第6話 辛うじて全裸は免れてたのに服を燃やされた

「反応が変わった」


『え? なにがですか?』



 タカシは動かなくなり、積み上がった屍の上で、自分の右手を眺めていた。

 頬や手には髪と同じ色の、鮮血がベットリとこびりついていた。

 しかしその鮮血はすべて返り血で、タカシが受けた傷は皆無に等しかった。



「あいつの反応だよ。色が変わった」


『え? なにがですか?』


「それにさっき、あいつらのひとりが出口じゃなくて、奥のほうに逃げていった。これはなんかあるかもな……」


『え? なにがですか?』



 タカシはルーシーをにらみつけると、パチンと猫だましをかましてみせた。




『わわっ! な、なにすんですか!』


「え? なにがですか?」


『なんなんですか、もう!』


「おまえがオレと会話する気がないからだろ。そりゃ猫も騙されるわ」


『意味がわからないですよ。それにしょうがないじゃないですか。目を閉じて、耳も塞いでましたし……』


「……あのさ、それ、おまえのヒトダマ特有の持ちネタかなにかか?」


『え? なにがですか?』


「それはもういいんだよ! ……まあいいや。とにかく、もう終わったから」


『そうなんですね。……それよりもなんなんですか、あなたは。ほんとに』


「オレか? オレはほら、あれだよ。タカシ君だよ」


『ほら、またそうやってはぐらかす。悪魔さん……とかじゃないですよね?』


「悪魔さんがルーシーさんの命を救うかよ。第一、悪魔のタカシ君ってなんだよ。となりのト〇ロみたいに言うなよ」


『言ってないですよ! それに誰ですか〇トロさんって!』


「とにかく、あいつはもう使いものにならなくなったみたいだから、服、取りに行くぞ」


『え? だれが使いものにならなくなったんですか?』


「……あのな、さっきオレが言――」



 火の玉がタカシの頬を掠めた。


 人の頭ほどの大きさの火の玉。

 それが洞窟の奥からまっすぐ飛んできた。

 タカシ口をキュッと結ぶと、火の玉の飛んできた方向をにらみつける。



「……よく避けたな、クソガキ!」



 アジトの奥から出てきたのは、さきほどヘンリーの腹部を貫いた山賊だった。

 山賊の右手には真紅のグローブがはめられており、手の平からは黒煙が立ち昇っていた。

 山賊の顔は憎悪で満ち満ちており、視線はタカシに注がれていた。



「おいおいおい……、なんなんですか、その軍手は。ガーデニングするならもっと良いの貸すから、寄越しなさい」


「黙れ、クソガキ! よくも……よくも、ここまで暴れてくれたな!」


「いやいや、あなたがたから先に手を出してきたんじゃないですか。自業自得って言葉知らないんですか?」


「もうテメェの仲間を殺したぐらいじゃ割に合わねえ……、この落とし前はきちんとつけてもらうからなァ!」



 山賊はそう言うと、右手のひらを突き出した。

 無数の火の玉が、つぎつぎと手のひらから発射されていく。

 火の玉は壁や天井、それぞれがビー玉のようにぶつかり合った。

 乱反射し、それぞれが独立してタカシに牙を剥く。

 タカシは足元にあった山賊の屍を盾にして火の玉を防いだ。

 ある程度までは防いでいたが、すべてを防ぐことはできず、いくつか直撃を受けてしまった。

 身に着けていた肌着が焦げ、白い素肌が露になる。

 体中についていた返り血も、焦げて赤黒く変色していた。



「あっつ……!」


「て、てめえっ! 仲間になにしてくれてんだ!」


「なにって……、なにが?」



 タカシはもはや、炭と化してしまった山賊の死体を地面に放り投げた。

 死体は地面にぶつかり、風に吹かれるとパラパラとくずれて、そのまま消えてしまった。

 辺りにあった死体もすべて焼死体になっており、同様に風に吹かれると消えていった。



「てめえに……、人間の血は通ってんのかよ!」


「山賊ごときが偉そうに道徳語ってんじゃねえ。そこにあったから使った。それだけだろうが。文句あっか」


使った・・・……だと! クソ、ガキィ……ッ!!」


「まあ、待てって……そんなにそれ使うと――」



 山賊はタカシの制止はきかず『殺す!』と吐き捨てた。

 それと同時に、さきほどとは比べ物にならない数の火の玉が飛び出してきた。

 火の玉は縦横無尽に洞窟内を駆け回ると、そのままタカシめがけ飛んでいった。

 それに対しタカシはただ、なにもしないで突っ立っていた。


『ちょ、タカシさん!? なに自信満々で突っ立ってんですか! 守ってください! 体を! プロテクトプロテクト! まだ焼死体になりたくないですよ!』


「だまってみてろ。あの火の玉はとどかねえ・・・・・


 火の玉はタカシの宣言通り、蝋燭が風に吹かれるように消えてしまった。



「な、なにを……!」


「なにをって……、なんもしてねえよ」


「じゃあ、これはなんなんだよ……」



 山賊は急に足元がおぼつかなくなると、その場に力なく崩れ落ちた。



「しんどいだろ? 立ってられねえだろ? 目が霞んでくるだろ?」


「く……そ……なんでだ!」


「そりゃ魔法も満足に使えない、ただの一般人がその火力で火球を出し続けたら、パワー切れおこすだろ」


「パワー切れ……だと……?」


「人間が一日中全速力で走れねえのと一緒だよ。それもなにも鍛えてもいない体だと、より一層その体に大きな負担になってのしかかるって話だ。わかりやすいだろ?」


「ふざ……けんな、オレはまだ……!」


「終わりだって。……まあ、複数人でその手袋使いまわされてたら、めんどくさかったけどな」



 タカシは山賊に近づいていくと、手袋の中指部分をつまみ、ズルッと脱がした。



「んでこれ、没収な」


「ざっけんな! それはオレたちの――」



 タカシは山賊の頭を足で頭を踏みつけた。

 山賊の歯と歯が強制的に打ち付けられ、ガチッと音が鳴る。



「まあまあ、どうせどっから盗んできたもんだろ? オレがきっちり持ち主に返してやっから。そのまま死んでていいよ」


「んー! んんんんんー!!」


「――よっと」



 タカシは一息に脚に力を込め、山賊の首の骨を簡単に折ってみせた。

 山賊はピクリとも動かなくなると、タカシはさきほど脱がした手袋をはめ、死体を焼いた。



「これで、抵抗するやつは最後っぽいな……」


『た、タカシさん、終わりました?』


「……終わってねえよ。おまえはずっと目、閉じてろ」


『わかりました。目、開けますね』


「なんでだよ」


『もう大体、あなたがどういう人かわかってきたからですよ』


「ほほう。言ってみてくれたまへ」


『意地悪な人です』


「ハッハッハ! まっさかー。オレほど実直で熱意溢るる熱血漢、他にはいないぜー?」


『タカシさんがほんとうに実直で熱意溢るる熱血漢だった場合、意味の定義も変わってきますからね。本当に、他にもいなくなってしまいますねー』


「言うじゃん」



 タカシは口を尖らせると、それ以上は何も言わずにアジトの奥へと進んでいった。

 アジトはそこまで複雑な造りにはなっておらず、一本の長い通路に、いくらか枝分かれしたような道ができているだけであった。

 タカシはその一本道をただひたすら、出口とは逆方向へと進んでいった。



『ちょ、タカシさん、アレ……!』



 そんな折、ルーシーが突然うわずった声をあげた。



「なんだ? 実直で熱意溢るる熱血漢が空でも飛んでたか?」


『ふざけてないでください、アレですよ!』


「いや、いやいや、あのな。おまえは必死に指さしてるかもしれんが、こっちはただフワフワしてるだけにしか見えないんだってば」


『ヘンリーさんが……ヘンリーさんが……!』


「ああ……いいやつだったよ。無茶しやがって」


『いいやつだった……って、こうなったのも半分タカシさんの責任でもあるんですよ!?』


「いやぁ、新しい肉体が手に入ったから、ルーシーは解放されるな。やったね!」


『いやいや、そういう問題じゃないでしょ』


「んだよ、手でも合わせるか? 線香でも焚くか? 焼香でもあげるか? 遅かれ早かれそいつはそうなってたんだよ」


『そんな言いかたは、あまりにもあんまりです』


「てか、死んでねえよ、こいつ!」


『ふぇ?』



 タカシはヘンリーの襟首を掴んでひっぱりあげてみせた。

 ヘンリーは喀血すると、震えるまぶたを少しだけ持ち上げた。



「おーい、どんな感じ? ねえ、いまどんな感じ?」


『ちょ、あまり揺すらないでくださいってば! 剣も刺さってるし、もうホントに虫の息じゃないですか! というか、どうにかならないんですか? タカシさんならできるでしょ?』


「できるよ?」


『できるよ? ってキョトンとされましても……。それじゃあ、お願いしますよ』


「ただ、こいつが死にたいって顔してるしさ……。オレからすればここで無駄に苦しませるよりも、一気に――」



 ヘンリーは大きく目を見開くと、頭が取れそうな勢いで首を左右に振ってみせた。



『……生きたいって言ってますけど……?』


「…………」


『それにしても、意外と元気そうで安心しましたよ!』


「なら、ここで放っておいても大丈夫かもな」



 ヘンリーは大きく目を見開くと、頭が取れそうな勢いで首を横に振ってみせた。



「元気じゃん。……しかたねえな……」



 タカシはヘンリーの腹部から乱暴にズボッと剣を引き抜く。

 そして、目を閉じて手を患部へあてた。

 緑色の光がタカシの手から放たれると、ヘンリーの腹部から波のように広がっていき、そのまま全身を包み込んでいった。

 しばらくすると、光は急速に収束していき、タカシの手へと戻っていった。


 ヘンリーは目を白黒させると、自分の腹をペタペタと触った。

 傷口は完全に塞がっており、縫合跡のようなものも見当たらなかった。

 タカシはヘンリーの襟首から手を離す。

 ヘンリーはその場でドサッと尻もちをついて倒れた。



「やったじゃん。おつかれさん」



 タカシはニカっと歯を見せて笑うと、そのまま宝物庫へと歩いていった。

 ヘンリーはポケーッと呆けながらそれを見送った。



『よかったですね、タカシさん』


「よかったのはおまえだろ、ルーシー。これで露出狂って言われずに済むな」


『って、ああ!! タカシさん! もうボロボロじゃないですか! 見えてしまいますって! ポロっていっちゃいますって! 隠してくださいよ!』


「うるせーな。いまから隠すんだろーが。第一、誰がこんな色気のねぇ体に発情すんだよ」


『はぁ!? ちょ、聞き捨てなりませんね……! わたし、こう見えてモテるんですから! 男性が放っておかないんですから!』


「モテるって動物にだろ? 男性ってオスにだろ?」


『ぐぐぬっ……! なぜ、それを……!』


「まあ、オレもだいたいおまえのことが分かってきたからな」


『わかったって……わたしのなにをわかったって言うんですか!』


「マヌケ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る