第13話 ドラゴンの少女を保護したらあり得ない額の服を買わされた。
陽が完全に沈んだエストリア王都内の居住区。
ぼうっと光る街灯に照らし出された通り。
そこには不貞腐れたタカシと目を輝かせているドラゴンの少女がいた。
「あーあ、やってらんねえよ。なんだよあの王様。いくら時間勤務外だからって、あんなあしらい方することはねえだろ。ねえよな?」
『しょうがないですよ。たぶん勤務中だったとしてもああ言っていたと思います。……まあ、口調は違ってたかもしれませんけど……』
◇
「元いた場所に帰してきなさい」
話は少しさかのぼり、陽も暮れかけてきた午後。
タカシたちは城へ戻るなり、マーレ―にやさしい声で諭されていた。
ドラゴンの少女はそんなふたりをよそに、近衛兵にちょっかいをかけている。
「お、お言葉ですが、ドラゴンともなると……」
「いまいちよく分かっておらんようだから説明するとだな、ドラゴンというのはものすごーくありがたい生き物なのだ。神話に登場したり、国旗のモチーフになったり、それはもう多岐にわたる。そのような生き物だから、国家間では取り決めというか、暗黙の了解というか、何人たりともこの神聖な生き物を犯すべからず、みたいなノリがあってだな……、とどのつまり、それに関してはどの国もちゃんとしようぜ。みたいな感じなのだ」
「そのようなものが……」
「そうそう、そんなわけだからウチじゃ飼えません」
「こら、おっさん! あたしをペットかなんかみたいな言い方するな!」
「これはこれは、失礼いたしました。お嬢さん。近衛兵が気に入られたのでしたら、持って帰られますかな?」
「お嬢さんじゃない! レデーだ! おまえよりも年上なんだぞ! おねーさんなんだぞ!」
「わかったから、いまは静かにしておいてくれ……」
「おいルーシー! いつになったらウマイメシとキモチイイネドコを用意してくれるんだ!」
「……ずっとこんな調子で、返してこいと言われましても……」
「ふむ、それは困ったな……しかし、こういうのは言い出しっぺが責任を取るのが筋だろう」
「えっと?」
「聞けば、ウマイメシとキモチイイネドコをご所望のようだ。どうぞそなたの家で、もてなして差し上げればどうだ。なに、国家として関わらず、一個人でやってさえいれば、罰を受けるのはそなただけになるからな。我々はいま、この刻より関知しないことにした」
「え? え?」
「とにもかくにも炭鉱の件、よくやってくれた。じきそなたの青銅騎士への昇進手続きは済むだろう。話は以上だ」
「いえ、しかしこれを知ったうえで関知しないとなるとさすがに……」
「おい」
マーレ―は少女にちょっかいをかけられている近衛兵に呼びかけた。
「そなた、ドラゴンのことで、この場でなにかを見聞きしたか?」
「いえ! なにも、聞こえて、いませんし、見て、いません!」
少女は相変わらず、近衛兵にちょっかいをかけていた。
さすがに苦しくなってきたのか、その表情は曇っている。
「ほかの者はどうだ?」
「私もなにも聞いていません!!」
その場にいた近衛兵全員が、口を揃えてそう言った。
「と、いうことだ」
「んなアホな……」
◇
「てか、口調変わりすぎだろ。あの王様」
『勤務時間外の謁見でしたからね。不機嫌だったのかもしれません』
「ガキかよ!? ……はあ、なんか、捨て猫を拾って親に怒られた時の気分がわかったわ」
『いや、それよりもあの子に服着させてあげないとですよ! いつまでもあんなボロ雑巾みたいな格好ダメですって! 女の子なんですから!』
「……なあ、この場合どうなんだろうな」
『え? なにがですか?』
「服だよ服。オレってさ、猫や犬に服を着せてる人の気持ちってよくわかんないんだよ。もう毛皮でモフモフしてんのに、その上からさらにモコモコを着せたりするんだぜ? なんかおかしくねえか? 人間で例えるなら、セーターの上にセーター着こむようなもんだろ?」
『ええ!? 普通じゃないですか? わたし、寒いときはだいたいそんな感じですよ』
「まじかよ。ゴワゴワして気持ち悪いだろ。って、この話はおいといてだな……、問題はあのドラゴンだ。あいつは剣をはじき返すほどの硬度を誇る皮膚、もしくは鱗を持っている。だとすれば、そのようなやつに服は必要あるのか? 肌寒いと感じてしまうのか? いや、そんなことあるはずが――」
「クシュン!」
タイミングよく、少女が豪快なくしゃみをした。
『……必要みたいですね、服』
「おい、少女!」
「なんだ! ルーシー!」
「おまえ、ドラゴンのくせに人間にしか見えねえな!? 頭のそれはファッションか? 原宿系なのか?」
「だれがファンシーだ! 失敬な! 変身くらいできるわ! あたしをなめるな!」
ドラゴンの少女はその場で四つん這いになってみると、獣のような唸り声を上げ始めた。
少女の白かった皮膚はやがて、白銀の鱗へと変貌していく。
爪や歯はするどく鋭利に変化し、それが地面に深く食い込んだ。
「ガオー! どうだ! 思い知ったか!」
変身を終えた少女は、もはや人間の名残などは感じられないほどに変化していた。
顔つきなどは完全に爬虫類のそれであり、神々しまでに前進は白く光っていた。
そのあまりの出来事に、通行人全員が足を止め、狼狽えていた。
「おどろいた」
「リアクション薄っ!」
「声、変わんねえんだな」
「しかもそこかよ!」
少女は白銀のドラゴンの姿のまま、おおきくずっこけてみせた。
「で、どうだ。その姿でもまだ寒いか?」
「うーん……」
少女はしばらく考えると、体をしぼませて人間に戻した。
「竜のほうが寒い」
「なんでだよ!」
『往生際が悪いですよ、どのみち女の子なんですから、あんな格好で外を歩かせちゃダメです』
「はぁ、結局自腹切るしかないのかよ……」
◇
「このようなお召し物でいかがでしょうか」
店員が試着室のカーテンをサッと開けると、中からフリルつきのドレスを着た少女が現れた。
タカシはルーシーに促され、商業区にある婦人服売り場へとやってきていた。
「……これ、値段は……うげぇっ、高ぇ。ルーシーの給料の何か月分だよ……」
「申し訳ありません。当店ではこの価格帯が、お客様のご要望に沿う最低限のものでして……」
「店選びをしくじったな。こりゃ違う店にいくしかねえか」
『でも可愛いじゃないですか。買ってあげましょうよ!』
「無理だ」
『なんでですか!』
「高すぎる。それにほら、見てみろ」
「ぐぬぬ……な、なんだこれは、苦しい……! なんでルーシーはあたしにこんなの着せるんだ。嫌がらせか? 嫌がらせなのか? ドラゴン差別なのか?」
「当の本人が気に入っていない」
『似合ってるのに……』
「あの、お客様……?」
「ああ、えーと……もう何でもいいか……適当言って、帰ろう……」
『ほら、タカシさん。店員さんが困ってますよ?』
「芋ジャージみたいなのって……」
「ございます」
「さすがにないですよね。すみません忘れて下さい、他の店にいきますの……へ?」
「赤、緑の二色からお選びいただけます」
「なんでこっちにも、そんなもんがあんだよ!」
「おお! あたしは赤がいーぞ!」
「かしこまりました」
しばらくすると、全身赤の芋ジャージに身を包んだ少女が試着室から出てきた。
「ははー。おいルーシー! あたしはこれがいいぞ! 動きやすい!」
「ちょ、待てよ。さっきので最低の価格帯ってことは……」
値札を見たタカシの顔が、みるみるうちに青ざめていく。
「さっきのが安いじゃねえか! おかしいだろ! すみません、それじゃあ、さっきのドレスを――」
「やだもん! あたしはこれがいいんだ!」
「駄々こねてもダメです! 言うことを聞きなさい! 母さんがダメって言ったらダメなんだからね!」
『誰なんですか……』
「だいいち、おまえ竜化でもしたら、ビリッビリになっちまうだろうが!」
「ちなみにですが、こちらの服、大変伸縮性と耐久性に優れた素材で作られております。ですので、竜化なさっても問題ないかと」
『へえ、さすがブランド物って感じですね。ドラゴンにも対応してるなんて』
「ブランド物がなんだ! 男は黙ってドレスだ!」
『だから、女の子ですってば! それに男の人はドレスは着ません!』
「とにかく、その値段はありえない。給料何か月……何年分だよ! ずっと埃だけ食って生きろってか!」
「あ、お客様、青銅騎士様だったのですね。でしたら信用もございますし、月賦払いも可能となっております」
『おお、ちょうどいいですね。それでいいんじゃないですか?』
「おまえさっきから乗り気だけど、オレの金ってことはつまり。おまえの金ってこともあるんだからな!? わかってんのか?」
『わたしはほら、いまは関係ないですから……それよりもここで買ってあげないと、あとで王様になにか言われでもしたら大変ですよ』
「……ひと月あたり……いくらから……可能ですか……ッ!!」
「お買い上げですね。毎度ありがとうございます。ひと月あたりですと、概算で……」
この世のありとあらゆる苦痛を味わったような顔のタカシとは対照的に、店員はとてもにこやかに料金の話をはじめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます