第59話 タカシくん遊女になる


『さて、どこから探しましょうタカシさん』


「そうだな。……って、マズった。オレ、ここのことなんも知らねえぞ。土地勘もくそもねえ」


『迂闊すぎる……、なんで考えもなしに突っ張っちゃったんですか。てっきりここら辺に詳しいものだとばかり……』


「はぁ、いまから引き返そうにも誰もいないだろうしな。このままトバ中をがむしゃらに探してみるか」


『な、なんて無謀な……』


「とりあえず、いまは一刻も早く、確かな情報が欲しい。そのためには……どうしたもんか……」


『そうですね。でも、やっぱりなにか取っ掛かりというか、ヒントぐらいは欲しいですよね』


「……むぅ。そうだな……」


『あ、閃いた!』


「よし、とりあえず酒場にでも行くか」


『なんで無視するんですか! 聞いてくださいよ! 尋ねてくださいよ! 頼ってくださいよ! このわたしに! なんでそんなに傷つく事するんですか!』


「はぁ、なんだよ。いちおう聞いておいてやる」


『ふふん、聞いて驚いてください。囮ですよ、オ・ト・リ!』


「はぁ?」


『今は知らないですけど、さっきテシさんが言ってましたよね? 女、子供、老人。神龍教団の人たちって、そう言う人を攫ってるんですよね?』


「ああ、そう言ってたな……」


『そうなんですよ、そのうちのふたつに、すでに該当してるじゃないですか!』


「ガキの体に、女か……たしかに」


『ムカっ、ここはオトナな体のわたしが聞き流してあげましょう。……ですから、タカシさんも攫われちゃったらいいんですよ』


「どうやって?」


『それはそのぅ……もうちょっと攫われやすい恰好をすれば……』


「攫われやすいって、おまえ自分で言ってて、意味わかってんのか?」


『うう、わかってますよ。けど、背に腹は代えられないし……こうでもしないとドーラちゃんに近づけないじゃないかなって』


「……まあ、でもいまはそんな作戦に頼るしかねえよな……のってやるよ、ルーシー」


『ふっふっふ、えっへん! わたしを褒めてもいいんですよ!』


「とりあえず、攫われやすい恰好ってどんなのがいいんだ? もちろん、こうほとか、固まってんだろ?」


「よくぞ聞いてくれました。ふふ。タカシさんをいまから、綺麗にメイクアップしてあげますよ」


「ヤな予感しかしねえんだけど……」





 夜のトバ城下町――その裏通り。

 仄かに光る、赤い提灯に煌びやかな電光。

 頬が紅潮した酔っ払いたち。

 それを、赤い木格子越しに声をかける遊女。

 まるで吉原のような風俗街に、ひとりの赤髪の女がいた。


 ルーシータカシだ。


 タカシは着物を肩まではだけさせ、遊女のように、赤い髪を結っている。

 着物はスリット調となっており、時折露出する健康的なふとももが、往来の男の視線を釘付けにしていた。

 当の本人は頬を紅潮させ、落ち着かない様子で、あたりをキョロキョロと見回していた。



「……おい、ほんとにこんなんでいいのかよ!」


『ばっちのぐーですよ。タカシさん! とても似合ってます! さっすがわたし。かわいいですね。美少女ですね』


「自分で言うか? それを自分で言うか?」


『だって実際、結構声かけられてたじゃないですか!』


「それはおまえ……、この国にはおまえみたいなやつが好きなモノ好きが多いからだよ」


『な!? ちょ、ちょっと! どういう意味ですかそれ! なんでわたしを可愛いって思う人が全員変人で変態でアブノーマルなんですか! おかしいですよね? おかしいでしょ! 全員ノーマルです!』


「そこまでは言ってねえよ! てか、おまえはこんな遊女みたいな恰好してて平気なのかよ。いつもだったら『キャー! タカシさん、なにやってんですか! ヘンターイ! キモーイ! 不潔ぅー!』とか言ってるくせに」


『ドーラちゃんのためと割り切れば問題ありません。それに、いまこの恰好をしているのは、わたしじゃありませんし? タカシさんですし? 男の人なのに、よくそんな恰好しましたね、としか』


「おまえが着せたんだろうが!」


『ふっふっふ、まあね!』


「……うぜぇ。しっかしこれ、スースーしてて落ち着かないんだけど……」


『ちょ、なにパタパタしてんですか! 見えたら大変ですよ! 大惨事ですよ! やめてください! はしたない!』


「なんだよ、やっぱ嫌がってんじゃん」


『それはそれ、これはこれ。節度を守って露出しましょう!』


「露出に節度ってなんだよ! 意味わかんねえよ、アホか! てか、そもそも神龍教団のやつらも、こんな通りで堂々と攫ったり――」



「ねえねえ、お嬢さん。来る審判の日に備えて神龍教団に入らないかい? ハァハァ……!」



「き、」

『キターーーーーーーーーーー!!』



 タカシに話しかけた男は黒いローブを被っており、顔を丸々隠していた。

 そのいかにもな風体に、往来の人々も怪訝な視線を送っている。



「おい、ルーシー……! こいつ、さっき神龍教団っつったよな?」


『はい、確かにそう言ってました! まさか、こんなにも早く引っかかってくれるなんて! ツイてますよ! タカシさん!』


「いや、これってツイてるって言うの――ぐっ!」


『タカシさん!?』



 男の手はいつのまにか、タカシの手を握っており、撫でたりさすったりしている。

 タカシは撫でられるたびに眉をピクピクと動かし、あきらかに不機嫌そうな表情をみせた。

 やがて、耐え切れなくなったのか、タカシは拳を振りかぶると、殴りかかろうとした。



「地獄で閻魔様に頬ずりして――!」


『うげ! キモッ! なんなんですか! この人!』


「……それはオレのセリフだ……! まあいいや、おまえのお陰で、すこし冷静になれたわ」


「どうしたの? お嬢さん? 一緒に楽しもうよ……! ハァハァ!」


「あー……オホン。あ、あのぅー、ちょっといいですかぁ?」


『うげ! キモッ! なんなんですか! その喋り方!』


「うるせえ! こういう手合いは、ぶりっ子全開で落ちるんだよ!」


「……うん? なにかな? 可憐なお嬢さん?」



 男はタカシと喋りながらも、その手は止めなかった。



「さっきしんりゅー? とかなんとか言ってたんですけどぉ……それってなんなんですかぁ?」


「デュフフ、そうそう、神龍教団ね。お嬢さん、興味あるの?」


「いえ、なんだかすごく変わった名前だなーっておもいましてぇ……」


「そうかいそうかい。おじさんについてきたら、もっと詳しく教えてあげられるよ?」


「そ、そうなんですかぁ? ちなみに連れてかれるってぇ、オレ――あたしぃ、どこへ連れてかれるんですかぁ?」


「デュフフフ……ぼくたちの城だよ。そこでたーっぷりと、可愛がってあげるよー?」


「わ、わぁー! こっわーい!」


「デュフフ……それ……それじゃあ、まずはそこの建物の影にいこうか……」



 男はそう言うとタカシの肩に手を回し、ベタベタと触りだした。

 タカシは目を閉じ、冷静になるよう努めた。

 しかし男はそれを嘲笑うかのように、手をするすると、タカシの胸元、着物のなかへ降ろしていく。

 しかし――


 バチン!

 と、男の頬に、目視では追いきれないほどの平手打ちが飛んでいく。

 男は頬を腫らせて、なにが起こったかわからない、という顔で辺りを見回した。



「あれ? どうかしましたかぁ?」


「いや、なんだか……頬に鋭い痛みが……?」


「ああ、たぶんそれ、妖怪平手打ちですよ」


「よ、妖怪……?」


「はい、キモイ男の頬をおもいきり引っぱたく新種の妖怪です。聞いたことないですか?」


「き、聞いたことないけど……」


「そうなんですかぁ……最近はこのあたりによく出るそうで、注意喚起もしているそうなんですよぉ」


「そうなんだ。デュフフフ……それよりも、お嬢さん、この国の女の子じゃないでしょ?」


「はい、そうなんですぅ。トバへは出稼ぎできたんですぅ」


「やっぱり? こーんなすべすべな白い肌に、綺麗な赤色の髪……見たことないよ」


「ぐ……、あ、あんまり撫でたりさすったり、嗅いだりしないでくださーい」


「出稼ぎで、知らない男とこーんなことしちゃうんだぁ? お母さんも悲しがってるんじゃない――の」



 今度はタカシの着物の裾、そこに手をねじ込むと、強引に尻を揉んだ。


 バチィィン!!

 その瞬間、ものすごい破裂音があたりに響き渡る。

 タカシによる平手打ちだった。

 男は「いたぁい!!」と叫ぶと、手を引っ込め、腫れあがった頬を押さえた。



「ま、また!?」


「うーん、今宵の妖怪平手打ちはどうやら、だいぶアグレッシブなようですねぇ。こわいですねー」


「そんなバカな!? いままで一度も妖怪に遭ったことがないのに、今日はもう二回目なのかい!?」


「運がいいのか悪いのか……、でも、あれですよこんな話を聞いたことがあります」


「な、なにかな?」


「妖怪平手打ちは、そのうち……、妖怪首刎ねになるって。あんまりしつこい男は、首と胴が離れ離れになっちゃうみたいですよぉ」


「な、なんて恐ろしい……! それから身を守る方法は……?」


「女の子にあんまりベタベタしないこと……、ですって」


「なんということだ……、でも、肩を触るくらいならいいだろう……」



 そう言って男は再度タカシの肩に手を回し、その白い肌の感触を楽しむように、ベタベタと触りだした。



「ぐ、ぐぬ……! ま、まあ、それくらいなら……!」


『見えない。何も見えない。無心。無心になるのです。悟りを開くのです。あれはわたしの体であって、わたしの体ではない。わたしによく似た生命体で、仮初の肉体。迷える子羊で作られたジンギスカン。森羅万象を映せし、虚飾と虚構に塗れたまるぶち眼鏡。聖戦の果てに手に入れし数えきれないほどのチョコレート――』



 やがて男はタカシを裏路地まで誘導すると、そこで向かい合う形になった。



「あれ? ここってなんですかぁ? とくになにも見当たらないんですけ――」



 プシュッ!

 男は突然、タカシの顔面に、小型のスプレーのようなものをふりかける。

「…………?」

 タカシはしばらく茫然と立ち尽くすと、

「あ、急に眠たく……」

 と言い、わざとらしくその場にフラフラと倒れた。



『ちょ、タカシさん!? 大丈夫ですか?』


「…………」



 タカシはルーシーの問いかけには答えずに、ただ寝たふりを続けている。



「デュフ、デュフフフ……ぐっすり眠っておいてね。キミが夢を見ている間にぼくらの城に招待してあげるからね」

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