は薄い水の壁だから、踏み込むのに解く必要はない。匂いけに片袖を外して口と鼻をおおうと、刀を抜き構えたまま踏み入った。

 冷たくじとりとした壁を抜けると、花が半分開いていた。対妖異に効果のあるはずの隊服の布越しにも、匂いがしのんでくる。

 それをこらえ、フルヤの突入したはずの側に回りこむと、花の根元に倒れこんでいる姿があった。


「フルヤ君!」

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