第30話結束の合宿!⑥
杪谷に付き合う形で入部した雛嘉は、さして『演じる』という事に『ハマって』いる訳ではないからだ。
どちらかと言うと、ウィッグのセットやメイクを施す方が、興味を惹かれた。他の四人と比べて、雛嘉自身は少し『違う』所に居るのだと思っている。
だからと言って、それは演技を疎かにするという意味ではない。
必死に想像力を働かせる。自分の届く範囲で、喰らいついてやるのだ。負けず嫌いな性格なのである。
雛嘉の理解では、獏は碧寿の許可無しでは側を離れない。原作に何度が登場しているが、相手からは出合い頭に突然飛びかかってきているように見える場も、事前に碧寿から『遊んできていい』と許可をとっている。
だが今は、碧寿の許可はない。
だから雛嘉はただ翔達の姿を見るだけに留め、向かっては行かないのだ。
「……なんか、透明なスクリーンがあるみたいですね」
感慨深そうに呟いたのは睦子だ。
これまでなら定霜が相槌を打つだろうが、反射に出かけた言葉をグッと呑み込んでしまったので、濃染が拾う。
「成映達から『キャラ』として過ごしてみようと思うと言われた時は、何を言ってるのかよく分からなかったがな。こうして見ていると、中々妙案に思えてくるな」
また突拍子もない事を、と呆れたもんだが、確かに『理解』を深めるには手っ取り早そうだ。
このめと吹夜からの案だと聞いて、ああ、一つは突破したのかと、らしくもなく安堵した。だがもう一つの『壁』は、果たして例の『作戦』で本当に上手くいくのだろうか。
開いたパソコンで、先日の舞台映像を映す。定霜は記憶が蘇るのか、画面を見ないように距離をとっていた。
このめ達の部屋を「んー」「んー」と観察していた文寛兄弟が、珍しく不満げに眉根を寄せ唇を尖らせている。仕草は芝居がかっているが、眼は真剣だ。
「なんだ、鬱陶しい。悩むなら黙って悩め」
「いや、センパイ気付きません?」
「俺達は感じ取ってますよー?」
『音響効果組の改善点にー』
「なに?」
左右から濃染の肩越しに画面を覗き込むようにして、マウスを奪った文寛兄弟は映像を早送りで見ていく。
「俺達ってキホン、元の舞台に寄せる事ばっか考えてましたけど」
「多分そのまんまだとー、微妙な『ズレ』がでちゃいますねー」
『だって役者が違うからー』
文寛兄弟達の言い分はこうだ。出来るだけ音も演出も本家に寄せていたが、今のこのめ達を見ていると、『キャラ』の雰囲気が異なるのがハッキリとわかる。
例えばこのめは本家よりも朗らかな柔らかさがあるし、吹夜は大人っぽさに欠けるも鋭利さが強く、紅咲は熟練した色気よりもしたたかな可愛気が濃い。
杪谷は持ち前の透明度がにじみ出ているし、雛嘉は端麗な面持ちが冷淡さを醸し出す。
「だから本家と『同じ』じゃなくて」
「それぞれの雰囲気を『生かす』ようなやり方にしないとー」
『場合によっては補うようなー』
「補う? ……ああ、なるほど。場面によって足りない『雰囲気』を、こっちで担うということか」
『さっすが壮センパイ、話が早いー』
折角殆ど固まっていたというのに。そう思うが、異論はない。出来うる最大限を費やすと約束している。
睦子と定霜も巻き込んで、濃染達は『向こう側』と映像を観察しながら、追字だらけの台本を開いて議論を続ける。
気まずそうに視線を落とす定霜は、やはりまだ、話さない。
それは一時間ほどが過ぎた頃だった。
本を読み進めがらも茶々を入れていくる朱斗にゲンナリとしつつ、このめはもう何度目かも覚えていない神経衰弱を終わらせた。
沙羅は手を抜くと言ったのに、中々勝ちを譲ってくれない。二重でゲンナリだ。
「弱いのお、翔。烏天狗の名が聞いて呆れるぞ」
「しょーがないじゃん。オレまだちゃんとコントロール出来ないんだから。わかってて言うなんて、意地が悪いぞ、沙羅」
「所詮は狐だって事だ。わかったらさっさと元いた所に戻してこい」
「いやだから拾った覚えはないって」
「酷いのお、翔。誑かすだけ誑かして放置とは、妖狐よりもたちが悪い」
沙羅もからかっているのだ。扇子から覗く双眸は楽しげに細められている。
別のゲームにしよう、と提案しながら何となくカードをきる。すっかり翔としての意思が先行してるこのめは、不意に碧寿の存在が気になった。視線を転じると、やはり変わらず獏を足元に庭を眺めている。
突然、その姿に言い様のない寂しさと疑問を感じ、このめはすっくと立ち上がった。と、
「翔、何をするつもりだ」
強い力で手首を掴まれた。朱斗だ。赤い瞳が剣呑な光を携えている。
引き止める手を援護するかのように、沙羅も上体を乗り出した。慌てたような顔で、
「放っておけ。大人しくしておるのだ。何もこちらからつつきに行く必要もあるまい」
「うん、そうなんだけど」
このめは笑う。その表情に、吹夜と紅咲はドキリとした。
いつものこのめの笑い方ではない。少し困ったような、それでも大丈夫だと伝えるようなへらりとした笑みは、『翔』のものだ。
「大丈夫。ちょっと、話をするだけだよ」
重ねる掌は殆ど力が篭っていない。だが朱斗は、翔の放つ底知れなさに手を解いた。威圧感ともまた違う、山神たる『烏天狗』の威厳と余裕のような、不思議な気配だった。
当惑気味に、沙羅へと視線を流す。と、沙羅も複雑そうな表情で、小さく頷いた。同じ感覚を共有したのだろう。
次いで二人は、碧寿の元へ歩を進めていく翔の後ろ姿を見守りながら、自身の武器へと指先を滑らせる。碧寿と獏に妙な動きがあれば、直ぐに応戦する為だ。
近づくこのめの姿に気付いた獏は、きょとりと眼を丸くした後、にい、と楽しげに口角を釣り上げ、
「碧寿様、遊んでいいか?」
「まだ、駄目だ」
このめが側に両膝をついてしゃがみ込むと、やっとの事で青い双眸が向けられた。感情はよめない。くるりと煙管が回る。
翔にとって碧寿の存在は、『謎』に近いのではないかと思う。
翔の祖父、そして父と親しかったという碧寿は、半妖である翔を父の『汚点』だと言い、翔を喰らう日を心待ちにしている。
覚醒が不完全な翔など簡単に狩れるだろうに、そうしないのは、『烏天狗』の翔を狩らなければ『復讐』にならないからだ。
けれども翔は、碧寿には微かな迷いがあるような気がしていた。『気がする』のレベルなのは、知らないからだ。
父と碧寿の物語を。
「……父さんの事、恨んでるのか」
訊いたこのめに、碧寿は薄く笑った。
「それを知って何になる?」
このめは考える素振りをして、
「オレがスッキリする」
杪谷は少しだけ驚いた。てっきり、『碧寿を理解したい』のような、翔の振りまく『優しさと弱さ』が先行してくると思ったのだ。
だがこのめは、あくまで翔自身の問題に留めた。
自身の胸中の靄を解消する為だけで他意はないというようなまっすぐな響きは、不思議と杪谷の『碧寿』に戸惑いを与えた。興味が湧いたのだ。
話すも話さぬも碧寿次第。『アイツの息子』に、わざわざ語ってやる義理もない。
だが語ってやっても、支障はない。
「……お前の爺さんは、正に『烏天狗』そのものだった。妖かしを従え人を襲い、人を喰い、人に恐怖と畏怖を与える。お陰で山は住みやすかった。評判を聞きつけ、沢山の力あるものが集まった。人には恐れられていたが、妖かしには慕われていた。ただの荒くれ者ではなかったからだ。幼いオレは、その側で育った。……あの日々に、飽きはなかった」
手にした煙管がくるりと回った。
獏は碧寿の語りにも興味なく、転がりながら暇を持て余している。
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