白昼夢

左川 久太郎

第1話

 キシキシキシ……

セミの鳴き声。それらと重なるように、携帯電話の着信音が、私へ語りかけるように鳴り響く。私はしばらくの間、その忙しない音に意識を向けていた。妙に切迫した感じを放つような空気の振動は、私の覚醒を促していく。

「今日は休日のはずだが……」

身体のだるさを感じながら上半身を起こすと、応答をすべくその電話に手を伸ばした。

○○

 通話を終えた私は、平常の朝の支度を済ませ、最寄りの駅から急行電車へ乗り込む。目指す目的地は遠く、長時間電車に揺られることになる。一刻も早く向かわなければならない、しかし車中にいる間は急いだところで何もできない……。

 はやる気持ちを抑える為に、周りの乗客を観察することにした。休日出勤だろうか、スーツ姿の中年男性が厳めしい面持ちで新聞を読んでいる。その男とは対照的に、仲睦まじそうな老夫婦が車窓から景色を眺めている。また車両の端に座る家族は、母親の腕の中に抱かれる乳飲み子と、父親に語り掛ける少年という絵に描いたような家庭である。その他にも、学生の団体や学問にいそしむ中高生の姿などが散見できた。土曜日の昼前という時間帯だけあって、バラエティーに富んだ乗客である。

 しかし、その中で特に異彩を放つ存在が向かいの席にあった。あった、と形容するのはこの空間からその存在があまりにも浮いているからである。それ、は確かに私の目の前に存在している。また姿形から、それがヒトであることは確信できる。けれども、それ以外のこと、例えば男であるか女であるかという性別の問題すら、私には判断することができないのである。

 私はその存在について見極める為に、己の時間を費やすことに決めた。この不確定であり、非存在的存在である、それ、について考察を行なうことに決めた。そうすることこそが自身の役割であり、また自分の存在理由であることを私は疑わなかった。

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