第7話 死にかけの男を助けたら引くくらい懐かれた。


「お、あったあった」



 タカシは宝物庫内に置かれていた、自分の鎧を拾い上げる。

 グリーブ、手甲、胴当てと、順番にのそのそと装備しはじめた。



『……宝物庫っていっても、アレですね。特になんもないですね。剣とか杖とか……あとは、おっきい板くらいですね』


「なんだ? 金銀財宝がザックザク、とか思ってたのか?」


『はい、そうですけど』


「……ま、オレもそう思ってたけど、案外それだけが、お宝ってわけじゃないみたいだな」


『どういう意味ですか?』


「ほら、そこらへんに転がってる、剣とか杖とかも、結構なお値打ちもんじゃねえの?」


『え、まじですか』


「うん、まじですよ。……例えば、そこの台座に刺さっている剣。あれもこの、火球を打ち出せる手袋と一緒でな、魔法使いの素養がなくても、魔法を使えるようになる代物なんだよ。柄のほうにある、あの玉が見えるか?」


『はい、あの透明で黄色のですよね』


「あれは魔石っていってな。それ自体に魔力がこもってる石なんだよ。それを加工したり、溶かしたり、くっつけたりして、今の形になるんだ」


『あ、知ってますよ。魔石はエストリアの資源のひとつだって、授業で習いました』


「そうか……なるほどな……。だから、他国が攻めてきてたのか」


『ですよ。エストリアの国土は魔石が豊富に取れるから、それゆえ、他国からの侵略者も多いって、先生言ってました』


「ちなみに今までで、どれくらい侵略されてきたんだ?」


『どうなんでしょうね、かっちりきっかりした数字はわかんないですけど、百回は超えてるんじゃないかと……』


「百!? すげえじゃん、そのたびにそいつらを撃退してるってわけだよな」


『そうですよ! ほんとうにエストリアの軍事力はすごいんですから!』


「てことはおまえ、まじに見捨てられてたんだな」


『そ、それを今サラっと言いますか……。でもたしかに最近、兵士のお仕事は人気になってきていて、数も飽和状態にありますから……』


「まあまあ、いいじゃんか。生きてるんだしさ」


『もう。落とすのか上げるのか、どっちかにしてくださいよ』


「さて、と」



 鎧を着終えたタカシは、宝物庫のさらに奥へと歩いていった。



『あれ、タカシさんどこか行くんですか?』


「ちょっとな」



 タカシの向かった方向に剣や杖はなく、かわりに木の板だけが壁に立てかけられていた。

 位置としては、宝物庫入り口の真正面。

 板は縦横が、三メートルほどの正方形となっていた。

 板は宝物庫内で、明らかに異質なだった。



「……この板だけが分かんねんだよな」



 タカシは目を細め、板をあらゆる角度から睨みつけた。



『あ、それには魔力がこもってないんですか?』


「うん。見たとこ、ただの板っぽいな」


『それになにか違和感でも?』


「いや、とくに神経質なだけかもしれないけどさ、宝物庫にわざわざこんなの置いとくかな、て思うわけよ。タカシさん的に」


『なら調べてみればいいんじゃないですか? て思いますけどね、ルーシーさん的に』


「バカかおまえ。怪しすぎるだろ、いくらなんでも。……もしこれが侵入者撃退用の罠だったらどうすんだよ」


『うーん。そう言いながらその板、いそいそとどかしちゃうんですね』


「好奇心は猫を殺すってことわざが、オレの国にはあるんだよ。オレはさながら、まんまと謎に魅入られた子猫ちゃんってことだな……フッ」


『ちっ……』


「せいぜい手のひらの上で、派手にコサックダンスを踊ってやるよォ!」


『ダサいかっこつけかたしないでください。それに、キャラ変わってますよ』



 タカシが木の板を横にずらすと、そこには穴が開いていた。

 その穴は大の大人が二人ほど通れるほどの穴だった。

 そしてすでに穴は開通していたのか、ヒューヒューと風が吹いていた。

 しかし穴の中は仄暗く、さきまで見通すことは困難となっていた。



『なんなんですかね、これ』


「さあ、よくわからんけど……便所穴にしては広すぎるしな」


『汚い! ほんと汚い! わたしの口からそういう言葉をひりださないでください! お手洗いと言ってください!』


「おまえのほうが、よっぽどきたねーよ」


『あ! わかりました! わかりましたよ!』


「さて、エストリアに向かうか」


『ちょっと! なんなんですか! 無視ですか? 無視しないで! お願いします! なんか聞いて!』


「んだよ、どうせロクでもないことだろ」


『ロクでもないって……タカシさんは根本的にわたしを誤解しているようなので言っておきますが、わたしは建設的なことしか言わないですよ!』


「建設的なことって、フラグ的なもののことだろ?」


『これってアレですよ。秘密の抜け穴的な! いいですねえ! ロマンですねえ!』


「どこへだよ!」


『それはほら、そこは山賊ですから……思いつきません。ごめんなさい』



「な?」



『うう……、そういう皮肉たっぷりな『な?』はやめませんか……』


「無駄口たたいてないで、さっさとおまえの国に戻るぞ。建設的なルーシーさん」


『あれ、板戻しちゃうんですか?』


「まあな。移動させてそのままでいるより、移動させないでいるほうが面倒も起こらないだろ」


『これ以上の面倒は起きないと思いますけど……』


「触らぬ神に祟りなしってやつだよ」


『おもいっきり触ってましたけどね……』


「うるせー!」



 タカシは板を元あった場所に戻すと、そのまま宝物庫から出た。

 宝物庫の出入り口には、仁王立ちで直立不動のヘンリーが立っていた。

 そして、なぜか両眼には大粒の涙を溜めていた。



「あ、おまえか。もういいぜ、用は済んだからな。約束通りエストリアについたら――」


「ありがとうございました! 姉御!」


「は?」


「自分の居場所を確保してくれているばかりか、命まで救ってくれるなんて……自分もう、感動で前が見えないっす! まじで何も見えねっす!」


「うわっ! きたなっ! 鼻水ふけおまえ!」


「自分、この恩は一生忘れないっす! ずっと姉御についていくっす!」


「……あのなぁ、この年の女子つかまえて言うセリフじゃねえぞ、それ。時空と場所を間違えたら、完璧に牢屋にぶち込まれてるからな」


「いえ! 自分はもうすでに憧れという檻の中に捕えられている、一匹の子羊にすぎませんから! 姉御、自分を導いてください!」


「きっしょ……ひくわー……ルーシー、どうおもう? こういうやつ」


「ドン引きですね……」



 タカシはそう吐き捨てると、道端に落ちている糞のようにヘンリーを避けた。

 ヘンリーはそんなことはお構いなしに、タカシの後ろにぴったりとくっついた。

 右へ行けば右へ行き、左に曲がれば左に曲がる。

 回れ右をすれば、回れ右して、挙句の果てに小躍りしてみるも、ヘンリーはそれを真似した。



「ロープレの仲間キャラかよ! ……てか、ちょ、なんかキャラ変わってんじゃん! 怖いわ、おまえ! なんなんだよ、まじで。オレがなんかしたか? 謝ったほうがいいのか?」


「いえ、謝るのは俺のほうなんす!」


「何をだよ」


「何もかも……っすかね」


「きっしょ……ひくわー……ルーシー、どうおもう? こういうやつ」


『いいんじゃないでしょうか』


「……なんで?」



 照れながら頬をかくヘンリー。

 タカシはその様子をただ、冷め目で見ていた。



『ぷー、クスクスクス。そんな邪険にしないであげてくださいよ。これは彼なりの愛情なんですから。そんなに邪険にしたら可哀想ですって』


「いや、おまえ呑気に笑ってるけどな、オレがおまえに体を返したら、次の標的はおまえなんだぞ」


『あ』


「せいぜい震えて待て」


「あ、自分、よろしいか?」


「なんだ変態」


「さっきから姉御、誰と話してるんですか? てか、最初からそんなだった気が……」


「……妖精さんだよ」


『ブッ!』



 虚を突かれたのか、ルーシーが噴き出した。

 ヘンリーは妖精というワードに、目をこれでもか、というくらいに輝かせている。



「まじっすか! 自分も話してみたいっす!」


「やめておけ、妖精さんは変態さんとは相性が悪いんだ。もし妖精さんの逆鱗に触れでもしたら、丸焼きだからな」


「ひえっ……。まじすか、気をつけるっす」


『そんなことするわけないでしょ! ていうか、できませんよ!』


「……まあでも、他のやつにはマジに聞こえないんだな。便利というか、不便というか」


『わたしは寂しいですよ。寂しい……です。タカシさんしか話し相手がいないんですから。だから、あんまり無視しないでくださいね……? わたしにはタカシさんしかいないんですから』


「………………」


『ちょ……いきなり無視?』



 タカシは無表情で無口のまま、洞窟の出口を目指した。





「なんだ、こりゃ……!」



 山賊のアジト。

 その入り口には青筋を浮きだたせ、震えている大男が立ち尽くしていた。

 男は山賊たちを束ねる頭領。

 頭領の足元には、タカシによって息の根を止められた者たちの、亡骸が転がっていた。

 頭領は戦争で出た品の回収のため、数人の部下たちと共に、このアジトを離れていた。

 しかし戦争によって出た、剣や刀など売り払えるようなものは、全てタカシが溶かしてしまっていたため、なにも収穫はなかった。

 そのため、頭領は虫の居所が非常に悪かった。



「う……、ぐ、うう……」



 死屍累々の死体の山から、小さく、悲痛な声が上がった。

 生き残りの山賊だった。

 頭領は急いで駆け寄ると、その山賊を抱え起こした。



「おい、おまえ無事か!? だれにやられたんだ!」


「女……、エストリアの……兵士……」


「女? ひとりか? そいつひとりにやられたのか?」


「恐ろしく……つよ……バケモ……」


「おい……、おい!!」



 瀕死の山賊は事切れたのか、それ以上は何も言わなくなってしまった。



「頭、こいつは……」


「……女で……こんなことできるやつは、ひとりしか心当たりはねえだろッ!」



 頭領は抱えていた山賊の亡骸を静かにおろした。



「紫の騎士、残心のシノ……! 覚えてろよ! 必ず地獄を見せてやる!」

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