第55話 テシの謝罪(百合描写有)


「サキ、起きられるか?」



 牢獄――

 というよりも、簡易的な拘置所。

 拘置所は石造りの壁に囲まれており、鉄格子がはめられている。

 その中に、タカシとサキの二人がいた。

 抜け出そうと思えば、タカシであれば簡単に抜け出せるほどの造り。

 しかしタカシはそこから逃げ出そうとはせず、この状況をただ享受していた。


 タカシはボロボロの茣蓙ゴザの上に座り直すと、横になっているサキをゆさゆさと揺さぶっていた。



「ううーん、むにゃむにゃ……ルーシー、いいにおいするー……」



 サキがそう寝言を言いながら、寝返りをうつ。

 しかし、サキはそのまま腕を広げ、タカシに抱きついた。

 不意を突かれて支えを失ったのか、タカシはそのまま背中からパタンと倒れ込んでしまう。


「お、おい……、サキ、やめ――」


 サキはタカシの言葉を遮るようにして、タカシの首筋に噛みついた。

 決して歯形は残らない、絶妙な力加減でタカシの首筋をはむはむと甘噛みしていく。

 タカシは抵抗しようと試みたものの、うまくサキを払い除けられないでいた。


 さきほど浴びた強力な電流毒。

 タカシの解毒スキルでも、それを分解するまでには至っていなかった。



「く……んっ! おまっ、起きてんだろ……! 今すぐどけ……ぶっとばすぞ……!」


「あむあむあむ……あれ? ルーちゃん、力入らないの?」


「な、なんか……、ダメだ。うまく力が入らなくて――」


「へぇ……じゃあ、しばらくはこのまま、サキちゃんのしたいことができるんだね」



 サキは一旦タカシから離れると、ぺろりと妖艶に舌なめずりをしてみせた。

 そしてそのままずるずると移動し、タカシの腹部に座る。

 サキはそこから徐々に上半身を倒すと、自身の唇をタカシの唇ぎりぎりまで近づけた。

 タカシは引きつったような顔で、生唾を飲み込む。

 サキはその様子を見ると、悪戯ぽく「くす」と笑い、細く長い指をタカシの胸部へ滑りこませた。



「は? え? おい、やめ、んなことやってる場合じゃ――」


「だいじょぶだいじょぶ、ルーちゃんはただ、じっとしてるだけでいいよ。あとはサキちゃんがぁ、やさしーく――」


「やめるのじゃー!」



 突如、拘置所にテシの声がこだまする。

 テシは顔を真っ赤にしながら鉄格子の扉に近づくと、かちゃりと鍵を開けた。

 テシはサキをタカシから強引に引き剥がすと、適当にぺいっと放り投げた。

 テシはタカシに向き直ると、泣き出しそうな顔で深々と土下座をしてみせた。



「許してほしいとは言わぬ! もはや報復として殺されてもよい。……しかし、でも、せめてワシの理由を聞いてはくれぬか、おね――ルーシー殿!」



 タカシとサキが顔を見合わせる。

 タカシはふっと息を吐くと、テシの頭にそっと手を触れた。

 すると、テシはおずおずと顔をあげた。

 目には大量の涙が溜まっており、いまにも泣き出してしまいそうなほど。



「……ああ、オレもなにも聞かないで、いきなり攻撃してすまなかった。あのときのオレは、もっと冷静でいるべきだった……こっちこそ、すまん」


「いや、あれはしょうがないことじゃった。あの娘は……、ドーラ殿はルーシー殿にとって大事な友達じゃったんじゃ……むしろワシが……うう、ワシがぁ……」



 タカシは拘置所内をぐるりと見渡すと、テシをまっすぐに見た。



「ドーラのことについては、シノさんから聞いたのか?」


「す、すまぬ……、だいたいの事情は……シノ殿から聞いのじゃ」


「いや、いいんだ。今回のことは両方が悪かった。それでいいだろ。頭に血がのぼって周りが見えなくなって、テシを蹴り殺そうとしたオレ。それを納めるために、強硬手段を使ってオレを無力化するしかなかったテシ。それで痛み分けにしよう」


『なんか、そうやって聞くと、こっちが一方的に悪い気がするんですけど……』


「ぐすっ、恩に着る。おね――ルーシー殿」


『テシさんもそれでいいんだ……』


「それでテシ、話しておきたい事ってなんだ?」


「まずはこの国において、神龍と定義づけられている・・・・・・・・・生き物について語ろうと思う」


「どういう意味だ? あいつ――ドーラは神龍だって言うのか?」


「そうじゃ。あれは間違いなく神龍じゃ。あの雪のような白い竜鱗、触れただけで切り裂かれてしまいそうな爪、そしてなにより、おね……ルーシー殿の頬を切り裂いた闘気」



 タカシはそっと自分の頬に触れる。

 タカシの頬には、炎症を抑えるための絆創膏が貼られていた。



「これはテシが……?」


「そうじゃ。毒はなかったが、放っておいて、バイ菌や雑菌が入り込んで化膿してはいけないのでな。応急ではあるが手当はさせてもらった」


「そうか……、ありがとな」


「いやいや、何を言うのじゃ! る、ルーシー殿はこの国の大事なお客人。そのお方に間接とはいえ、手を出してしまったのじゃ。せめてこのくらいの処置は――」


「なあテシ。……べつに呼びづらいのなら、おねえちゃん、って呼んでいいんだぞ?」


「よ……、良いのか? ほんとうに?」


「ああ、痛み分けっつったろ。それに、ルーシー殿・・・・・だと他人行儀だしな」


「う……、うう……、おねえちゃん……ごめ……ごめんなさい……! ワシも……頭こんがらがってて……、もっと冷静に、対応、でぎだのに……! 死んじゃったんじゃないかって……思って、殺しちゃったんじゃないかって……思って……でも、生きててぐれでで……よがった……よがった……ごめんなざい、ごめんなざい。うわぁぁぁん!」



 いままで強がっていたのか、堰を切ったように、テシの目から涙が溢れてきた。

 タカシはそっとテシを抱き寄せると、頭を軽くなでた。





「神龍とは破壊と再生の象徴。つまり、神龍がワシらの目の前に現れるということは――」


「この世界を破壊してから再生させるのが目的ってことか?」


「そういうことじゃ」



 テシはひと通り泣いた後、目の周りを赤くしながら、神龍のことについて語っていた。



「ただ、世界を破壊できるほどの力を持っている龍が、なんで記憶を失くして、炭坑なんかで暮らしていたんだ?」


「さあ……、それはワシにもわかりかねるの……」


『あ、タカシさん、思い出してください。ドーラちゃんがあそこにいた理由』


「……そうだ。ドーラはあそこへは逃げ隠れていたと言っていたんだ」


「逃げ隠れ……? 神龍のような存在が?」


「ああ、でもあいつと最初会ったとき、あいつはオレに全く抵抗しないで斬られていた」


「むむむ……、それはすこし妙じゃな」


「ああ、そのことについてはシノさんもそう言っていた」


「姫が?」


「ああ」


「ふぅむ……たしかに、確信がなかったとは言っていたが、このことじゃったのか……」


「それにあれだ。あいつが現れたのは――記憶を取り戻したのは、この世界を破壊するためだろ? だったら、なんであいつは忽然と姿を消したんだ?」


「記憶を取り戻した? あの娘――ドーラ殿はたしかにそう言ったのか?」


「ああ……、ちょっと呟いただけだったけど、オレはたしかにそう聞いた」


「むぅぅ……謎は増々深まるばかり、とくるか……。ワシが座学で習った神龍の特性と、おねえちゃんの言うドーラ殿の行動が、見事に合致しない。しかし、その姿かたちは教本や神龍像のそれと全く一緒……これは、手詰まりかの……指を咥えたまま、世界が滅ぼされるしかないのか……いや、そんなことは――」


「オレは、そうじゃないと思う。ドーラはドーラだ。記憶を取り戻そうが、元々が破壊と再生の象徴だろうが、あいつはあいつだ。あんな臆病なやつがおいそれと、そんなことはしねえよ」


「……随分と、ドーラ殿を信頼しておるのですな」


「まあな、あいつとは長いこと一緒に過ごしてきたんだ。それくらいわかるさ」


「ふふ……、それはすこしだけ羨ましいのじゃ……」


「あ? なんか言ったか?」


「な、なんでもないのじゃ……!」


「そうか? 羨ましいとか聞こえた気がするんだけど、なんだ、気のせいか……」


「ううう……、おねえちゃんはイジワルじゃ……」


「さて、これまでの話を要約すると、こうだな。二週間前、オレが王の特命を受けて船に乗船したときから、事は始まっていた。ドーラはオレに内緒で、船に乗り込んで密航を図った。そのころからだったな、城下町広場の神龍像がひかりだしたのは?」


「そうじゃ。みんなそのときは、すごく驚いておっての」


「ああ、なんせ神龍っつーのは破壊と再生の象徴だ。その像がいきなり光出したんだ。慌てないほうがおかしい。――そして、満を持して今朝……今朝でいいんだよな?」


「そうじゃ。いまはもう陽は沈んでおるが、まだこれらは、今日の出来事じゃ。……それにしても、ビックリしたのじゃ。あれほどの電流毒を食らいながらも、半日もたたずケロリと起き上がっておるのじゃからな。病院に連れていきたかったが、その時のおねえちゃんはまだ、神龍と共謀して世界を滅ぼそうとしている罪人。ここから連れ出すことは叶わない……だから、医者を呼ぶことにしたのじゃが……、それもさっき帰ってもらったところじゃ」


「ああ、それでいい。治療は自分でもできるしな」


「……かたじけないのじゃ」


「ところで、シノさんは?」


「姫は今回の事を城へ報告しに行っとるのじゃ」


「そうか。……話を戻そう。それで……今朝、オレたちの船がここに着いた。オレたちはテシやアヤメさんと一緒に城へ向かい、半ば強引に神龍像のことをトバ皇に押し付けられた。それでその頃、ドーラはひとりでフラフラと城下町の広場へと向かっていた。オレたちが広場に着いた頃にはドーラは記憶を取り戻し、どこかへ消えた……」


「ふむ、それがいまに至るまでの経緯じゃな。むぅ……でも、情報を整理したところで、なにも打つ手がないということには――」


「なんだよテシ。聞いてなかったのか? 打つ手ならあるぞ」


「え? なにかいい案でもあるのか?」


「もちろんだ」


「おお! さすがはおねえちゃん! 聞かせてほしいのじゃ」


「簡単だよ。あいつのところに行って、ぶん殴って、連れて帰ってくる。それだけだ」

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