十人聞いたら九人は音痴って言うね

「音――は。羽音と鳴き声は、聞きました。声を、聞いて倒れてしまったんですけど」

「姿は見てない、か」

「はい。多分、枝にでも止まったんだと思います」

「封鎖中に飛ぶ鳥? きっとそれですね、リッさん」


 封鎖空間内では、妖異に関係のない生き物も影響を受ける。

 隊服はそれを避けるための自衛手段でもあるのだが、それのない生き物は、個体差はあれど、半睡眠状態になるのが一般的だ。

 つまり、動きがあるだけで要注意となる。

 ルカもそう気付いてリツとソウヤに声をかけようとしたのだがその矢先に声を聞き、倒れた。それを口にするのは、言いわけのようで躊躇ためらわれた。


「ちっ、気付かなかったぜ。お前は?」


 お手上げ、というように両手を上げてひらひらとふって見せるソウヤ。

 あんなにはっきりと聞こえたのにと、ルカは思わず目を見張る。


「リッさんは音系とは相性悪いでしょう。うーん、これは、音波じゃなくて音そのもの? ルカ君、夢見たって言ってたから、催眠効果とかそのあたりですかね?」

「んじゃ、餌は――…八隊の奴、捕まえてくるか?」

「あ。八隊は、こっちどうしろって言ってました?」

「山場だと。とりあえず、終わったら連絡寄越せ、封鎖くなっつってある」

「山場ね、本当なんだか。いいですよ、俺が」

「いーやーだっ、お前の音痴な歌なんぞ聞きたくない。来るもんも帰るわっ」

「…そこまで言います?」

「あの」


 そこまでけられるほどのものなのか第十一隊は、と思いつつ、ルカは挙手した。


「餌って、おとりですよね。歌でおびき出す。それなら、僕が」


 妖異は、同質のものにかれる性質がある。

 発光の妖異は光に近寄り、音の妖異は音におびき出される。ルカは声を耳にしたのだから、それにつられて来るだろう。

 ソウヤを、そしてリツを見ると、思案顔だった。


「…危険だぞ? さっきは眠るだけで済んだみたいだけど、どんなのかすらちゃんとはわかってないんだぞ?」

「自分一人を守れるくらいには、きたえてもらったと思ってます。さっきのは不意打ちです」

「言うなー」


 うーん、と唸ってリツが腕を組む。

 ルカとしては少々見栄を張ってはいるが、全くの嘘でもないつもりだ。その自負があるからこそ、余計に妖異の攻撃をあっさりと喰らったことが悔しかったのだ。


「いいんじゃないですか? ルカ君だって守られるためにここにいるわけじゃないんですから。今は、俺たちも援護できますし。もともと、今日から本当に実戦投入の予定だったでしょう」

「そう…だな。たのむ、ルカ」

「はい。ありがとうございます」


 そろりと立ち上がると、今度は眩暈めまいもない。リツとソウヤに笑顔を返せた。


「あ、でも」

「ん? 実はお前も音痴?」

「俺、音痴じゃないですって」

「いーや、十人聞いたら九人は音痴って言うね。でもって、残りの一人は耳が悪いか音感ないかだ」

「そこまで言いますか…」

「言うとも」


 二人のやり取りは、放っておけば長々と続き、参加すると延々と終わらない。すみやかに話題を変えたければ前置きと気遣いは不用と、今のルカは学んでいる。

 だから、落ち込んで見せるソウヤは放置する。どうせ、フリだ。


「僕、歌ってあまり知らないんです。童謡とか童歌になりますけど…大丈夫ですか?」

「まあ、歌の内容はあまり問題にはならない、と思うよ」

「いーじゃねーか。牧歌的っつーか…シュールではあるが」


 ああやっぱり、とひそかにうめく。

 ルカとて、街中に流れる歌や流行のそれなど、全く知らないわけではない。だが、歌えるほど覚えていないのも事実だ。口ずさむとなれば、よみがえるのは施設で遊んだときの数々になる。

 それでも二人は頷くと、左右に分かれ、ルカから適当な距離をとって木の陰に身をひそめた。

 ルカ一人、わずかに木の枝枝の隙間から陽の漏れる場所に残される。

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