第85話 預言者の正体


 浮島。

 アテンドーラ率いるレジスタンス本拠地。

 アテンを含めたタカシ、サキ、エウリーの四人は浮島内にある、洞窟にて息をひそめていた。



「まだ、認めたわけじゃないですが――アテン様。ひとまずは話を聞きましょう。それで、信用できないと判断すれば、我はルーシーとともに、ここを焼き払い、貴女の身柄を拘束します。いいですね?」


「うん。それで構わ――」


「いや、エウリー。悪いが、オレはそれには賛同しない」


「な、なにゆえ……!? まさか、我の事が嫌いになったのか? 気に入らないことがあれば言ってくれ! 直すから!」


「そうじゃねえよ。……元々、こいつドーラに会ったらそうするつもりだったんだ。おまえがドーラを捕まえるんだったら、オレは全力でそれを阻止する。その時点でオレもおまえを敵とみなし、排除する。オレはなにがあっても、ドーラを信じる」


「ルーシー……」


「おまえもおまえだ。なんだよ、アテンって。おまえ……、どんだけウソついてたんだ? あ? 言ってみろ! この口で言ってみろ!」


ひだいひだいひだい痛い痛い痛い! やへへふははいやめてください! ふひを口をひっはははいへふははいひっぱらないでください! ……ちがう、これは、ほんとうに忘れてたんだ。でも、名前をわからない、年齢不詳の美少女ドラゴン娘を、人間が匿ってくれるとは思わなかったんだ」


「だから『ドーラ』なんて、安直な名前を付けたのか」


「あ、安直言うな! 頑張って考えたんだ! ……それに、あのときはエストリアの王にも『いらない』と突き返されていたし、あの炭鉱にも戻れなかったしで、もう何処にも行くところがなかったんだ。ホントだぞ! 八方塞がりで、泣きそうだったんだ! てゆーか、泣いてた! ちょっとだけだけど! ほんのちょっぴり!」


「わかったわかった。……で、オレはおまえをどっちで呼んだらいいんだ?」


「え?」


「え? じゃねえだろ。その、なんだ、アテンとかいうのがいいのか、このままドーラでいいのかってことだよ」


「……うーん、どっちでもいい!」


「アホか」


「痛い! げ、げんこつは……やめて」


「それじゃダメだろ。どっちか決めろ。大事な事だろう」


「な、なにもべつに、適当に言ってるわけじゃないぞ! どっちも……、どっちもあたしにとっての本当・・の名前だ。たとえ偽名でも、人間界で暮らしていた時の名前までは嘘にしたくないんだ。それくらい、あたしはその……る、ルーシーといるのが楽しかった……」


「あ、アホか、恥ずかしいこと言いやがって」


「ひだだだだ……! なんれひっはるのなんで引っ張るの!?」


「……ふむ? ふむふむふむ、これはあれだよね? 二人して照れてるのって、恋人的な意味じゃなくて、家族的な意味でだもんね? うんうん、サキちゃんわかってっから。サキちゃん、重々承知してっから!」


「おまえは一々発言でぶち壊しなんだよ……あと、それとだな、エウリー。ここでカミングアウトさせてもらうが、俺は神龍どころか、龍ですらない。騙すようで悪かった。おまえはなんか……悪いやつじゃなさそうだし、それだけは言いたかった」


「いやいや、あのな、ルーシー。だからそれはないと何度言えば……はぁ、いいだろう。……アテン様。どのみち、ここで時間をかけてしまうと、ゴーンのやつが不思議がって、ここまでやってくるかもしれません。どうか、手短におねがいします」



 エウリーがアテンにそう催促すると、アテンは静かに頷き、ぽつぽつと語りはじめた。



「――事の発端は些細な事だったんだ。あたしは一刀斎のやつを驚かせようと、サプライズを企てていた。送別会の会場とはまた別。あたしが選んだのは謁見の間。送別会は、最後にそこで一刀斎を名誉国民として迎えて終了する予定だった。そこであたしは息を殺してスタンバってたんだ。でも、そこで、知ることになるんだ。あいつの計画を……」


「あいつ……ら?」


「預言者、だ。あいつは――タヌキだ」


「預言者殿が狸……? すみませんが、その時点で信じられません。あの方はれっきとした龍です。それも、神龍で……」


「あのさ、エウリーはその……、できるだけ黙っていてくれないか? 話がややこしくなるうえに、いちいちおまえに構っているのも、面倒くさい」


「なぜだ!?」


「いや、じつはな。預言者のやつは神龍ですらないんだ」


「ど、どういうことですか!? そんなハズがないでしょう!」


「これは事実だ。……エウリー、預言者の龍化した姿を見たことは……?」


「龍化ですか……? えっと、それは……ないですけど……」


「私は其処謁見の間で見た。あいつの鱗は神龍のものではない。あれは黒く沈んでおり、色素が沈着していた。あれは紛れもなく龍。それに、あいつは『男』だ」


「そ、そんなバカな……!」


「龍化していない姿が、あのようなヨボヨボの老体ではわかりづらいが、あいつは男。神龍。これは神龍ゴッデスドラゴンと読む。一般の龍は男女が入り混じっておるが、神龍には女しか存在しない」


「それは知っているのですが……どうして、そんなことがわかったのですか?」


「そ、それはその……、い、言わせるな! 恥ずかしい! おまえにも、わかるだろ!? 男にあって、女に無いものだ!」


「男にあって、女にないもの……?」


「にししー。サキちゃんはわかってんよ、あれっしょ? チン――むぐぐぐ……!」


「いいから、おまえは黙ってろ……!」



 やがてエウリーもその意味に気がついたのか、頬がどんどん赤くなっていった。



「どうやら、理解できたようだな……」


「ひゃ……ひゃい……」


「は、話を戻すぞ……! 計画とやらが露呈したのは、なにもやつが神龍じゃなかったから、じゃない。今でこそぶっちゃけるけど、あたしと母様は預言者が龍であることは知っていた」


「そ、それは誠ですか!? しかし……な、なぜですか……!? ただの龍が神龍王様の側近などあり得ない」


「そう、それが最たる理由だな。エウリー」


「あっ……」


「あいつは龍でありながら、卓越した戦闘技術と、知識を有していた。それも、神龍顔負けの」


「ですが……預言者殿は男……なのですよね?」


「そう。所詮『神龍』というのは称号。くだらない肩書……だと思っていたけど、やっぱりこの問題は根深いものだったんだ。以前、預言者と同じように男の身でありながら、莫大な魔力を有していた龍がいた」


「き、聞いたとこはあります……しかし、その者は今……」


「そう。龍空を追放された。……考えてもみてくれ、そういう存在が龍空に存在していることによって、何万年とも揺らがなかった『神龍』という概念が揺らぎかねないんだ。母様をはじめ、あたしも言った。時代が変われば、価値観も変わらなければならない、と。しかし、そう簡単にはいかなかったのだ。膨れ上がった倫理観や差別感情はもうすでに、引き返せないところまで来ていたのだ」


「ちょっと待てよドーラ。いきなり話が飛躍しすぎだろ。その差別感情と倫理観ってやつと、預言者がどう結びつくんだよ」


「あいつが、それの権化だということだよ、ルーシー。預言者の計画。それは復讐なんだ。あいつはいま、復讐の鬼に憑りつかれている」


「復讐……?」


「そうだ。いままで自分を虐げていた、龍たちへの復讐。そして、人間たちへの復讐なんだ」


「な、なんで……そこで人間がでてくるん……?」


「なんか嫌いなんだと」


「およよよ……って、サキちゃん人間じゃないじゃん」


「そんな理由で滅ぼされてたまるかァ!!」


「うわ、なんだルーシー。ビックリした。でも、あいつ、そのために一刀斎を龍空に呼び寄せたからな」


「はあ? すまん、なんというかもう、全く話についていけない。順を追って説明してくれ。今回のことの顛末を」


「いいよ。でも、そんな時間……、ある?」



 アテンはエウリーに目配せしてみせた。

 エウリーは顎に手を当て、しばらく考えるそぶりをすると口を開いた。



「申し訳ありません。ここまでの話ではまだなんとも……、我自身、最後まで話を聞きたいです」


「うん。じゃあ手短に、年表ぽく説明する。ていうかルーシーって、一刀斎のこと知ってるのか?」


「知ってる。エウリーから一刀斎が龍空に来てから、おまえが消えるまでの一通りの話も聞いた」


「それは多分、預言者がある程度の事実を捻じ曲げた話だと思う。じゃあそこから話そう。最初、さっきも言った通り、一刀斎のやつは無理やり連れてこられたんだ」


「それって、預言者にか?」


「うん。それはなぜかと言うと、龍空全体の怒りの矛先をまず、人間に向けるためだったんだ。龍の一族というのは、とても閉塞的な一族だって言うのは、あの日、青銅寮に引っ越した時にマエガミから聞いたよな?」


「マエガミって……、ああ、シノさんか。だな、基本的に他の種族は寄せ付けないって」


「それなんだ。預言者は龍空に呼び出した人間が、龍たちに迫害されるのは分かってた。そこで、あえて自分が出ていく事によって、右も左もわからず、混乱しているその人間を手懐けるつもりだった」


「でも、話では、おまえが助けたんだよな」


「うん。あまりにも見てられなかったからな。そして、あたしがそこで手を出したことによって、綻びがでた。一刀斎のやつは預言者に与することなく、あたしの配下になって、龍空に尽くしてくれた。龍空内での一刀斎の評判が上がるにつれ、預言者の機嫌が悪くなっていった。でも、あいつはそれで計画を諦めるタマじゃなかった。一刀斎が人間界へ帰る日。あいつはそこで、また計画を企てた。あたしを消して、一刀斎にその罪をかぶせる計画だ」


「それって――」


「うん……。聞いた。この計画はまんまと成功したんだってこと。そのせいで、あたしに拾われた恩を忘れ、主人に牙を剥く恩知らずの種族・・という汚名を着せられた。これも聞いた話なんだけど、あいつは結局、逃げ出すことも帰ることもせず、ただあたしの無事を祈ってたらしい。それで、最後に会ったのはトバだったか、その時、あいつは両眼を失っていた。そして、あたしは記憶を失っていた。……笑えるよな。久しぶりに会ったのに、した会話が団子の話って……。互いに互いだって、気づいてないんだ」


「笑えねーよ」


「……うん。くやしい。あたしは、あいつには償っても償いきれないことをしたんだ」


「アテン様……」


「そこで唯一、預言者がしくじったことといえば、母様の性格をわかってなかったってことだ。預言者は、激情に駆られた母様が兵を束ね、人間界に攻め込むのを予想してたんだ。でも、母様はそうはしなかった。その時点で、両種族共倒れを狙っていた預言者の野望は潰えたんだ」


「でも、解せねえな。おまえと一刀斎、結局始末はされたんだろ? なら、なんでどっちも生きてるんだよ」


「……龍の墓場って知ってるか?」


「……ああ。あの暗黒物質の海だな」


「あたしは謁見の間で預言者の話を盗み聞きした後、母様にその内容を伝えようとした。でもそこで、あたしは背後から襲われた」


「しかし、アテン様のようなお方が、そんな簡単に……」


「正直、迂闊だった。まさか、一刀斎の発つ日にこんなことが起きようとは、予想すらしてなかったからな。それにその時は、いち早く伝えようと焦っていた。それでこのザマだ。……そこからだ。息も絶え絶えだったあたしが放り込まれたところ。預言者があたしの遺体を遺棄しようとして、選んだ場所。そこが龍の墓場だった」

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