教師の俺は異世界でも理科を教えます

にとろげん

プロローグ 異世界に行けるそうです

 死んだ。


 俺、岡本学おかもとまなぶは死んでしまった。

 いまいち死因は覚えていないんだが、最期の記憶は信号だったし交通事故なのかな?


 死んだなんて現実が未だ受け入れられないのか、ボーっとしてしまう。

 頑張れば全身がグシャグシャになった感覚ぐらい思い出せそうだけど、あんまり楽しくないしやめておこうか。


 まあなんにせよ死んで、今は『死者受付』とかいうギャグみたいな言葉が書かれた看板の立ってる列に並んでる。

 床がフワフワして雲みたいで、想像していたザ・天国って感じ。

 天国にいる父さん母さんには申し訳ないけど、少し早めの合流になりそうだ。


「次の方、どうぞー」


 ブロンド髪の天使っぽいお姉さんに呼ばれて、カウンターに行く。なんだか銀行みたいだな。


「ええと、死にました」

「ええ。皆さんそうですよー」


 死者の受付で何て言えばいいのかなんて聞いていないので、アホみたいなことを言ってしまった。

 そりゃそうですよね。ごめんなさい天使のお姉さん。


「はい、じゃあお名前と生前の情報をお聞きしますので……」


 お姉さんに促されて書類を書いていく。


 名前:岡本学

 性別:男

 年齢:29

 生前の職業:小学校教員(理科)

 生存している配偶者や家族の有無:無し

 希望の死後先:天国

 

 特に詰まる項目もなく、スルスルと筆は進む。羽ペンなんて初めて触ったよ。

 お姉さんは書き終わった内容を何かの書類と見比べている。


「えーっと、29歳男性のオカモト様オカモト様……」


 どうやら死者の名簿らしい。案外アナログなんだな。


「あー……ありました! っとオカモト様、まだ寿命が残ってますね」

「寿命?」


 死んだのに寿命が残ってるって言われても……。

 確かに死ぬつもりはなかったし、事故がなければ明日も生きていくつもりだったけど。


「はい、寿命です。それも50年近く。」


 30手前だからそんなもんか。タバコは吸わないしお酒も飲まなかったからなあ。


「たまにあるんです。寿命よりも早く亡くなられてしまうケースが。自殺だとか老衰と違って、事故は本人が死ぬべくして死んでいるわけではないので」


 えー。じゃあ俺は文字通り事故アクシデントったわけか。


 俺がほどほどに面白くないギャグを考えていると、お姉さんはカウンターの中からパンフレットを取り出した。保険の勧誘でもされる気分。

 子供向けのようなデザインのパンフレットには、『寿命保障コース』という文字が踊っている。ますます保険っぽい。


「ええとですね。オカモト様はまだ寿命が残っていますので、その分を別の世界で過ごしていただくか、死後の通貨に換算してお渡しするかを選んでいただけるんですが……」

「別の世界?」

「オカモト様は既にあちらの世界では死んでおられますので、同じ世界には復活できないようになっているんです。二千年ほど前にそれをやって世界に大きな影響を与えちゃったことがありまして」


 異世界転生。

 教え子たちの話題に追いつくために、何冊か読んだことがある。冴えない主人公がファンタジーの世界へ行って、特殊な力で無双するのだ。まさか俺も勇者になるということだろうか。


 伝説の剣を取り、囚われの姫君を助けるために仲間たちと悪の魔王を倒す冒険に出る俺……はあまり想像できないかも。


「あの、俺は戦闘とかはちょっと……」

「え? 何を言ってるんですか?」


 俺が早とちりで拒否すると、お姉さんは首を傾げた。


「一般人が異世界で戦えるわけないじゃないですか? そちらの世界で流行っているアレはスーパーマンとかそういうのと同じですよ」

「そ、そういうものなんですか……」

「一応魔王が支配してる~、なんて世界もありますけど、学校の先生が行かれてもすぐにまたここでお会いしてしまうことになるでしょうね。ああいうのは英雄の素質があるだとか、戦闘が趣味なんて方向けのプランです」

「でもチート能力だとか……」

「あれはその世界を担当されている神様的な方に気に入ってもらえないとなので……」


 心のどこかで期待していたので少しショックである。

 なるほど主人公たちは英雄の器だったのか。


 見るからに肩を落としている俺に、お姉さんは優しく続けた。


「平和なファンタジー世界でのんびり過ごすのも魅力的ですよ? それに無理に転生されなくても、換金コースもありますので」


 凡人は死んでも凡人……。

 一応頑張って生きたつもりだったが、確かに俺は“普通”だった。底辺だと思っていた主人公たちも、今思い返せば立派に“異常”だったのだ。


 でもいくらお金がもらえても、このまま「死にました~」なんて笑いながら親に会うよりは、最後まで寿命を全うしてたくさん思い出話を持って行ってやった方が二人に喜んでもらえそうだ。

 早めの老後だと思ってスローライフをさせてもらおうか。


「あの、転生コースでお願いします」


 俺は決心して、お姉さんの持つパンフレットの転生コースを指さした。

 それを聞いたお姉さんはニッコリ笑うと、別の紙を取り出す。


「ありがとうございます。今空いているのは……こちらの『スンエイサ』という世界なんていかがでしょう?」


 見れば、豊かな自然や人間と同じ見た目の生き物、それに個性的なモンスターたちや美味しそうな料理が並んでいる。

 魔法といった記述もあり、本当にゲームの中の世界みたいだ。


「言語理解や環境への適応はオプションでついていますのでご安心を。他にもこちらから派遣する世界ガイドや、最低限の初期資金と衣服、生活に困らないようにする運命もある程度保障されます。」


 運命を保障ってさりげなくすごいと思うんだが、まあそれはさておき。

 結構至れり尽くせりじゃないか? ポンと投げ出されるものかと。


 俺が資料に目を通していると、お姉さんから整理券のようなものを渡された。


「他は向こうでお話しした方が分かりやすいので。この番号札をあちらの転送窓口でご提示ください」


 お姉さんの手が指す先を視線で追うと、エレベーターのような扉の前でガタイの良い男性天使がにこやかに手を振っている。


「転生の方ですねー。スンエイサスンエイサーっと」


 券を渡すと、彼は手際よくパネルに何かを打ち込んだ。

 チン、という音が鳴ってドアが開くと、中には日焼けマシンのような装置が一機置かれている。


「あちらの中で眠っていただければ、起きたらもう向こうですので。衣服や所持品もそのままで構いませんよー」

「ああはい、ありがとうございます」


 青色に発光するサイバー棺桶モドキに体を入れると、ほわほわして気持ちいい。


 俺はそのまま眠りに落ちてしまった。

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