学園アイドルで美少女、西嶋可憐が暴走した日

魔仁阿苦

第1話

【東條達哉side エピローグ】


 額に何かひんやりとした感覚を覚えて目を開ける。

 視界に入ってきたのはオレの額に手を当てている制服姿の女の子だった。


「あっ、ごめん。起こしちゃった?」

「……西嶋?」

「うん。身体……大丈夫?」


 頭を少しだけ傾けて時計を見ると、午後4時を少し過ぎていた。

 まだ身体は熱っぽくてだるさが抜けていないが、やがて意識は急速にはっきりとしていく。


「に、西嶋!?」

「ふぁいっ!?」


 急に大声を上げてベッドから身を起こすと、びくうっと身を震わせる少女。


「お前、何故ここにいる!?」

「えっ? 今さら!?」


 右手にぬれタオルを持ったまま、目を見開いてオレを凝視しているのは、我がクラス、いや我が高校におけるアイドルといえる存在の西嶋可憐(にしじまかれん)である。

 容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群そして性格は極めて温厚で人当たりがいい、と欠点が見当たらないほどの完璧さを誇る。

 光の具合によってはダークブラウンにもダークグリーンにも映るつやっつやな髪は背中まで伸びていて、今こうしてオレの方に身体を傾けているとさらさらと綺麗な音とともに背中を流れる。

 長い睫毛の下には、心配そうな色を湛えた大きな目がオレの顔を捉えていて、口元は下唇をきゅっと軽く噛んでいるように引き締められていた。

 そして、普段見慣れているはずの制服からは、柑橘系の香りとともに彼女特有の甘いような匂いが鼻腔をくすぐっている。


 そんな美少女オーラを全開に放ちつつ、ベッドの横でもじもじちらちらとこっちに視線を向けているのを眺めていると再び体温が上昇してくるのを感じた。

 さっきまでの心配そうだった西嶋の表情が、やがてむすーっと変化した。


「……達哉ってば酷い」

「えっ?」

「せっかくお見舞いに来たのに……迷惑そうな顔してる」


 達哉って、確かにオレは東條達哉だけど。

 オレたちって名前を呼び合うほどの仲だったっけ?



【西嶋可憐sideその1】


「じゃあ、可憐。また明日~」

「うん。じゃあね」


 放課後になってクラスのみんなはそれぞれ帰宅したり、部活に向かったりする。

 帰宅部である私は特に用事もないので、いつも真っ直ぐ家路につく。


「ねえねえ、西嶋さんこれからカラオケに行かない?」

「ごめんなさい。ちょっと用事があって」

「そうだよ。急に誘っても無理だろ。じゃあさ、軽くマ○クでも行かない?」

「えーと、用事があるって言ったはずだけど?」


 さっき、急に誘うのはどうかと言ってたのに、何言ってるんだこの人たち。

 心の中で小さくため息をつく。


「分かったよ。それじゃな」

「ええ、さよなら」

「また今度誘うから」

「うん、じゃあね」


 出来るだけ自然に笑顔をつくって教室を後にする。

 でも玄関に向かっている途中でも気を抜けない。

 男子からの熱い視線をひしひしと感じるからだ。


「あっ西嶋先輩だぜ」

「よかったー。今日は会えないかと思った」

「一日一可憐だよな」


 私の歩く横で密やかに話し合う男子たち。何その一日一善みたいな標語。ご利益があるの?

 玄関で外靴に履き替えて、本日の営業はほぼ終了。

 今日も一日ご苦労さん、と自分に労りの言葉を掛ける。


 こんな感じで毎日を過ごしている私。詰まらない訳ではないけど、何か物足りない気持ちを引きずっている。

 でも具体的に何かしたいこともなく、ただ流されているという自覚はある。


「あー、何か面白いことないかな」


 足はいつの間にか最寄りの公園に向かっていた。ここ最近の私の日課になりつつある行程だ。

 規模的には大した公園ではない。いかにも住宅街の近くにあるだけ、といった誰にターゲットを絞っているのかよく分からない普通の公園である。


 しかし、今日に限っていえば、普通の公園では見かけないものがあった。

 それは私が勝手に自分の場所と決めているベンチに存在していた。


「もしかして……東條くん?」


 疑問形なのは、いつもの彼らしくない、いや、いつもというほど付き合いがあるわけではなくて、普通なら見かけることのない状態だったから。

 東條くんは鞄を枕替わりにして仰向けに寝ていたのだ。


 当然、彼は制服姿である。仕事に疲れたサラリーマンがぬれタオルを首にあててベンチに横になっている姿を何度か見かけたことはあるけど、クラスメイトからそんな姿を見せられるとは思わなかった。


 ここで彼の表情がのんきな寝顔であったなら、自分の居場所を取られたことに若干の憤りを覚えつつ踵を返すところだけど、赤らんだ顔と不規則に聞こえてくる吐息がその行動を思いとどまらせた。


「うーん……」


 小さく唸り声を上げて身体を横向きにしようとした東條くんが目を開けた。


「あ……」

「えっ」


 ……がっつり目が合ってしまった。


「どうしたの?」


 視線を私に向けたまま、ぼーっとしている東條くんに声を掛ける。

 表情に変化がみられないということは、まだ私のことを認識していないのかもしれない。


「……西嶋か?」

「うん。そうだけど」


 何だ分かってんじゃない。分かってるのにこの反応?

 何だかちょっと悔しい。


「ああ、悪いな。今、退くから」


 身体を起こしてベンチに座り直すのを眺めていると、彼が意外に長身であることに気付いた。


「別に退かなくていいわよ……それより、何か具合悪そうなんだけど」

「いや、何でもない」


 吐き捨てるように呟くとふーっとため息をつく。みると額には汗が浮かんでいた。


「じゃ、オレ帰るわ」

「えっ? う、うん」


 よっこいしょ、と立ち上がって少し伸びをして歩き出す。


「じゃあな」


 背中越しに右手をひらひらさせて出口に向かって行くけど、足元が何か怪しい。

 もしかして相当熱があるんじゃないの?

 どうしよう。このまま放ってはおけない。


「ちょっと大丈夫? 足がふらふらしてるわよ」

「大丈夫だって」


 そう言われてしまうとこれ以上私に出来ることなどない。

 少しずつ遠ざかっていく背中を見送るしかなかった。



【東條達哉sideその1】


 気が付けば、朝になっていた。

 昨日の帰り際、急に寒気を感じて公園で休んでいたはずだが、それからの記憶がはっきりしていない。

 ベッドの横には脱ぎ散らかした制服があって、どうやら公園から戻った途端に眠り込んでしまったようだ。

 意識はハッキリしているものの、全身がだるいし、肝心の体調は戻っていない。

 どうやら今日は学校を休まざるを得ないようだ。

 幸い、時刻は8時少し前。早速、担任に電話でその旨を告げた。

 一人暮らしはこういう時が一番辛いとはよく聞くけど、なるほどなと思った。


 冷蔵庫から適当に引っ張り出して自家製のおじやを作り、栄養を補給する。


再びベッドに入ると熱のせいか、すぐに眠りについた。



 目が覚めたのは丁度12時を少し過ぎた頃だった。

 正確に言えば、目が覚めたのではなく、起こされたのだが。


「……もしもし」

「よう、達哉、体調はどうだ?」

「いいわけねえだろ」

「そりゃそうだ」


 こっちの状況を全く気にせず、暢気に電話をかけてきたのはクラスで仲の良い高原だ。普段からアホな話ばかりしているせいか、お互いに気兼ねなく話せる間柄ではある。


「ところでよ。お前、西嶋さんと仲いいの?」

「はあ?」

「いや、お前が今日休んだのを気にしてるみたいだぞ」

「何だそれ」


 何で西嶋がオレのことを気にするんだ?


「どうゆうことだよ」

「俺に訊かれてもなあ。あとお前のアドレスとか住所を訊かれたから教えといたけど、ダメだったか?」

「別にいいけどよ……」


 頭が混乱してしまっている。オレが休んだぐらいで西嶋が何を気にしているのかさっぱり分からない。


「もしかしてお見舞いに行くつもりかもよ?」

「……んなことあるわけねえよ」

「まあそうだろうな。あまり気にすんな」


 気にしているのはお前の方だろ。

 何が言いたいんだ? と訝しんでいると、じゃあな、早く元気になれよ、と言い残して電話は切れた。



 電話の後、冷凍庫から前に買い込んだ冷凍パスタを見つけて昼食を終え、再び眠りについた。



【西嶋可憐sideその2】


「おはよう、可憐」

「おはよう」

「西嶋さん、おはよーっす」

「うん、おはよう」


 教室に入りみんなとあいさつを交わす。

 変わり映えのない毎日の光景だ。

 自分の席に着き、いつものように鞄から読みかけの小説を取り出したところで、斜め前の席―――東條くんの席―――が空いていることに気付いた。


「ねえ」

「はい?」


 つい気になって前の席に座る、えーと、高……なんとかくんに声を掛けた。ごめんなさい、名前はっきり覚えてなくて。


「え、あ、に、西嶋さん。な、何か用?」


 何か期待しているように見えるけど、端的に用件を伝える。


「あの、東條くんはまだ来てないの?」


 東條くんの名前を出した途端、それまであたふたしていた高……なんとかくんは明らかにテンションが下がった表情に変わった。


「ああ、達哉ね。さっき風邪で休むとかメールが来てたけど」


 やっぱり。昨日の様子から具合が悪そうだとは思ったけど、風邪のせいだったんだ。


「そうなんだ」


 でも風邪なら家で大人しくしていれば大丈夫だよね。家族の誰かが付いているだろうし。

 原因が分かってほっとしていると、高……なんとかくんが浮かない顔をしている。


「どうしたの?」

「いや、達哉ってさ、一人暮らしなんだよ。だからこじらせなきゃいいなと思って」

「えっ? 一人暮らし?」


 ついオウム返しに口を開くと、高……なんとかくんがしまった、みたいな表情になった。


「あ、ごめん。これは内緒の話だから。俺が漏らしたなんてアイツにばれたら絶交されちまう」


 小さな声で他の人には言わないようにと必死に話しかけてくる。

 女の子が一人暮らししていることが知られるのは困ると思うけど、男子もそうなのかしらね。

 何となく昨日の様子を思い出してしまう。

 昨日は何も出来なかったけど、これからは何か出来るかもしれない。


「あのさ、連絡先教えてもらえる?」

「ええっ?」

「東條くんのアドレスとか、教えて」



【東條達哉sideその2】


 今度はメールの着信音で目が覚めた。

 時刻は午後2時半。

 スマホを見るとユ◯クロからのお知らせメールだった。


 ベッドに寝転んだままスマホを見ていると他に3通のメールが届いていたことに気付く。

 それらの送信元はいずれも『karen』とある。


 『karen』? はて? 誰?

 とりあえず内容を見てみる。


『件名:体調はどうですか

 東條くん体調はどうですか?

 昨日公園で見かけたとき、顔色が悪かったので心配しましたが、風邪だと聞いて失礼ですがホッとしました。でも、一人暮らしだと知らなかったので心配です』


 送信は9時32分になっていて、これが1通目だった。


 そうだった、具合が悪かったのでメールを全然見てなかった。

 けど、karenって誰なんだ。

公園で見かけたと書いてあるし、文面からは女子のように思えるけど、わざわざメールしてくる女子に覚えがない。


2件目も『karen』さんからだ。


『件名:本当に大丈夫?

 さっきは突然メールしてしまってごめんなさい。

 別に無理して返信しなくてもいいですけど、出来れば短くても返事をもらえれば安心します。

 食事はきちんと摂ってますか。

 食欲がなくても少しは食べた方がいいですよ。』


 今度は12時ちょうどに送信されていた。

 あれ? 12時といえば高原から電話が来たのはそのころのはずだ。

 そういえばアイツ、西嶋さんがうんたらかんたら、とか言ってたような。


 それにしても気が付かなかったとはいえ、結果的にメールを2回もスル―してしまい『karen』さんに申し訳ない。

 普通の高校生ならスマホを見る回数は教科書を見る回数より遥かに多いはずだし、無視していると思われたかもしれない。


 そう考えると、3通目を読むのが怖い。


『件名:後で伺います

 ごめんなさい。最初に謝っておきます。

 勝手にメールしたくせに返信がないからって怒るのはどうかと思うかもしれませんが、さっきメールした直後に高原くんから、東條くんに電話したら結構元気そうだったと言われました。

 本当に元気になったんですか?

 それであればいいんですけど、元気ならどうしてメールに返事してくれないんですか?

 もしかして私のこと嫌いですか?

 確かにこれまではあまり会話したことはなかったですけど、無視されるほどとは思ってませんでした。何となくモヤモヤするので後でそちらに伺います。

 でも私が勝手に行くのでお茶の用意などは不要です……あなたは病人ですしね。

 まあ、このメールを読んでくれていれば、ですけど。』


 ひいいぃぃぃぃいいいっ!?


 完璧にご立腹のようだ。

今までいろんな人とメールのやりとりをしてきたけど、こんなに気持ち(にくしみ)のこもった文章はこれまで見たことがない。

 送信時間は12時32分。昼休み時間中に送信したらしい。


 と、とにかく落ち着こう。



【西嶋可憐sideその3】


 メール送信……と。

 画面をタップして今日3度目のメールを送り終えると、目の前でお弁当を片付けていた美香が引きつった表情でこっちを見ていた。


「美香? どうしたの怖い顔して」

「い、いや、今日の可憐って何だかいつもと雰囲気違うなーと思って。えへへ」

「そう?」


 知らず知らずのうちに怒りの表情を浮かべてしまったのかと思い、無理やりにっこりと笑顔をつくってみせたが、美香の引きつった笑顔は変わらなかった。


「それに、可憐って普段あまりメールとかしないじゃん?」

「ま、まあね」

「なのに今日は何度もメールしてるし、珍しいなーって」

「そんなことないよ。私だってたまにはメールくらいするよー」


 珍しいのは私がメールすることじゃなくて、私のメールに反応なし、ってことなんだけど。


 それにしても東條くん、何で返事をくれないんだろ。

 そりゃ今までほとんど口を利(き)いたこともないし、接点もなかったんだけど、具合が悪そうにしているところを偶然見かけちゃったから、心配してるんだよって伝えただけなのに。


 メールの返事がないのはまだいい。何しろ相手は病人なんだし、一人暮らしなんだから絶対にしろとは言わない。

 でも、高……なんとかくんからの電話には出るっていうのはどうなの?

 愛なの? BLなの? 女性嫌いなの?

 それとも私に興味がない?


 あ、思い出したらまた少しモヤモヤしてきた。


 さっきはつい思ったことをそのままメールしちゃって、少しマズかったかなと思ったけど、やっぱり行動に移すしかないわ。

 そうじゃなきゃ、西嶋可憐の女がすたる!



【東條達哉sideその3】


 まずは『karen』とは一体誰かを突き止めないと。


 まだ熱で頭がぼうーっとするけど、何しろ相手はこれからここに乗り込んでくるんだし、知らないまま会うわけにはいかない。

 手っ取り早いのは高原に電話かメールで訊くことだけど、アイツに訊いたらその後どうなっただのと余計な詮索を受けかねないのでとりあえず却下。

 もちろん、『karen』さん本人に訊ければベストだけど、今さらそんなこと訊けないし。


 この送信者名が単純に彼女の名前であれば問題ないのだが、オレ、クラスの女子の下の名前なんてほとんど知らないし。

 でも『karen』さんだってオレ以外にもメールするだろうから、特殊な名前にすることは考えられない。となると本当の名前である可能性が高い。


 でも結局、女子の名前が分からないんだから誰であるかは特定できないよな。

 こりゃ詰んだかな?



 待てよ。

 そういえば、昼に高原から電話がかかってきたとき、アイツ何か言ってたな。

 ちょっと意識がもうろうとしていたから、はっきりは思い出せないけど、確か、


『ところでよ。お前、西嶋さんと仲いいの?』

『いやお前が今日休んだのを気にしてるみたいだぞ』


と言ってた気がする。しかも


『あとお前のアドレスとか住所を訊かれたから教えといたけど、ダメだったか?』


 はい、アウトオオオオオォォォォッ!!


 何だよ、もう答え出ちゃってるじゃん。

 やっぱり西嶋さんしか考えられない。


 思い起こせば、クラスの女子はみんな彼女のことを『可憐』って呼んでいたような気がする。

 だよなー、女子って仲がいいとお互いに下の名前で呼び合うもんなー。

 まいったなー。

 怖いなー。


 送り手が分かったのはいいけど、そもそも何で西嶋さんがオレにメールを寄越すんだ?


 純粋に心配している、というのが一番納得できるんだけど、残念ながらそこまで想ってもらえるような付き合いはしていないはず。

 じゃあもしかして、からかわれている?

 やだ! オレって意外にモテモテ? んなわけあるかよ。


 あっまた熱が出てきた気がする。このままじゃ明日も学校休んじゃうかも。

 とりあえず寝よう。

 もう、あとはどうにでもなれって感じです。



【西嶋可憐sideその4】


 さて放課後になった。

 普段なら気晴らしに公園に寄って帰るところだけど、今日は大事な用事がある。

 席を立つ前に、念のためスマホを確認するとメールは既読になってはいたものの、返信がきていない。


 ……随分と舐められたものよね。


 いつものように声を掛けてくる男子を躱(かわ)しつつ、教えられた東条くんの家を目指す。

 彼の家は偶然にも例の公園のすぐ近くにあるらしく、公園から徒歩5分ぐらいのところだ。


 普段の3割増しのスピードで足を動かしながら、さて東条くんに会ったら何て言ってやろうか、と考える。


『メールの返信もできないくらい具合が悪かったようね』


 これが一番妥当かもしれないが、言い方に気を付けないと純粋に心配していると思われてしまう。それでは私の気が収まらない。


『あなたは異性からの心配してますメールより、男友達からの冷やかし電話の方が大事なのね』


 うん。これなら私の気持ちが伝わりそうだ。でも、『うん? そうだけど』なんて返されたら

きっと平然としていられない。次の瞬間には腹パン決めてしまう自信がある。


 いっそのこと、


『私のこと嫌いなの? メールを見ても返事したくないくらい嫌いなの?』


 と叫びながら、ヨヨヨと泣き崩れるのもいいかもしれない。

 そしたら東条くんはどんな顔するだろうか。うーん見てみたい。



 あれ? ちょっと待って。

 さっきから、というか今日の私は一体何を考えているんだろう。

 何でこんなに東條くんのことばかり考えている?


 おかしい。何かおかしいぞ。

 私は西嶋可憐。自分でいうのも何だけど、成績優秀、スタイル抜群の超絶美少女のはず。

 高校生活1年目にして、男子50人以上を振ってきた私が何故彼にこだわるのか。


 確かに送ったメールに返事をよこさない東條くんに怒りを感じていたのは事実。

 だけど、そもそも自分から男子にメールしたことなんて今までなかった。

それに、今では文句を言おうとする気持ちよりも彼に会いたい気持ちの方が大きい気がする。


 気が付いたらいつもの公園に来てしまっていた。

 そしてふらりとお気に入りのベンチに辿り着くと、昨日の光景が頭に蘇ってきた。


 あっ、そうだ。


 あのときの東條くんのちょっと苦しそうな寝顔。

 声を掛けた後に見せた困ったような、せつなそうな顔。


 分かった……分かってしまった。


 私はきっと、東條くんがみせた弱ったときの表情に。

 あまりに頼りなくて、あまりに儚く見えた彼の表情にこころを奪われたんだと。


 よしっ!


 私はいまの気持ちを確かめるべく、東條くん―――達哉―――の家に向かって歩き出した。

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