第60話 教団凶弾


 トバ城地下倉庫。

 そこからさらに下の下。

 薄暗く、もはやだれも使っていない――誰も知らない空間。

 神龍教団のアジトはそこにあった。

 そのアジトのとある一室。

 そこは二畳ほどの個室になっており、布団が敷かれているだけ。

 そこには黒いローブを羽織った男と、はだけた着物を着ている赤髪の遊女タカシがいた。

 タカシは肩で大きく息をしており、男のほうは大の字に寝転がったまま、ピクリとも動かない。



「ハァ……ハァ……ハァ……!」



 タカシは服と息を整えながら、恨めしそうにその男を睨みつけた。



『あ、危ないところでした!』


「アジトに連れてこられたのはいいものの、まさか仲間まで呼ばれそうになるとは……」


『運ばれてる間もいろいろと弄られてましたね……、タカシさん、よく我慢できましたね』


「あれくらいならな……、ドーラのためだ。仕方ねえさ」


『それにしても、ビックリしましたね。まさか神龍教団のアジトが城の真下にあるなんて……』


「灯台下暗し。まさかトバ皇も、ここにあるなんて、夢にも思わないだろうな……」


『ですね。というか、ここにアジトがあったからこそ、国宝である白天の宝石を簡単に盗めたんじゃないですか? ふつうに盗もうとしても、無理じゃないですか?』


「そうだな。そう考えると色々とつじつまが合う。……でも、そうなってくると、城にいる関係者か、もしくはそれに準ずるだれかが協力しないと、こんなことはできねえよな』


『はい。こんな大掛かりなこと、外部の人間ができるとは到底思えません』


「まぁ、今はそんなやつのこと考えるよりも、白天の宝石を探すことが先決だな。出るぞ、こんな気持ち悪い部屋」


『そうですね。ここで一旦みなさんと連絡を取っておきたいですが、こんな状況じゃ無理そうですし……』


「問題ねえよ。今回の目的は神龍教団の壊滅じゃねえ。白天の宝石の奪還だ。うまくやれば騒がれることもない。人数もひとりのほうがなにかと都合がいいさ」


『そうですね……、でも、ここでネックとなってくるのが……』


「やっぱり宝石の場所だよな。モタモタしてるとぶっ壊されかねないからな。ここのやつらにとって、白天の宝石は邪魔なものでしかない、ただの石ころ――あれ?」


『どうかしたんですか? タカシさん』


「ちょっと待てよ、白天の宝石ってなんだ!?」


『え? いや、だから天界に行くための通行証みたいな役割を持った宝石のことで――』


「ちげえよ! 形だよ! 色だよ! 重さだよ!」


『あ』


「あーあ、バカかよ……。もうおまえのこと貶せねえな……」


『で、でも白天っていうくらいですし、白いんじゃないでしょうか?』


「じゃあ片っ端から、この広いアジトで白い宝石を探し続けるのか?」


『それしかないですけど、そんな時間は……』


「いったん合流して、城下町広場へ向かうか? ……いや、ここからだと、かなりの距離がある。かといって、このままがむしゃらに探し回ってても効率が悪い……」


『タカシさんタカシさん、ここ、お城の地下ですよ!』


「――あ。……くそっ! アホかオレは! たしか、城にはテシがいたな」


『はい。テシさんならどんなのか知ってると思います。なんならトバ皇にも報告しておいたほうが……』


「そうだな。よし、じゃあまずはここから脱出して――」



「キャアアアアア!!」

 甲高い女性の悲鳴。



「なんだ!?」


『いまの悲鳴……、近いです! どうしますか、タカシさん!』


「そりゃおまえ……、今は目的が最優先だし、オレだって誰彼助ける正義の味方ってわけじゃないんだから……」


『助けるんでしょ?』


「最善は尽くす」



 タカシはそう言うと、動きやすいように着物の裾を縛り、部屋を出ていった。





 数時間前。

 トバ城。

 ロンガの部屋を出たテシは皇に、情報を伝えるべく奔走していた。



「ああもう! なんで大広間へ行けば、門に行ったと言われ、門に行ったら、今度は外廻縁にいるときた。なんなのじゃ、あの皇は! じっとしておれんのか!」



 ドスドスドスと、トバ城にテシの足音が響き渡る。

 城にいる者は皆、その鬼気迫る様相のテシを忌避するように、近づけないでいた。

 そこへ――



「おや、勅使河原殿。そんなに急がれてどうなされた?」



 全身黒ずくめの中年の男。

 明らかに不審者ともとれる風体の男。

 しかしテシは警戒するどころか、その男を見かけるなり、とてとてと駆け寄っていった。

 男の名は葉隠仁蔵はがくれにぞう

 トバ国隠密衆のひとりで、アヤメとは同僚にあたる。



「おお、隠密衆の葉隠殿ではないか。……いやなに、皇を探しておってな」


「皇か……、このうえはもう外廻縁と屋根しかないが?」


「も、もしかして、葉隠殿はそこから帰ってきたばかりなのか? 皇はもうどこかへ行ってしまったのか?」


「たしかに、私は上から戻ってきたばかりだが、外廻縁には誰もおらんかったな……」


「はぁ……またか……時間がないというに……」


「また、とは?」


「うむ、さっきからずっと追いかけっこをしとるのじゃが……、皇がなかなか捕まらなくての」


「ははは、追いかけっこ、ですか。仲がよろしいのですな」


「まあ、追いかけっこといっても、こちらの一方的なものなのじゃがの……葉隠殿はなぜここに?」


「私ですか? 私は――とるにたらない野暮用ですよ。お気になさるな。それよりも、どうやらのっぴきならない事情が何かおありのようで」


「そうなのじゃ。皇の耳に入れなくてはいけない情報なのじゃが……それが、急を要することでの」


「それはそれは……。ちなみに、ここでは言えないことなのですか?」


「そうなのじゃ。神龍教団に関係するものでな……残党がまだこの付近にいるという情報じゃ」


「……言わないハズでは……?」


「んあ!? しまったのじゃ。イライラから、つい口が滑ってしもうた! 葉隠殿、どうぞこの件は内密に……」


「はっはっは、心配には及びません。誰にも言いませんので。特に、皇には」


「しかし、困ったものじゃ。宴の最中だというに、あっちこっち忙しなくて落ち着かん。こう取り急ぎの用がある場合に、こんなことをされては、まどろっこしくて構わんのじゃ。あの皇にはもうちょっと、ドシっと構えてほしいものじゃな」


「はっはっは、どうやら苦労されている様子」


「本当じゃ。まったく、こう忙しくては目が回って、そのうち倒れてしまいかねん」


「ふむ、なるほど。ではどうでしょう、いっそこのまま――死んでみるのは」



 ピス! ピスピス!


 突然響く三発の、消音器サイレンサー越しの発砲音。

 ――二発。

 テシはなんとかして避けてみせたが、残りの一発に腕を貫かれた。

 弾が当たったのは利き腕である右腕。

 咄嗟に取り出されていた十手は、テシの手から零れ落ちると、木目調の床にゴロンと転がった。

 ハガクレは拳銃を手に、テシにじりじりと近づいていく。

 そしてその銃口をテシの眉間にゴリゴリと押しあてた。

 テシは腕をおさえながら、恨めしそうに、ハガクレの顔を見上げた。



「まだ幼いのに、お仕事大変でしょう?」


「葉隠殿――いや、葉隠! 貴様……!」


「お察しの通り、私が神龍教団教徒、その残党です」


「まさか、こんな……中枢にまで……食い込んで……おったのか……!」


「確かに、皇には困ったものです。野蛮なんですよ。皇ともあろうお方が、神龍様の聖地を焼き尽くすなど……今思い出しても腹立たしい。どうですか? ここで神龍教団の教徒になっていただければ――」


「断る……! 外道の仲間になど……、死んでもなりとうないわ!」


「ふぅ。やはり、そうですか。しかし安心してください、勅使河原殿。我々には常に、神龍様による導きがある。それは死しても同じ。貴女に神龍様の加護があらんことを――」



 ハガクレは躊躇なく、指にかけていた引金トリガーを引く。

 ピス――

 トバ城に小さく、虚しい発砲音が響いた。

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