第32話結束の合宿!⑧

『さあどうぞー』

「っし!」

 大股で歩き出した獏に、碧寿が「もっと前だ。右。ああ、行き過ぎだ」と柔らかな声で指示を送る。見守る双眸は温かい。けして、翔達には向かない瞳だ。

 朱斗と沙羅は口を出さない。敵対する立場として、応援すべき場ではないからだ。このめも黙ったまま見守る。楽しげな碧寿達を邪魔しないようにだ。

「なるほど、ここだな! 仕留めた!」

 獏が振り下ろした棒は、スイカの僅か横の地面をガツンと叩いた。

「あ?」

「ハイ残念」

「アウトアウトー」

『振り下ろしは一回までー』

 棒とタオルを奪われた獏は、未練がましく割れなかったスイカを何度も振り返りながら、不貞腐れた顔で戻ってきた。

 このめと目が合うと、

「お前の為に残しておいてやったんだ」

「……ありがと」

 フン、とそっぽを向いてドカリと腰を落とした獏に、このめは苦笑しながら礼を告げる。

 雛嘉がスイカを割らないのも、杪谷が碧寿として「オレはいい」と辞退するのも、実は『打ち合わせ』通りである。

 そして、

「オレもやらん。興味がない」

 吹夜も断る。実際、碧寿がいる状況で翔をこちらに置き、目隠しゲームに向かうなど朱斗はしないだろう。その自然さに、特に疑問を抱くこと無く紅咲も「わらわもじゃ」と告げた。

「沙羅もか? こーゆーの、好きそうなのに」

 意外そうに尋ねたこのめに、

「スイカが割れれば破片が飛ぶ。わらわは着物を汚しとうない」

「ああ、そっちね」

 理由はどうであれ、紅咲も翔であるこのめに譲るとふんでいた。

 このめは翔としてではなく、自身として騒ぎ立てる胸中を無理矢理押し込んで、「じゃあ、行ってくる」と縁側から降り立つ。

 琉斗に棒を渡され、琉生に目隠しをされ、グルリとまわって『はい、スタート』

「もっと前じゃ! ええい、思いきりが足りないのお!」

「おい違う、右だ」

「え? 右?」

「行き過ぎじゃ! 左に……そこじゃ!」

「えいっ!」

 ポコン! 情けない音を立てて、棒の先が地面から跳ね上がる。このめが叩いたのは、スイカの手前だったのだ。

「何をやってるんじゃ翔!」

「いやー、なかなか難しいや」

「集中力が足りない。そうだから未だに『烏天狗』の力もコントロールが」

「あーあーもう、朱斗は何でもそれだ。只のゲームだろ?」

 部屋へと戻っていったこのめの背を見遣りながら、文寛兄弟は『ふむ』と態とらしく顎に手をやった。

「困った。スイカはまだ丸のまま」

「困ったー、ならば別の者に割ってもらうしかないー」

『という事で少年、ちょいと試してくれー』

「え! 僕ですか?」

 文寛兄弟に背を押され、睦子が困ったように眉尻を下げる。が、文寛兄弟は『よろしく頼んだー』と手際よく棒を持たせ目隠しをして、ブルーシート上へ誘い、くるりと身体を回転させた。

 ここまでやられては仕方ないと、睦子もおどおどと棒を構える。

「いいぞ! 前に進んで!」

 言ったのはこのめで、紅咲も沙羅として「左に……ああ、行き過ぎじゃ。半歩右に戻れ!」と援護している。吹夜も「戻りすぎだろう。それと、身体の向きが違う」と声をかけ、雛嘉はじれったそうに「違う! 反対だ! ああいっそオレがかっぴらいてやる!」と喚き、杪谷に「大人しくしていなさい」と窘められている。

「ここですかね? えいっ!」

「あ!」

 沸き立ったのは、睦子の振り下ろした棒がスイカを叩いたからだ。だが命中、とはならず、スイカの端にわずかのヒビを入れただけで、割れるまでには至らなかった。

「おしいね。いったと思ったのに」

 肩をすくめるこのめに、睦子も苦笑する。

「簡単にはいきませんね」

 スイカは残ったままだ。睦子からタオルと棒を受け取った文寛兄弟は、すすすと歩を進め、別のひとりの両端に立った。

 挟まれたのは定霜だ。濃染の隣で、ひっそりと成り行きを見守っていた。

 突如左右から肩に肘を乗せられ、「は!?」と慌てふためき双方を見遣っている。

「なに驚いてんの。この流れなら次はキミでしょ」

「いい加減、飽きてきたからさー。ちゃちゃっと終わらせてきてくんないー」

「いやっ、でも俺はっ」

 当惑する定霜に手早く準備を施した文寛兄弟は、その背を押して数歩を進ませた。

『問答無用ー、いざ出陣ー』

「っ」

 立ち竦む影。静寂に枝葉が揺れる。

 発される声はない。裏手の山から、鳥の鳴き声がした。

 すっと。定霜が力なく両腕を振り上げる。『一振りすれば終わり』。それがルールだからだ。

 声をかけようにも躊躇う紅咲と睦子が苦々しげに瞼を伏せる中、このめは思いっきり、息を吸い込んだ。

「迅の、馬鹿!」

 響き渡った『このめの声』に、一斉に瞳が向く。定霜も、驚いたように身体をビクリと跳ね上げ、タオルの巻かれた顔をぎこちなく向けた。

 このめは縁側に踏み出て、力の限り叫ぶ。発するのは紛うことなき『このめ』の言葉だ。

「もっと早く言えよ! 信用してたんだぞ! 最初っから……俺たちの『演出』を出来るのは、迅しかいないだろ!」

「っ、このめ……」

「でも、ゴメン! 迅が悩んでるの、本当は俺が気づかないといけなかったのに、自分の事ばっかりで……友達だって、仲間だって言葉に、甘えてた! 俺だって、ちゃんと言えなかったクセに。遠慮してたんだ! けど俺は、迅に遠慮なんてしたくないし、させたくない! 友達だから、仲間だから! だから今度は、ちゃんと見て、ちゃんと言うんだ!」

 肺いっぱいに空気を吸い込む。

「もっと右だーっ!」

 やっぱり言葉は苦手だ。感じている事は沢山あるのに、それを伝えようと思うと、うまくいかない。

 だからこのめは、今できる精一杯を口にした。この胸中にある覚悟と想いが、どうか届くようにと祈って。

 定霜は面食らったように停止していた。肩で息をするこのめの荒い呼吸音が響く。

 だが暫くして、定霜は力が抜けたようにゆるく腕を下ろした。腕を過ぎた後に覗いた口角は、力なくも片方が釣り上がっている。

「……そこかよ」

 眉根が情けない皺をつくる。

 呆れたような嘲笑するような、力ないつっこみに、このめもつられて笑みが湧く。

 と、労るように、ぽんと背を軽く叩かれた。隣に立ったのは、吹夜だ。『朱斗』ではない声色が、木々の囀りに被さる。

「単細部のくせに慣れない事しやがって。大方、自分は演者じゃないからとか思ってたんだろ」

「!」

 図星だ。定霜は息を呑んだ。

 違和感の正体に気付いた時、何よりも舞台を、皆の努力を守りたい一心で、胸中に留める事に決めた。だって自身は、舞台に立つ訳じゃない。文化祭が間近に迫り、演技も固まってきた最中、『たかが裏方』の自分が指摘するには、荷が重く思えたのだ。

 だが『個』を知れば知る程、その熱意を目の当たりにすればする程、違う欲が出てきた。

 こんなに『いいもの』を持っているのに、勿体無い。

 技術も演技も、プロの役者には到底及ばない。それでも定霜には、皆の持つ『個』が輝いて見えたのだ。

 否定出来ないまま強く棒を握り込めた定霜に、吹夜は小さく嘆息した。それから続ける。

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