第54話 破滅の序曲
「ほうほう、なるほどなるほど」
サキは団子屋にて、湯呑のお茶をすすりながらタカシの話を聞いていた。
「つまりはあれだ。それはそれで、今日もお茶が美味しいというわけだ! 違うか!?」
「違う」
「うそうそ、冗談だってば。とりあえずアレっしょ? その像をぶっ潰せばいんだよね?」
「違う」
「サキ殿……、おおまかには合ってはいるが、細部がちょっとちがうのじゃ。ぶっ潰すのではなく、ぶっ壊すのじゃ!」
「違う」
「な、なんと!? ドヤ顔で間違えてしまったのか……恥ずかしいのじゃ……」
「だから調べるんだろうが! なんでおまえらはそんなにぶっ壊したがるんだよ! それにテシ、像はおまえの国でも大事な物なんだろ?」
「いや、だって、無駄に大きくて場所とるんじゃもん、広場で遊んでると、邪魔になるし……。こんな機会は滅多にないのじゃ、それにいまなら『仕方がなかったと』理由がつく。……どうじゃろうか、ここで皇に内緒でぶっ壊しておくというのは?」
「……娘が聞いてるんだけど」
「ダメかの?」
「いいよいいよ、おっけーおっけー! 姫が赦す!」
「ダメだろ! アホか!」
「あ、あほ……って、ここ、興奮す――」
「むぅん……、おねえちゃんは意外と真面目なんじゃな」
「そういう問題か? これ?」
「……さて、もう休憩は済んだでしょ。なんか一刀斎師匠もいないみたいだし」
「あの、勝手にお茶とか淹れてよかったんですか?」
「問題ナイナイ! 師匠のものはあたしのもの! あたしのものもあたしのもの、てね」
「どこのタケシくんですか……」
「ささ、ちゃっちゃと行って、ちゃちゃっと解決しよ。それからルーシーちゃんと一緒にトバ観光しないとね。ちなみにルーシーちゃんはどこ行きたいとかある?」
「ダーメだってば。ルーちゃんはサキちゃんのだって言ってんじゃん。だれにも渡さないかんね! もちろん、おねーさんにも!」
「ぐへへぇ……も、もちろん、サキちゃんも一緒だからね! おねーさんと一緒にくんずほぐれつ津々浦々侃侃諤諤楽しもうよ……!」
「ふふん、そんなこと言っていいのかな? おねーさん綺麗だし、サキちゃんのテクで骨抜きにしちゃうぜー?」
「おほー! た、たまらん! う、ううう受けて立とうじゃまいかっ!」
「……だれか、この変態ふたりを止め――て?」
タカシが言いかけて止める。
タカシの視線の先、すこし遠くのほうから大勢の人の声が聞こえてきた。
「おいテシ、あれ……あっちのほう、なんかあったのか?」
「ほむ、なんじゃろな。あれは広場のほうみたいじゃが――」
そこまで言ってタカシとテシが見つめ合う。
ふたりは立ち上がると、シノとサキをおいて、広場へと駆け出した。
◇
「あれは……?」
「なんということじゃ……、神龍像があんなにも光って……これではあの凶兆そのものではないか」
「――おい、ちょっと待て、ウソだろ。なんでアイツがこんなところにいるんだ」
「えっと……、おねえちゃんが言ってるのは、あの芋ジャージの子かの? 知り合いなのか?」
「ああ。あいつはドーラ……、だけど、でも、確かにエストリアに置いてきたはずだ」
『あ! ……いえ、タカシさん。ドーラちゃんはあの時、いませんでした』
「ちっ、そうだった……。……てことは、あの時にはもう――」
『タカシさん、それよりも、ドーラちゃんを止めないと! なんかドーラちゃん、あの像にどんどん近づいていってますよ!』
「くそっ、あとで泣くまで説教だ」
タカシは小さくそう言うと、群衆をかき分け広場の中央へと向かった。
やがてタカシはドーラのところまでたどり着くと、ドーラの腕を掴もうと手を伸ばす。
しかし――
「ッ!?」
ピピッと、タカシの頬に二筋の切り傷がつく。
「な――!?」
「あたしは……あたしはしって――知っている。これはこの光は――」
「ドーラ……! おまえ、何言って……!」
「思い出した。全て。ここにいる理由。そして――」
「ドーラ!!」
ドーラはゆっくりとタカシを振り返ると、一瞬――
ほんの一瞬だけ悲しい顔を見せた。
「さらばだ人の子よ。これよりこの地より地上世界へ、神龍による裁きが下る。――『
声は発せられていない。
口の動きだけでドーラはタカシに言葉を伝える。
タカシは何も言わず、何も言えず、ただその場で固まった。
神龍像から放たれている光がドーラを包み込む。
ドーラはその姿をドラゴンに変化させると、眩いほどの光と共に、広場から消え失せた。
「ええい! どかぬか! どかぬと逮捕するぞ!」
放心状態のタカシを引き戻すように、テシが声をあげる。
テシは群衆を押し退けながら、タカシの元へと這い出てきた。
「おねえちゃん……、さきほどのドラゴンとは……?」
「くっ……知り合いだ」
「そうじゃったか……」
「なあ、さっきテシが言いかけてたのは何だったんだ?」
「さっき……?
「ああ、それだ」
「……おねえちゃん――いや、ルーシー殿。それは、今はお答えできぬのじゃ」
「は? どういうことだよ」
「あのドラゴンと知り合いとなれば、こちらとしても、拘束しなければいけないのじゃ」
「それってどういう――」
タカシが言い終えるよりも先に、タカシの手首に手錠がかけられる。
「……おい、テシ。これはなんだ……!」
「すまないのじゃ、おねえちゃん。だけど――」
瞬間。
ズ――と、左足を軸とした鋭い蹴りが、テシのこめかみを捉える。
だが――
バチンッ!!
「ぐぅっ……!?」
『え? タカシさん!?』
手錠から劇毒のような電流が発生し、タカシの全身を焼く。
タカシは力なく、その場にガクッと崩れた。
「く……っ、ドー……ラ……!」
タカシの目が次第に閉じていき、そのまま動かなくなった。
「いっちゃん!? なにがあったの? そこで倒れてるルーシーちゃんは?」
やがてシノとサキが遅れて到着する。
シノがテシに駆け寄り、状況の説明を要求する。
しかしサキは、タカシが倒れているのを目にした途端、問答無用でテシに牙をむいた。
サキが
突剣はビュンビュンと唸りを上げ、テシに襲い掛かった。
シノとの一件で刀を破壊されていたテシは、懐から十手を取り出して反撃を試みる。
しかし一瞬、反応が遅れてしまったため、サキは難なくテシの十手は弾き飛ばした。
ピタッと、突剣の剣先がテシの喉元で止まる。
「てっちゃん、いちおう理由は訊いとくけど……、なんでこんなことをしたの?」
「それが……ワシの仕事だからじゃ」
「仕事……へぇ、仕事、ね。んじゃ、こっちも仕事しないとね。そこに転がってるの、サキちゃんの上司だし? このままなんもしないで、連行されていくのを見てるだけとか、ありえないじゃん!」
テシは覚悟を決めたのか、キュッと目を瞑った。
その目じりにはきらりと光る涙。
サキはかまわず、そのまま腕に力を込め、剣先をテシの喉めがけて押し込んだ。
しかし――
突然、突剣の刀身が無くなる。
柄だけとなった突剣はおもいきり空振りになり、サキは体勢を崩す。
刹那――
ドス……と、賀茂の柄がサキの頸椎にたたき込まれる。
サキはそのまま、うつ伏せに地面にパタンと倒れた。
「……ごめん、サキちゃん」
シノは賀茂を腰に戻すと、テシに向かい合った。
「いっちゃん、とにかく説明をお願いしてもいいかな? ここでなにがあったか。それと、勅使河原勅使はなにを知ってるか。――これは命令ね。その内容によっては、あたしもこのふたりと
「姫も……もう、立派なエストリア人じゃな……嬉しいような、哀しいような……」
「そういうのはいいから……
「はい。姫の察しの通り、そうですじゃ……」
「……ということは、ドーラちゃんはやっぱり……」
「――やっぱり? 姫はあのドラゴンを神龍と知っていて……?」
「ううん。だけど、確信がなかった。予兆はあったけど、
「それはどういうことじゃ。ワシらが知ってる神龍とは――」
「とにかく、場所を変えよう。ここは人目につきすぎる。場所はどこでもいいよ」
「わ、わかったのじゃ。とりあえず、このふたりを運ばなければの……」
テシはそう言うと、タカシとサキを抱え上げると、そのままズルズルと引きずっていった。
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