第70話 地下の天界へ


「へぇ、じゃあこのノビてるおっさんが、門番ってやつなんだ?」


「そうそう」


「ふうん、それで団子屋で、変態で、しのちーの師匠なんだ」


「元、な」


「それでそこの地面に埋まってるのが……?」


「天地分隔門」


「ほぉん……」


「興味なさそうだな」


「まーね。てかてか、サキちゃん思ったんだけどさ、その門くぐったら、死んじゃわないの?」


「え?」


「平たく言うと、あの世に行くんだよね?」


「まあ、そうだけど……確かにそうだな。おまえなんか変なトコで核心をつくな」


「えっへへー。ホメられた」


「褒めて……んのか? でも、おまえの親父さんが普通に帰ってきてるんだし、大丈夫なんじゃねえの?」


「ううん。それがね、サキちゃんのパパ、じつは死んじゃってるんだよねー」


「はあ? ……でも、いまはおまえの母親と一緒に、世界旅行の最中なんだろ?」


「うん、まあ……そうなんだけどさ……屍人って知ってるよね?」


「……おい、おまえ適当なこと言ってるだろ」


「ギクッ……!?」


「それで、引っ込みどころがつかないから、そのまま強引に話を進めようってしてるってとこだろ?」


「ギクギク……!」


「……まあ、とりあえずそういう事だ。おまえの親父さんが無事なら大丈夫だろ」


「ほんとにぃー? 怖くない? ルーちゃん、だいじょうぶなの?」


「そんなにイヤなら、ここで留守番しとくか? そこでノビてる、変態団子屋と一緒にな。言っとくけどたぶんそいつ、起き上がって、おまえの胸見たら襲い掛かってくるぞ」


『タカシさん……、またそんなウソを……。一刀斎さんて盲目じゃないですか……。』


「え? まじで?」


「まじまじ」


「それはちょっとなぁ……、この体はルーシーちゃんの為だけのものだし……」


「言っとけ……てことは、一緒に来るってことでいいんだな?」


「てかもう、それしか選択肢ないんでしょ? しょうがないよ。ルーちゃんがそこまで言うんなら、サキちゃんもついてってあげようじゃあないかね! うんうん!」


「……なんだよ。本当に嫌だったなら、そう言ってくれれば――」


「嫌なわけないじゃん」


「え」


「嫌なわけないよー。ふふ、サキちゃんは、ルーちゃんが一緒なら、どこにでも行くからって言ってなかったっけ?」


「えっと……」


「ひっどいなー、忘れてたでしょ? それかぁ……本気にしてなかった……、とか? ホントはいまだってワクワク――ううん、ドキドキしてる。ほら、触ってみて」


「や……やわらかい……」


「んもー、そういうことじゃないって、ルーちゃん。エッチなんだからぁ」


「いやいや、差し出されたらそりゃ触るだろ」


「へえ、なになに? 興味はあったんだ? こーゆーこと」


「ルーシーはないけど、オレはまあ……そりゃ……って、なに言ってんだオレ……」


「……とまあ、冗談ぽく言ってっけどさ。とにかくサキちゃんは、ルーちゃんが行くところなら、どこにでも行くからね!」


「お、おう……」


「ダメって言っても、ついてくかんなー? 覚悟、しときなよー?」



 サキはそれだけを言うと、「ニシシ」と、照れ臭そうに笑ってみせた。

 タカシはすこし面食らったような顔をすると、そのまま俯いて門を見た。



「も、もう、そういうのいいから……はやく行くぞ」


『ぷぷぷのぷ、なに照れちゃってんですかタカシさん。可愛い人ですね。撫でてあげましょうか?』


「テメェ……!」


『なーんて、いまはちょっと、手がないんですけどねー』


「ほらほら、早くいこーよ、ルーちゃん」



 サキはそう言いながら、タカシに背中に抱き着いた。



「お、おまえはすこし離れろよ」


「ふっふーん、いやー」



「ぐっぬぬ……! 美少女同士の絡み合い……! ――尊い!」



「おまえは寝てろ!」


「いやいや、嬢ちゃん。おっさんが寝てたらだれがその門開けんだよ」


「あ、そうか。いや、でもこうやって強引に開ければ……」


「無理無理。それ開けられるの、おっさんしかいないんだぜ? 今のところはな」


「今のところはってなんだよ」


「クビになったらってことだよ。それこそ権限奪われて、ただの団子屋のおっさんになっちまわーな」



 一刀斎はそうやって、ゲラゲラ笑いながら門まで近づいていくと、懐から南京錠に使うような――簡素な造りのカギを取り出した。

 しかし、門には鍵穴はなく、そのカギは所在なげにフラフラと空中を彷徨っている。



「……おっさん、酔ってんのか?」


「ガッハッハッハ! まあまあ、見とけ見とけ。目に見えるモンだけがすべてじゃねンだよ。門だけにな!」


「うぜえ……」



 タカシとサキの声が重なる。

 しばらくして、カチャリと鍵が開く音。

 やがてゴゴゴ――と、地鳴りが響いた。

 山全体を揺るがしているような、大きな地鳴り。

 その音とともに、門がスライドするように開いていく。



「そうら、開くぜ――」



 門の中は無。

 闇とも漆黒ともとれない、音すらない世界。

 ただの無。

 そんな世界が、タカシとサキの足元には広がっていた。

 その世界を前にして、タカシとサキが息をのむ。


 門は開ききったのか、その動きをピタッと止め、地鳴りも鳴らなくなった。



「ほぅら全開だ。これで行けるぜ」


「あ、ああ……、サンキューな」


「おうおう、いっちょ前に緊張してんのか?」


「多少はな」


「心配ねーッて! 嬢ちゃんならなァ! ドンと胸張って気張れや! ……そっちの巨乳の姉ちゃんも――な!」



 一刀斎の魔手がサキの胸部に伸びる。

 しかし、その手は寸でのところでサキの手に阻まれた。

 サキは一刀斎の手をひねり上げると、それを背中に回し、ギリギリと締め上げた。



「うん、おっさんもね」


「いででででででで! なんなんだこの力……!」


「言わんこっちゃない……そういえばこいつ、あのデカいトロールを、素手でボコボコにしたことがあるんだったな」


「あれ? サキちゃんそんなことしたっけ?」


「忘れたのかよ……てか、おっさん。目見えねえのに、よくサキが巨乳だってわかったな」


「ぐぐぐ……そ、そりゃ、さっき嬢ちゃんが……言ってたから……じゃねえか。それと……オーラだよ。オーラ。巨乳娘には巨乳のオーラが……貧乳には嬢ちゃんみたいな――」



 言いかけて、一刀斎の体が高く宙を舞った。

 タカシは一刀斎の顎を掌底で、下から強く打ちぬいていた。



「し、しまった! 何やってんだオレ!?」


『おお! 強く念じたら、動きましたよ。私の体!』


「おまえかよ……って、どういう原理だよ」


『うーん、これぞ信念のなせる業……ですかね?』


「お道化るな。はぁ……まあいいや。門も開けてもらったし。このまま気絶してもらってたほうがいいか」


「んー? ルーちゃんは貧乳なの、気にしてるの?」


「い、いや……オレ・・はべつに気にしてないんだけどな……」


「? へえ、そうなんだ? でも、別に気にしなくてもいいと思うけどな。それに、貧乳は貧乳でも、ちゃんと需要あるしねー」


「……だってよ?」


『余計なお世話です。それに、これはまだ発展途上なだけですから!』


「んー……まあ、たしかにな」


『ああ! ちょっと! 何思い出してんですか! この変態! 変態赤髪美少女!』


「……アンじゃないけど、そのツッコミはどうかとおもう」


「そ・れ・に、サキちゃんは、どんなルーちゃんだって、愛すからね! 胸が貧乳でも、股間からナニが生えていても……あれ? なんなら、生えてるほうが――」


「も、もういい。わかったから。……とにかく、もう行くぞ。時間がないんだよ。トバ皇も言ってただろ」


「おっとと、そうだったね。ルーちゃんの大切な友達、助けないとね」


「あのな……サキ、そのことなんだけどじつはドーラは――」


「さあさあ! はりきって行こー!」



 サキがタカシの背中をドンと押す。

 タカシは目を点にしながら、無の世界へと落ちていった。

 サキも口を閉じ、鼻をつまむと、タカシの後を追うようにして、門に飛び込んだ。



「……ありゃりゃ、もう行っちまったのかい」



 一刀斎がムクりと起き上がると、門の傍まで行き、門を見下ろした。



「うーん、こりゃクビかもしれんな、おっさん。いまのうちに団子屋頑張っとくかな……」



 一刀斎はそうぽつりと呟くと、門を閉じ、その場を後にした。

 門は一刀斎がいなくなると、まるで最初からそこに・・・・・・・門などなかった・・・・・・・かのように、消えてしまった。

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