第14話 ただのヘタレかと思ってたらボンボンだった。

 ルーシーの家の食卓。

 そこにはタカシとその両親、ドラゴンの少女とヘンリーが食卓を囲っていた。

 少女は相当空腹だったのか、手と口を休めることなく、食べ物を胃に送り続けていた。



「それで結局、その子に服買ってあげたんすね」


「まあな……」


「さっすが姉御! オレにできないことを平然と――」


「おまえはなんで普通にオレん家で飯食ってんだよ!」


「父さんが誘ったんだよ!!」


「なんでだよ!!」


「聞けばヘンリー君の家は、あのものすごい良家らしいじゃないか。……どうだルーシー、ここらで玉の輿に乗ってみては」


「うるせえな、だれがこんなやつと……」


「そんなぁ……オレには恐れ多いですよ、お父さん」


「っち……あのな、そもそもオレは結婚とか、そういうのは考えてねえからな」



 タカシの意見にルーシーも『そうだそうだ』と被せて言った。



「おおう、なんということだ! 我が娘がそっちの趣味をもっていたとは……」


「ちげえよ! いや、オレは違くねえけど、あんたの娘はちげえよ!」


「そうですよ、お父さん。ルーちゃんにはまだはやいかと……」



 ルーシーの母親が食べ終えた食器を片付けながら言った。



「それに玉の輿もなにも、オレはもう青銅騎士だぞ? もはや逆玉だろうが」


「逆玉……? なにを言っているんだ、ルーシー」


「あの、姉御……その、ちょっと言いづらいんですけど、オレも青銅なんすよね……」


「はぁ? おまえが? 冗談だろ?」


「すみません、オレの実家がロクでもないとこでして……」


「オヤジもさっき言ってたな。……おまえの実家って一体、なんなんだ」


「サルバトーレ家って、聞いたことないっすか?」


「……なんだそれ? 聞いたことな――」


『ええ!? サルバトーレ?』



 タカシの声を遮るようにして、ルーシーが声をあげた。



「うるっせえな。って、なんか知ってんのか?」


『知ってるもなにも、大臣さんの家じゃないですか!!』


「は? ダイジンって……大臣? エストリアの?」


「はい……恥ずかしい話なんすけどね……。青銅に上がれたのもコネみたいなもんで……」


「だろうな」


「はは、相変わらずキツイっすね。けど、ほんとその通りで……実力なら雑兵の中でも下の下、毎日まわりには白い目で見られる日々で……オレとしては剣を握って、なんやかんやするよりも、他にやりたいことが――」


「いや、それはいいとしてさ。なんでおまえ、あんないらなくなった兵を、掃いて捨てたような戦争に参加してたんだよ。ボンボンとかなら普通、適当に後方で安全な仕事してるだけって選択肢もあったんじゃないのか? それも大臣の息子ともなれば、なおさらだろ」


「なに!? ルーシー、なんだ、その話は……!?」


「あんたは黙ってろ。……どうなんだ? ヘンリー」


「それは……」


「話したくないってか?」


「すんません……」


「……まあ、いいや。おまえが前に、家に帰りたくないみたいなこと言ってたから、だいたい察しはつくしな」


「すんません。なんか言い訳みたいに使っちゃって……でも、オレが姉御を尊敬してるのはマジっすから!」


「いらねえよ! さっさと帰れおまえは」


「……うう、了解っす……」



 ヘンリーはそういうと食卓から立ち上がると、ルーシーの両親に頭を下げた。



「ごちそうさまっした。うちの料理なんかより、よっぽど美味かったっす」


「それはよかったわ。また、いつでも食べにきていいですからね。ヘンリーさん」


「ああ、いつでも来なさい。ついでに娘ももらっていきなさい」


「死ね、クソオヤジ」



 ヘンリーはすこしはにかむと、そのまま家から出ていった。



「さて、ルーシー。話があるんだが」


「……なんだよ」



 ルーシーの父親は真面目な顔でタカシに向き直った。

 その迫力に気圧されたのか、タカシは少しだけ身構えるように、父親をまっすぐに見た。



「さっきの話か?」


「違う。その子はだれだ」



 そう言って父親はドラゴンの少女を指さした。



「え? ああ、って今更かよ! さっき話してたじゃねえか!」


「それはそれ、これはこれ。きちんと説明しなさい」


「これはあれだよ……、拾った」


「なんてことだルーシー、またかおまえは」


「また?」


「忘れたとは言わせんぞ! いままで拾ってきたネコ三匹に犬四匹、スライムとピクシー、さらに今度はドラゴンだと? だれが最終的に餌をやってきたと思ってるんだ!」



 タカシは冷めたような目でルーシーを見た。



『いやいや、違うんですよ! ホント可哀想で……仕方なく……』


「はぁ……」


「うるさい! あたしをそんなやつらと一緒にするな! おかわり!」



 ドラゴンの少女は空になった皿を、ルーシーの母親に渡した。

 母親は「はいはい」というと皿を受け取り、キッチンへと消えていった。



「とにかく、我が家で飼うのは反対だ。炭鉱から拾ってきたのだったか? きちんと返してきなさい! 親御さんも心配しているだろう」


「……どうなんだ? 親御さんとやらは心配してんのか?」


「わかんない」


「だとよ。この通り、記憶はほとんどないらしい。そんな可哀そうな少女を、オヤジは見捨てるのか?」


「ぐぬぬ……! それよりも、名前はなんというんだね」


「ドーラだ」


「名前あるのかよ! いくら聞いても知らねーって言ってたじゃねえか!」


「いま思い出したんだ」


「なんてやつだ。試しに一発殴ったら、もうすこし思い出すんじゃないか?」


「あ! いーのか、ルーシー。そんなことしたら王様に怒られるんだぞ?」


「躾だからいいんだよ」


「うう……目がマジだぞルーシー……。でも、ホントなんだ。あたしの名前はドーラ。あとはトシが、十万と九歳だってことくらいしか思い出せないんだ」


「じゃあなんで炭鉱なんかにいたんだよ。さすがにそこまでの記憶はあるだろ?」


「なんでだろ……なにかから逃げてたような気はするんだ。それがすごく怖くて、必死に逃げて、それで気が付いたらあの炭鉱にいたんだ。ホントなんだ!」


「ドラゴンを脅かすほどのなにか……か。それを撃退することはできなかったのか?」


「わからない。あたし、だれかを傷つけるのは好きじゃなくて……それがすごく強いやつじゃなくても、逃げてたかも……」


「なるほどな。だからあのときもオレに反撃せず、ただ泣いてただけだったのか……」


「あたしはフツーに暮らせたら、それ以上はなにもいらないんだ! お願いだ! あたしを追い出さないでくれないか?」


「ま……追い出すもなにも、それ以外オレには選択肢はないからな」


「あ、ありがとうルーシー! おまえ、意外といいやつなんだな!」


「それと、おまえの体にもすこし興味があるからな。ククク……」


「な、なんだかすごいイヤな目だぞ、ルーシー……」


「や、やはり我が娘はそういう趣味の持ち主だったか……ここは理解ある親になるべきか、あるいは頑なに認めないでいるか……迷うッ!」


「そういう意味じゃねえって!」





 王都内、某所。



「大臣、聞きましたか。例の件」


「……なんだ。またうちの、ダメなほうの息子がなにかやらかしたか?」


「いやいや、そういう話じゃないですって。……でも、無事帰ってきてよかったですね。ヘンリーくん」


「フン、厄介払いしておいたゴミが帰ってきたのだぞ。これ以上不愉快なことがあるか」


「相変わらずですね。そんなんじゃヘンリーくん、お父さんに愛想尽かせて出て行ってしまうかもしれないですよ?」


「……それよりもなんの用だ。ゴミの話をするために話しかけてきたわけではないだろう? こんなところを見られてはまずいと、おまえもわかっているだろう」


「最年少で青銅に選ばれた女の子のことですよ」


「なんだ、それは」


「なんだかすごい後輩がでてきたみたいですね。僕もうかうかしてらんないな」


「質問に答えろ。誰だそれは」


「ホントに知らないんですか? たしか十六歳くらいの女の子ですよ」


「……どうせ、どこの馬の骨ともわからん、コネ昇進のやつなのだろう?」


「ところがどっこい、そうじゃないみたいですよ。それも聞くところによると、なんとあのノーキンスと素手で渡り合ったという話も……」


「……そいつは人間なのか? 魔族の者では……?」


「どうやら、人間みたいですよ。それもシノちゃんが夢中になるくらい、可愛いとか」


「……あの女は、相手が女だったらなんでもいいのだろ」


「まあ……、そこは強く否定できませんけどね……」


「しかし、そうか……。これでまたエストリアの騎士団が盛り上がるわけか……ククク……」


「……そろそろ何を考えているか、教えてはもらえないですか?」


「ふむ、マーノン。おまえにしては大胆な提案だな。……だが、まあ待て。まだその時ではない。期待せずに待っていろ。おまえはおまえのすべきことするんだな」


「ふふ、悪い顔してますよ。大臣」


「もともとこういう顔だ。気にするな」

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