第29話結束の合宿!⑤
手分けしてダンボール箱を運び込んだこのめ達は、睦子達の手を借りて着々と着替えを済ませた。
今日はメイク道具も準備万全らしく、雛嘉と文寛兄弟の手によって順に化粧を施される。
この三人は事前に、キャラ毎のメイクをどうするか打ち合わせていたらしい。
四苦八苦しながら、はじめてカラーコンタクトを着ける。最後にウィッグを被れば、『変身後』の高揚感がやる気を押した。
「何か、誰かわかってるのに、誰かわかんなくなるね」
黒髪黒目のこのめが呟くと、白髪に赤目の朱斗へと変貌した吹夜が、見下ろして「だな」と肩を竦めた。
紅咲は金の髪に薄い茶目となんだか神々しい。
「みてみて、口紅って初めて塗ったんだけど、似合うでしょ」とご満悦気に笑む姿は、事情を知らない人が見れば異国の女性だと思うだろう。
「スゴいね、なんか舞台役者みたいだ」
「『みたい』じゃなくて、舞台役者なのよ! 少なくとも、文化祭まではね」
杪谷は髪色に近い青目、そして雛嘉も同様の青目になっている。
獏の髪色は緑だが、瞳の色は『親』である碧寿の色を持っているのだ。
「じゃあ皆、準備はいい?」
このめの合図で、装いを纏った演者陣は襖の縁へと横一列に並ぶ。見える顔はどれもやる気に満ち溢れている。
「『キャラとして過ごしてみよう作戦』、開始!」
高らかな宣言と共に、五人は『あやばみ』の部屋へと踏み入れた。
さて、始めてみようと踏み込んだはいいものの、このめは早速迷った。
碧寿達と翔達が共の部屋で過ごす事など、原作では当然あり得ない。だから想像力を働かせる。もし、碧寿達と同じ部屋にいたのなら、翔はドコに座り、何をして過ごすのだろう。
なんだか実際の翔も戸惑うような気がする。
そう感じた瞬間、碧寿がどうするのかが気になり視線を遣ると、気づいた碧寿は薄く口角を上げ、煙管を手に窓辺へと歩を進めた。
追行する獏は好戦的な瞳で見下ろして来たが、まるで碧寿の言いつけを守っているかのように、それだけで何もしない。
縁側沿いの柱にもたれ掛かるようにして碧寿が座り込むと、獏はキョロキョロと周囲を確認した後、ゴロリと寝そべった。
身体も大きく、枕代わりに片肘を立てる姿は可愛気の欠片もないが、漂う雰囲気はまるで暇を持て余した猫のようだ。
碧寿へと視線を遣るこのめを眼に映しながら、吹夜と紅咲もまた、それぞれの行動に思考を巡らせていた。
翔に救われた沙羅は、翔に好意を抱いている。普段のスキンシップも多い。
碧寿達に関しては敵対意識を持っているというよりも、『関わってはいけない』という意思が強いように思えた。事実、翔が碧寿との遭遇を報告してきた時も、『あやつには関わらん方がいい』と忠告している。
ならば。
「翔!」
紅咲は碧寿の姿を物憂げ眺める翔に飛びついた。
「わっ! と、沙羅?」
「なにぼうっとしておるのじゃ。わらわと遊べ。ほら、トランプがあるのだろう? 神経衰弱でもやらぬか」
原作にトランプなど存在しないが、その辺は暗黙の了解だ。この部屋に用意されているモノは使って良いルールである。
グイグイと手を引いて碧寿とは反対の隅へと翔を移動させると、膝を折るようにして腰を落とし、「ホレホレ、早うせい」と畳を叩く。
翔は呆れ顔で「わかったわかった、ちょっと待って」と置かれたトランプを手に戻ってきた。
プラスチックケースを開け、「沙羅と神経衰弱なんて、勝てる気がしない」とボヤきながらも伏せたカードを広げている。
構ってほしい沙羅は、きっと一案提示するだろう。
紅咲は「ならば」とカードを広げる手を止め、出来るだけ緩やかに首筋近くへと指先を移動させると、着物の襟元を少しだけずらし、
「一戦毎に、敗者が一枚脱ぐのはどうじゃ」
「なっ!」
真っ赤な顔でハクハクと唇を動かした翔は、暫くしてハッとしたように「いや! オレの着物が足らなくなる!」と却下する。
なんだか本当にこのめではなく、翔と会話をしているようだ。紅咲は愛用の扇子で口元を隠して笑う。
そんな翔と沙羅のやり取りを見ていた吹夜は、古びた文庫本を手に取ると、翔の斜め横に腰を落とした。
丁度碧寿との間を塞ぐ形だ。何よりも翔を優先する朱斗が腰を落ち着けるとしたら、この位置だろう。
朱斗は普段、沙羅を『化け狐』と呼ぶ。それは沙羅が以前、翔の命を狙って来たのを根に持っているからだ。
けれども信用の有無を問われれば、間違いなく信用の部類に入るだろう。何故なら今の沙羅は、翔を拠り所としているからだ。
「朱斗も入れよ。オレひとりじゃ分が悪い」
誘う翔に、朱斗は首を振る筈だ。
「いいや。オレは札遊びに興味はない。それに、その化け狐を懐かせたのはお前だろう? 責任を持て」
「ちえっ、お前はそーゆーヤツだよ」
「わらわは翔と遊びたいのじゃ、他の者はいらぬ」
「ったく、オレが弱すぎて退屈だって喚くなよ」
「平気じゃ、五分の勝負となるよう調整するからのお」
「面と向かって手加減宣言かよ……。ま、でもそんくらいしてくれないと、沙羅の番で終わっちゃうからな。はい、並べた」
嬉しげな沙羅とジャンケンを交わし、神経衰弱ゲームを始める。
遊んでいるうちに、このめは不思議な感覚に陥った。反射で発する言葉が、自分ではない誰かの言葉のような気がしてきたのだ。
このめ達の姿を、杪谷は目だけで見遣った。そしてまた静かに庭へと戻す。
気づいた獏が、ゴロリと腹を床につけて、見上げてきた。
「いいのか?」
それは『混ざらないで』なのだろうか、それとも『狩らないで』なのか。獏の性格を考えれば、おそらく後者だろう。だから杪谷は、「ああ、いいのだ」と諭すように言った。
碧寿は確かに翔の存在を追っている。だが只の『人間』である翔には、それほど興味がないのだ。
翔が完全な『覚醒』を迎えるまでは、泳がせておく。それが碧寿の『計画』で『呪い』だ。
現状、ここに居る翔は『覚醒前』の状態だろう。杪谷はそう状況付けている。だから碧寿と言えども、この時間は常とさして大差ないのだ。
庭を照らす陽光が徐々に位置を変えるのを望みながら、ただ時が流れるのを待つ。眼前の風景に、あの溢れんばかりの紫陽花が重なる。
ふと、暇を持て余した指が、煙管をくるりと回した。無意識だった。
自身の行動に驚いた杪谷はその妙な感覚をなぞるように、もう一度、今度は意図的にくるりと回した。
「……ふむ」
なるほど。これは良いかもしれない。
達観しているようで、執着を捨てられない碧寿は、きっと、ただ時間を流すだけにも微かな虚無を感じるだろう。だから無意識に、手が遊ぶ。
納得いった様子でまた再び庭を眺め始めた杪谷は、それから時折煙管を回す事にした。目標は碧寿の『癖』にすることだ。
それから時折くるりと周る煙管を眺めながら、雛嘉は大きな欠伸をひとつ。
普段なら控えめにするものだが、獏はそんな気を回さない。だから思いっきり口を開けた。いったい、幾つぶりだろう。
畳の匂いとこなれた腹が、昼過ぎの陽射しと共に眠気を増幅させる。
このまま眠ってしまってもいいのだが(獏としても不思議ではない)、一応、演技という範囲から逸脱させない為にも、雛嘉は眠気に耐える事にした。
とりあえず身体を起こして、ぞんざいに胡座をかく。足に両手を乗せゆらゆらと無意味に身体を揺らしながら、雛嘉は楽しげに遊ぶ翔達の姿を見た。
この部屋の中で、『生きていない』という指摘に一番ショックを感じなかったのは、自分だと思っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます