第二章 共同作戦のこと

そう言われると余計聞きたくなるね

 厳しい顔をした男が、正座していた。背筋は正しく伸ばされ、隙なく空気が張り詰めている。

 そして男は深々と、両拳を太ももに置いたまま、礼儀作法の手本のように頭を下げた。


「娘を――よろしくたのむ」

「無理です!」


 叫んで勢いよく身体を起こしてようやく、ルカは、自分が和室で男と向かい合っているわけではないと気付いた。

 それどころか、今は。


「何が無理なんだい、ルカ君」

「先輩…状況は?!」


 作戦中に意識を失い、呑気のんきに夢まで見るとは何事だと、ルカは蒼褪あおざめた。

 だが、視界がセピアがかっているという点から考えても、まだ終わってはいないはずだ。ほうけている場合ではない。

 木の幹に背を預けているソウヤは、立てた片膝にひじを置き、いつもと変わらない余裕を感じさせる笑みを浮かべている。


膠着こうちゃく中。リッさんが様子うかがいに行ってるから、君は休んでなさい。軽い脳震盪のうしんとうだと思うよ」

「すみません!」


 リツに怪我を負わせたことに続いて、重ね重ねの失態だ。ルカは、拳を握り締めて俯いた。

 ようやく、ただの頭数合わせ――自分が被害を受けないことだけに気をつけ、リツやソウヤについて行くだけでなく、参戦していいとなった矢先にこれだ。


「はーいはい、下向かない。あれは、調査不足の八隊が悪い。俺かリッさんでも倒れてるよ、音波は防ぎようがないって。それより俺は、何が無理なのかが気になるんだけど」

「…忘れてください」

「いやあ、そう言われると余計聞きたくなるね。何?」

「えええ」


 燃えるような赤の隊服に身を包み、セピア色の風景の中でソウヤは微笑む。引かないときのそれで、ルカは早々に諦めた。気をつかわれていることもわかる。

 リツのことも気になるが、ソウヤがこうやっているということは大丈夫なのだろう。


「…夢を、見たんです」

「器用だね。どんな?」

「その…ニシダ前総括に、正座で頭を下げて娘を頼む、と…」


 ぶは、と、ソウヤが噴いた。


「そ、それで、無理、って?」

「夢ですから…空気が、嫁入りを言い渡されてるみたいで…」


 ソウヤは今や、片膝を抱きかかえるようにして大笑いしている。どうにか声を押し殺しているのは、まだ妖異がいるからだろう。それにしても呑気だが。

 ひとしきり、むせてまで笑ったソウヤは、気まずげに黙りこんでいるルカに、名残の涙を指でぬぐいながら笑いかけた。


「きっぱり断言しちゃうところがすごいね。ニシダ氏に正面切ってそんなこと言われたら、威圧されそうなものなのに」

「実際に言われたときはその通りでしたよ」

「実際?」


 何のこと、とこちらに身を乗り出すソウヤ。満面の笑みが逆にこわい、とルカは思う。


「二月ほど前…先輩のお見舞いの後、ニシダ前総括と六隊のアズマ隊長と食事をご一緒したときに言われたんです。隊員だからって、お世話になっているのは僕の方なのに」

「ああ、あのとき。二月近くも前のことを、どうして今になって?」

「僕が訊きたいですよ」


 多少、ルカの言葉が強くなる。言っておかないと、後々面倒なことになるような気がした。

 そこを察したのか、ソウヤは苦笑に切り替えた。


「まあ、夢なんてそんなものかな」

「なーに呑気な話してんだよ。ルカ、このバカに付き合うことないぞ」


 ひょいと、木の間からリツが顔を覗かせる。こちらも、隊服の赤だけが鮮やかだ。

 隊服と武具は、空間の封鎖に影響を受けない素材で作られている。飛び散る鮮血さえもセピアに染めてしまう空間では、わかりやすい識別法にもなる。

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