苦手なんだよっ俺が!

 赤い線。昨日の怪我にしては、程度が軽い。あれだけの血を流していながら、縫った痕もないというのにもうほとんど治っている。

 まさか勘違いではないはずだ。

 だぶついた長ズボンを穿いた下半身はともかく、黒のタンクトップ一枚の姿で、他に傷の手当てをしていそうにも見えない。


「噂で聞いてないか。どうも、俺は妖異よういが混じってるらしくてな。ちょっとは頑丈だ。もう二、三日もしたら、あとくらいしか残んねーぜ」

「妖異がかり…」

「ああ」


 血縁か寄生や癒着か、まれに、妖異をその身に取り込んでしまうものがある。

 人に妖異がくことはないではないが、その特性を残した上で、人としての意識を失わずにいられるものを妖異がかりや、これは蔑称だが混じりものと呼んだりもする。

 実のところ、兵団が対する、対峙すべきものの半数近くが妖異がかりで、妖異と同化してしまって意識ごと乗っ取られた元は害のない生き物ではないか、との説さえある。

 今のところ、その分離法はないとされている。


 ルカは、身が強張るのを感じた。それを察してか、リツは不思議な色合いの眼差まなざしを向ける。


「そこもひっくるめて考えな。とりあえず、今日は休みにしとくか?」

「――でも」


 リツは笑ったが、ルカは、その笑顔を知っていた。仕方のないことなんだと自分に言い聞かせ、受けれたふりをした、それ。

 そんなものは、強く、美しいリツには似合わない。


「昨日、僕を助けてくれたのは隊長です。甘ったれた悩みを聞いて、励まして、いい方に行けって言ってくれてるのは、隊長じゃないですか。まだ、全然戦力になんてなりませんけど、僕は、隊長のもとで働きたいです」


 そこではじめて、リツが目をらした。


「…いいのか?」

「はい」

「ほんっとーに、いいのか? ウチが研修に入ってないのは、新人向きじゃないからなんだぞ? ってか、ウチに関わったら難は逃れても結局不幸が来るって有名なんだぞ? むくわれない割に死戦ばっかすんだぞ? 大体」

「迷惑ですか?」

「ああちくしょうそんな捨て犬みたいな――大歓迎だ馬鹿野郎、お前がいなきゃソウヤ戻るまで活動停止だとも、ああ!」


 自棄やけになったように喋り立て、リツは、立ち上がって手を差し出した。

 つられて立ったルカがおずおずと手を伸ばすと、力強く握り、にっと笑った。


「よろしくたのむぜ、キラ・ルカ」

「はい! よろしくご指導のほど、お願いいたします!」

「あー…敬語とかそういうの、人目なかったらいいからな?」

「そういうわけには」

「苦手なんだよっ俺が! むず痒いっての! ――それと。気が変わったらいつでも言え、手は尽くしてやる」


 これがルカの決意を疑っての言葉なら、即座に反発しただろう。

 だがルカには、本心から気遣きづかってのこととわかってしまった。そうなると、怒るに怒れない。

 どう応えればいいものかとまごついているうちに、リツから押し出された。


「地下行って基礎練で体あっためとけ。フル装備。昨日の反省すっぞ」

「はい!」

「いいか。俺の部下なら覚えとけ、俺より先に死にやがったら許さねーからな」

「――はい」


 リツの姿を目に焼き付けるようにして見つめると、ルカは、一礼して退室の言葉とともに部屋を後にした。

 入ったときとは比べ物にならないくらいに、ルカの気分は晴れ晴れとしていた。

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