第十一隊の日々

来条 恵夢

そのときのこと

 子どもがいた。泣いていた。


 封鎖中の場所は、色を失う。だからその子どもは、古い写真の中にいるように見えた。

 長い髪をした女の子は、古びて見える風景の中で彼女自身かすみながら、僕に気付いてしゃくりあげ、それまで以上に激しく泣き出した。


 大変だ、まだ避難してなかったんだ――

 慌てて、駆け寄った。


「大丈夫だからね」


 僕自身怯えていたけれど、それを押し殺して、ぎこちなく笑いかけ、抱きしめようと両手を伸ばした。

 女の子に、触れるか触れないかの瞬間。


「ど阿呆っ」


 モノクロームの視界の中で、鮮やかな赤に蹴り飛ばされた。

 受身を取る余裕もなかった。建物の壁に背を打ちつけて、一瞬、息が止まる。後頭部まで打って、めまいがした。


「学校で何も学習しなかったのか馬鹿野郎っ! 封鎖中は別世界だっつってんだろ! 生きてるモンがいりゃ妖異よういを疑え、ガキが泣こーがトラウマになろうが、無駄に命落とすよりゃマシだ、それがいやだってんならこんな仕事辞めちまえ! 死にたいならてめぇ一人でひっそりこっそり逝け!」

「なっ――」


 蹴り飛ばしたのと同じくらいの勢いで投げかけられた言葉にカッとなって、痛みも忘れて身を乗り出した。

 そこには。


 ほのお見紛みまがうほどの赤い隊服を身にまとい、左肩から血をしたたらせる背中があった。

 怪我をしているにもかかわらず、堂々と、力強く。


「破月、七の式! 雨月、五の式! 鎖月、九の戒め!」


 りんとした声に応じ、いつの間にか女の子――今は正体を現し、人の頭ほどもある大きなはさみを肩から生やして下半身は蛸のようになった妖異に、突き刺さした槍を起点に大穴を明け、劇薬を流し込み、ついには吸い込む。

 元は女の子の姿をしていた妖異を飲み込んだ槍は、柄の先を青く光らせた。光を伴い、丸いたまが飾りのように出現する。


 血を流しながらもその珠を確認し、そして赤い人影は、呆然と座り込む僕を、じろりと睨みつけた。


「転属願いでも辞表でも、早い方がいいぜ」


 そう言って僕の上司は、危なげなく歩み去って行く。

 僕は馬鹿のようにその背を見送った。遠ざかる赤色がにじんだのは、決して、封鎖の影響ではなかった。

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