第71話 天地分隔門の試練
「あああああああああああああああああああああ!!」
「あーっはははははははははははははははははは!!」
タカシとサキは
タカシはこの世の終わりのような悲鳴をあげ、サキはジェットコースターにでも乗っているかのような、楽しそうな叫び声をあげている。
上下左右前後不覚。
自分たちがどこにいて、どこを向き、どこへ向かっているのかもわかっていない。
わかるのは、
そんな感覚がふたりを包んでから、(体感時間にして)およそ三十分。
ふたりは叫び声をあげる気力すらも無くしていた。
――というよりも、現状にすっかり慣れていた。
「ねえルーちゃん、どこまで落ちるんだろうね、これ」
「さあな。……でも、オレらが落ちてきた門はまだ上に見えるから、そんなに落ちてねえんじゃねえの?」
「ほんとだ。まだ上のほうは明るいね」
「それにしても、ふつーにオレの声はサキに届くみたいだな」
「だねー。相変わらず、ちょっと下にいるルーちゃん以外、なにも見えないけど」
「うーん。どうしたもんか……ここでじっとしてる暇なんてないんだけど……、どうすることもできないよな」
「そうだ。ルーちゃん、試しに魔法とか撃ってみたら?」
「魔法? ここでか?」
「そそ。もしかしたら、なんか上手くいくんじゃないかなって」
「なにがだよ。……でも、そうだな。このままここで燻ぶってるよりはマシか……」
「よーし、ならサキちゃんも頑張っちゃおうか――」
『通行希望の方々ですね』
「だ、だれだ!?」
「女の声……だよね? どこから?」
『聞いてはいましたが、どうやら通行証を持っていないご様子。大変申し訳ないのですが、再度通行証をお持ちいただいてから――』
「ちょ、ちょっと待ってくれ。あんたが誰かは知らねえけど、そんな時間はねえんだ! こっちの世界が滅びる瀬戸際なんだよ!」
『まあ、それはお気の毒に……しかし、規則は規則』
「そう言っても、白天の宝石はもうねえんだよ」
『おや、スノ様から伺った話ですと、「わたしの爪を授けた者が現れる」との話だったのですが……』
「つ、爪……!? そ、それってオレが捨てた――」
「ツメぇ? ツメならルーちゃん持ってたじゃん。はやく見せてあげなよ」
『いいえ、残念ですが……、それらしき反応はあなた方からは感じられません。どうぞお引き取りを……』
「はあ? 何言ってんの? ルーちゃんがうそついてるとでも――」
「サキ、じつはな……」
◇
「それで、捨てちゃったんだ……」
「面目ない……」
『なんということでしょう……呆れるを通り越して、あなたのことを心配してしまいます。そんな頭で、大丈夫か?』
「大丈夫だ。問題しかない……って、やらせるな! ところで、いまオレたちに語りかけてるあんたは誰なんだ?」
『
「番人? 番人って、外にいたおっさんの同僚か?」
『おっさん……? いえ、存じ上げませんね』
「あれ? そうなのか……」
『話は終わりのようですね。……では、あなたがたを地上世界へお送りいたします』
「ま、まってくれ! あのさ! オレらをこのまま通してはくれねえか? いま戻ってうだうだやってる時間はねえんだ。オレが悪いのはわかってるけど、いますぐ龍空へ行って、神龍共をぶっ倒さなきゃ世界が危ないんだ!」
『申し訳ありません。さきほど申し上げた通り、規則ですので』
「ちょっとは例外に対応してくれたって、バチは当たらないんじゃないの?」
『規則こそ全て、でございます。例外などはございません。どうか、ご理解頂けますよう』
「頼むよ! このとおりだ! なんでもするから!」
『……そうですか……、いま、なんでも、と仰いましたね』
「え? あ、ああ……でも、なんでもって言っても例外も――」
『規則に例外はありません。しかし、同様に、例外にも規則などはないのです。よいでしょう。特別に、あなたたちには試練を課しましょう。その合否によっては、龍空へと通すことも可能となりましょう』
「嫌な予感しかしねえ……ちなみに――」
『ええ、拒否権は元より、そちらにございませんので、あしからず』
「どうすんの? ルーちゃん?」
「……やるしかねえだろ」
『それでは、足元にお気を付けください』
「――へ?」
タカシたちの足元には地面――と呼ぶのも憚られるような、不確かな足場。
あえて表現するならば、着地できそうな空気。
それが、タカシたちの足元には広がっていた。
「る、ルーちゃん! 見て、下! 地面地面! ぶつかる!!」
「ちょ、この落下速度じゃ即死だろ! もしかして、これが試練――」
突然、フワッ……と、タカシたちの体が持ち上がる。
そしてタカシたちはそのまま、地面へ静かに着地した。
「――じゃない?」
「いらっしゃい。よく来たわね」
どこからともなく現れた少女が、タカシとサキに恭しくお辞儀をしてみせる。
お辞儀を終えると、少女はすっと顔を上げた。
透き通るような白い肌に、長く白い髪、白い睫毛。
少女は全体的に色素が薄く、触れるだけで崩れてしまいそうなほどに儚かった。
服装は鮮やかな青い着物に、肩からは白い給仕エプロンをかけている。
そして頭にはちょこんと、新雪のように真っ白な毛並みの子猫が、タカシとサキを真っ直ぐに見ていた。
「えっと……お嬢さんは?」
「そう――あなたには、アタシが女の子に見えるのね……」
「え?」
「いいえ、なんでもないわ。……ここは天地分隔門、門番の館よ」
「館……?」
「さ、アタシについてきなさい。我が主である、門番様のところまで案内してあげる」
「いや、いきなりついてこいって言われてもさ。ここがどこだか――」
タカシが言いかけて言葉を引っ込める。
無だった空間に、いつの間にか、無数の星のような煌めきが浮かび上がっていた。
それはまるで宇宙空間のように、そこかしこに点在しており、静かに無だった空間を照らしている。
そしてその少女の向かう先、それは館というよりも、すこし大きめの日本家屋があった。
館と呼ばれたその日本家屋は決して古くなく、かといって真新しいわけでもなく、特徴らしい特徴がない、木造建築であった。
「……どうしたの? 来るの? 来ないの?」
シビレを切らしたのか、少女がタカシたちを振り返り、語気を強めに言ってみせる。
しかし少女の
タカシとサキは互いに顔を見合わせると、少女の後を小走りでついていった。
「あのさ、キミは……?」
「アタシのことについて訊きたいのね?」
「え、ま、まあ……」
「そう。でも、アタシはアタシのことについてなんて、話したくないの。だから、ごめんなさい」
「なーんか、かんじわるーい。それに、さっき話してた人と違う風だけど、あの人はどこにいるの? そこの建物にいるの?」
「話、聞いてなかったのね。そんな無駄な質問に答える義務はないわ。あなたたちはただ、課せられた試練だけに集中しておきなさい。でないと……」
「でないと……?」
「でないと……、そうね。死にはしないわ。ただ、あなたたちの世界に帰れなくなっちゃうかもね」
「それって結局、死ぬってことじゃねえか!」
「あら、そこまで悲観しないでもいいじゃない。ここも案外楽しいのよ?」
「案外って……」
「さあ、開けるわよ」
少女がたてつけの悪そうな引き戸に指をかける。
しかし、意外にすんなりと、引き戸は横へスライドした。
引き戸の向こうは、
タカシは首をかしげると、建物の側面へと回り込んだ。
そこでタカシは目を丸くする。
館はただのハリボテ。
建物に見えていたものは、タカシたちが正面から見ていた姿。
つまりそこには、巨大な板が
「どうしたの? 入りなさいよ」
「いやいや、おまえなあ……、オレたちは
「? 知っているわ、そんなこと。いきなり何を言っているの?」
「あのさ――」
「ちょ、ルーちゃん! と、とにかく入ってみて!!」
「はあ? なんなんだよ……」
タカシはサキに言われ、渋々そのハリボテの引き戸をくぐる。
そこでタカシは再度、目を丸くさせた。
其処に広がっていたのは、城のホールのような大階段に、巨大なシャンデリア。
むせかえるほど真っ赤なカーペットに、壁一面に貼られた真っ赤な壁紙。
そしていつの間にか、少女の服装も、和装からドレスへと変わっていた。
「な!? ここは……!? さっきまで、もっとオリエンタルだったろ、この建物。なんでメルヘン話に出てくるような、でけえ城に変わってんだよ!?」
「ほんとに、話を聞いていなかったのね。ここは時間と空間、現世と幽世の狭間。ここでは、あなたたちの常識なんて無いに等しいわ。さっきまで在ったものが無くなっていて、さっきまで無かったものが在る。そんなことは日常茶飯事。重要なのは、あなたたちがあなたたちであること。それこそ見失わなければいいのよ」
「オレたちが、オレたちで……?」
「さて、あなたたちは、本当にあなたたちなのかしら?」
「ニャ~ン」
少女の頭の猫が、ご機嫌そうに鳴く。
それを引き金とするように、大ホールに大音響のクラシックが鳴り響く。
ホルンが踊り、ヴァイオリンが
指揮棒を振るう者がいない中、それらが渾然一体となり、タカシとサキを包み込んだ。
すると突然、タカシとサキの影がずるりと本体を離れ、二人に立ち塞がった。
影は次第に輪郭がハッキリしていき、色がついていく。
やがて本体と影とが、鏡合わせのような状態になると、影は完全にタカシとサキへと成った。
「こ、これは……!?」
「さあ、楽しい愉しい試練を――はじめましょう?」
――――――――――――――――――
読んでいただきありがとうございました。
無駄に期間を空けてしまい、申し訳ありません!
これからまたしばらくは続けることができそうですので、これからも暖かい眼で見てやってください!
ではでは!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます