第27話結束の合宿!③
ひとつひとつ、すり合わせて、繋いで。壊れかけているのなら、また、繋ぎ直せばいい。
言い切ったこのめに、吹夜は小さく笑いながら「なるほどな」と嘆息した。これは了承だ。昔から頼もしい幼馴染が共に動いてくれると言うのなら、こんなに心強い事はない。
このめは駆け出す。確認せずとも、背後にいた幼馴染はほんの数秒で隣に並んだ。
「よし! 走りながら作戦会議! 仲直りの方法と、『俺達の』キャラの理解についてやるべきこと!」
「俺はまだへんこでて、演技とか嫌になってるんじゃないかって配慮はねーのか」
「啓は大丈夫だよ。昔っから本気でへこんだ後は、怖いくらいやる気出る派だから」
「……しかたねーな」
二つの足音を見送った紫陽花が、花弁に溜まった雨水をほとりと落とした。
***
散々頭を捻ったこのめと吹夜は、ひとつの策を思いついた。けれども二人では実行力に欠ける。今、頼れる場はどこだろうと考え、同意見で杪谷へ連絡した。
すると、このめ達の提案を聞いた杪谷は、「僕達も似たような事考えてた」と、ある計画を持ち出してきた。
そこから慌ただしく手回しを始め、なんとか実行へとこぎ着けた翌日。
このめと吹夜が下りたったのは、昼前の北鎌倉駅だ。この時期は紫陽花を目的に多くの観光客が集まり、昔の情緒を残す宿舎のようなこじんまりとした改札には、長蛇の列が出来ている。
なんとか通り抜け、次の降車団体に巻き込まれないよう、改札から離れた路地へと寄る。
約束の時間までは、あと五分ある。だがこのめは不安にかられ、キョロキョロと周囲を見回した。
「ちゃんと来てくれるかな……」
「眞弥センパイが『最強兵器』を送り込むから心配ないって言ってたろ」
次の電車が止まり、雪崩のごとく数多の人が降りてくる。溢れる楽しげな面々の中で、ふと、陰鬱に瞼を伏せるひとりを見つけた。
睦子だ。手には小さなボストンバックを握りしめている。
このめが手を振ると気づいたようで、片手を上げてニコリと笑んだ。
「良かった、来てくれたんだ」
「ビックリしました。急に、合宿だなんて」
そう、このめ達が計画したのは、土日を利用した合宿だ。
初めは学校にある合宿施設の利用を考えていたのだが、今からでは申請が間に合わないだろうと、杪谷が以前使用していたという鎌倉の家での開催となった。
「ところで、凛詠くんは……?」
「まだ、だね」
昨夜慌てて部員に連絡を出した所、睦子は了承の返事を返してくれたが、紅咲は親の説得が難しいかもしれないと難色を示していた。
定霜の件で、紅咲自身も深手を負っているだろう。気乗りしないのもあるのではないかと返答に迷ったこのめに反し、雛嘉が即座に『最強兵器』の投入を申し出たのだ。
定霜は無反応だった。けれどもその件に関しては、濃染が請け負ってくれたと聞いている。
「迅くんも、来てくれるといいんですが……」
「シゲちゃんセンセーに訊いてみたら、アイツはまだ退部届を出してねえって。この部に未練があるんなら、来るだろ」
次の列車が止まる。目を皿のようにして探すと、ふわりと揺れる薄桃色の髪。
「っ、りよん!」
堪らず叫んだこのめの声にハッと顔を上げた紅咲は、「恥ずかしいから」と唇だけを動かして、人差し指を口前にやる。
改札から出て向かってくるのも待ちきれず、このめが駆け出して飛びつくと、「ちょっと!」と慌てた声で少しだけよろめいた。吹夜と睦子も側に寄る。
「一本前に乗ろうと思ってたんだけど、乗り換えで迷っちゃって。遅刻した?」
「いや、ギリセーフだな」
「お疲れ様です、凛詠くん」
「始めて来たけど、遠いね、鎌倉。で、このめはどーしたの? 僕が来ないと思ってた感じ?」
「だって、だってさあ!」
「あーハイハイ、わかったから。心配かけました」
ポンポンと適当に背を叩かれ、このめは渋々離れる。
片手を腰にあてて呆れたように息をついた紅咲は、「まあ、落ち込んではいるけどね」と微かに首を傾けた。
「けど、上演を諦めたワケじゃないから。やるっていうんなら、来るに決まってるでしょ。……アイツがどうするかは、知らないけど」
迅、ではなく、アイツと称した辺りに紅咲の複雑な胸中が見て取れる。おそらくあの日以降、まともに会話もしていないのだろう。
「ところで、『最強兵器』ってなんだったんだ?」
「あ、僕も気になってました」
吹夜に続いて挙手した睦子に、紅咲は「ああ……」と視線を転じて、
「濃染先輩と、文寛先輩達だよ」
「え!? あの三人が来たの!?」
「荷物は準備しておけって言うから脱走でもするのかと思ったら、ご丁寧に呼び鈴鳴らして両親に説明してくれてさ。ほら、濃染先輩なんて、見るからにカッチリしてるじゃん? お陰で両親は安心して応援、僕は堂々と玄関から出れたってワケ」
「それは確かに……『最強兵器』だね」
人の流れも通り過ぎ、周囲が散漫となる。木々の緑が鮮やかに踊る中、流れを逆らってこちらに歩を進める人がいた。
すれ違った数人が、浮ついた瞳で振り返る。夏に近づく熱気を感じさせない涼やかさで、「お待たせ、揃ったね」と杪谷が微笑んだ。
「さすがっていうか、なんていうか……」
「やっぱ別格だな」
どこか悔しげに呟く紅咲と吹夜を「コラ」と窘めて、このめは「急なお願いだったのに、ありがとうございました」と頭を下げる。
倣うように、睦子も「お世話になります」と低頭した。
「誘っておいてなんだけど、昨日連絡した通り、大人数が泊まる想定がない家だから、雑魚寝になっちゃうんだ。ごめんね。和室だから、座布団並べれば多少はマシだと思うんだけど」
自分はともかく、座布団を敷いて雑魚寝する上級生組の姿が、どうにも想像がつかない。
そう思ったのはこのめだけではないようで、吹夜が「面白そうっすね」とフォローのような本音を漏らしていた。
「荷物があるところ悪いんだけど、ちょっと寄りたい所があって。いい?」
「俺はそんなに荷物重くないんで……」
このめの視線を受けた吹夜が「いっすよ」と頷く。紅咲と睦子も同意するように頷いた。
杪谷の隣と後方を陣取りながら、このめ達は路地を進む。既に紫陽花が見事だ。沿道には最近ではめっぽう減ってしまった瓦屋根の門構えが並んでいる。
往来する観光客に弾けそうな細い路地を抜けると、一気に道が開けて、このめの家の二倍はある長身の木々が立ち込めていた。
奥の道へと続く立派な石段の側には、これまた重鎮な寺標が立っている。右も、左も。有名なお寺なのか、写真を撮る人が多い。緑々とした木々の根本には、紫陽花が咲き誇っている。
このめは思わず瞳を細めた。家の近所とはかけ離れた自然の鮮やかさが、目に眩しい。
「『あやばみ』って、ちゃんとした地名の記載はないけど、僕達が慣れ親しんだコンクリートの住宅街じゃなくて、こういったお寺や自然の多い地域が描かれていたでしょ? あの物語の登場人物は、こうした地で生まれ育ったのかなって」
翔達の、生まれ育った場所。彼らは高い木々が年月をかけて更に背を伸ばしていく様や、季節と共に移ろい咲き誇る花々を日常としていたのだろうか。
日差しを遮断する木陰は、それだけで案外ヒンヤリとしている。土の匂いが強い。
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