第23話拗れた糸の不協和音③
「『それで? 鬼が何の用だ? 生憎今、手が離せないんだが』」
離れた位置から傍観していた碧寿が、戯れる幼子を見るように笑う。
「『いやなに。持て余しているようなら、譲り受けようと思ってね』」
「『結構だ!』」
再び飛びかかってきた翔の錫杖を除け、刀で弾き、その衝動によろめいた翔の隙を狙い、朱斗はその身体に鞘を叩きつける。
骨を打つ音が響き、翔が膝をついた。だがほんの数秒で、再び雄叫びを上げて斬りかかってくる。
赤に照らされたライト中で、沙羅は苛々としていた。朱斗の援護に向かいたいのに、目の前の獏が遮ってくる。振るわれる腕に殺気はなく、ただ、遊んでいるようにも見えた。
それがまた、沙羅を苛立たせる。
気紛れのように向けられる短刀を扇子と番傘でいなし、身体を回転させて自慢の蹴りで獏を弾こうとする。だが、
「『おっと』」
やはり獏は碧寿の式神というだけあって、その戦闘力も高い。短刀で防がれてしまう。
再びスポットライトが向いた先。
獏と沙羅には興味がないのか、朱斗と翔の様子を伺っていた碧寿は、残念そうに首を振った。
「『交渉決裂か。残念だ』」
青を照らすライトの中で薄い金属音を響かせ、鞘から刀が抜かれる。
「『ならば……早い者勝ちだな』」
艶めく切っ先が振り下ろされ、翔と組み合っていた朱斗が飛び退く。
うめき声しか発さない翔は突如現れた『新しい獲物』に、「『があああああ』」と突っ込んだ。が、碧寿は涼しい顔で背を伸ばしたまま、刀だけで翔をいなす。
「『こい、翔。俺を狩ってみろ』」
「『う、あ、あああああああああああ!』」
カキン! カキン!
再び飛びかかるも簡単に弾かれた翔を挑発するように笑んだ碧寿は、誘うようにゆるりと首を動かし、舞台袖へと駆け出した。翔が追う。
「『待て! 翔!』」
焦燥の滲む声で叫んだ朱斗が、更にその背を追った。
「『翔! 朱斗! くっ……邪魔じゃ!』」
番傘と扇を振るい、避けるために仰け反った獏の隙をついて、沙羅も駆け出す。
「『鬼ごっこか?』」
短刀の柄で乱雑に首を掻いた獏は、楽しげな笑みでその後を追った。
と、ビデオカメラを繋いだパソコンの画面に、停止のマークが浮かびあがる。
「お、おおおおおおおおお!」
「なんか、なんかっ……!」
「スゲーな」
「ちゃんと舞台になってるね」
「予想以上だワ」
「僕が出てくる所の花吹雪、効果映像作ったの?」
「どうせなら」
「派手にやろうと思ってー」
『本家には及びませんがー』
「効果音のズレは本番までに何とかする。聞いてるか、如月」
「っ! あ、ハイ!」
感動に浸りすぎて意識がボンヤリしていたこのめは、濃染の怪訝な声に何とか思考を手繰り寄せた。
スゴい。本当に、舞台ができている。
本家と比べれば演技も技術もまだまだが、それでもこのめにとってこの映像は、夢にまでみた『自分達』の舞台だ。
処理できない程溢れ出てくる歓喜を滲ませたまま「すみませんっ! よろしくお願いします!」と振り返ったこのめに、濃染は微かに瞠目してから、仕方なそうな顔でメガネの淵を押し上げた。
「まだたったの一場面だぞ。喜ぶには早いだろう」
その時だった。
バンッ! とホールの扉が勢い良く開かれ、息を切らした睦子と武舘が飛び込んできた。
「お待たせしました! 武器、できました!」
「いやー、テープ貼るのって難しいな!」
順に配られていく武器は、ガッチリとした見た目に反して軽い。
「刀のベースはプラスチックのモノなんです。カラーテープを貼って、柄には紐を巻きました。仕込み錫杖は塗装です。ライオンボードっていうので切っ先を作ってるんですが、芯にはプラスチックの棒が入ってるので、気をつけてください。凛詠さんの扇は、近い柄の布で張替えてみました。最近はネットに色んな作り方が載っているんですね」
遅くなってすみません、と眉尻を下げる睦子に、「そんなコト無いよ! ホント! ありがとう瑞樹!」と抱きつこうとしたこのめは、一年総動員で阻まれた。
上級生組は武舘に、先程の映像を見せているようだ。「危ないっ、あ、大丈夫? わ! 怪我する!」なんて悲鳴が聞こえる。
何とか先程の一場面を見終えたらしい武舘は、「あああ……」と胸に手を当てグッタリと呟いた。
「寿命が縮まるかと思ったよ……」
「ヤダわ、シゲちゃん。まだほんの一部よっ!」
「そうなのか……? そうだったか……。先生、心臓持つかな……」
「当日本番中に倒れるとか」
「勘弁してくださいよー」
『普通に迷惑なんでー』
「だよなあ……。あ! 薄目にしておけば」
名案だと手を打つ武舘に、
「それ、結局観てますよね」
濃染がつっこみを入れ、杪谷がクスクスと笑う。
「薄暗いし、輪郭はボヤけるんじゃないかな」
「ああーでも折角のお前達の晴れ舞台だもんな! 観たい! 観たいぞ!」
『なら見ればいいじゃないですかー』
睦子と共に最後の仕上げに付きっきりだったらしい武舘は、「また後で様子を見に来るからな! くれぐれも気をつけて!」と言い置いて小走りで去っていった。
本来の仕事が溜まっているのだろう。
「よしっ! 武器も揃ったし、次に移ろう!」
このめの合図で、今度は頭から順に場面練習を始めた。
各々出ない場面では客席に座り、他者の演技を観る。このめも同様に、出来る限り部員の演技を見た。
舞台に立ち演じるその人の普段を知っているからか、なんだか不思議な感じがする。自身も舞台に立ち、共に演じている時は感じない違和感だ。
たぶんそれは、『その人であって、その人ではない』からだろう。
演じる役者の個はなりを潜め、身体という媒体を使って、キャラクターを生かす。
一番初めにそれを体現した、あの憧れた舞台の、煌めく役者達の知恵を借りて。
丁寧な練習を積み重ねた成果か、場面区切りの流し稽古は概ね順調だった。概ね。
このめ達の誤算は、武具に付けられた飾り紐の存在をすっかり失念していたことだ。
「絡まるわ当たるわで動けないんだけど!」
憤慨する紅咲に、
「本家の人たちは、あんなに軽々使ってたのに……」
「紐にプログラムでも仕込んでたんじゃないか?」
「アタシはまだ短くてよかったワ」
「うーん、腕に巻き付くね」
たかが紐、されど紐。観ている分には華々しいが、実際に扱ってみるとその厄介さが身に沁みる。
あの舞台を演じた役者達は、どうやって克服したのだろう。
(練習あるのみ、かな……)
客席で様子をみていた睦子が舞台下に駆け寄り、
「ちょっ、ちょっと見劣りしますけど、皆さんの紐も短くしましょうか」
「ううん。出来る所までやってみるよ。それでも駄目だったら、調整お願い」
その日からこのめ達は、練習中も本番と同じ武具を扱うようにした。美術棟の下で、色とりどりの紐が舞う。
柄や刀身など、汗や接触で武具が痛む度に、睦子が何度も直してくれた。
濃染と文寛兄弟は、美術棟下の練習にも頻繁に顔を出すようになっていた。曰く、「タイミングを肌で覚えておかないと、間に合わない」らしい。
その言葉通り、次の大ホール使用日には、以前よりも音響のズレが解消されていた。演者陣の紐の扱いも、段々と慣れてきたようである。
目に見えて精度の上がっている舞台を客席から眺めながら、睦子が「スゴいですね」と呟いた。隣に座る定霜が、静かに眼を向ける。
「気がついたら本当にお芝居になっていて、ちょっとビックリしました。早く本番を迎えたいような、けどそれで終わってしまうのだと思うと、勿体ないような気もします」
複雑そうな顔で微笑む睦子の胸中はよくわかる。たった一日の、たった一時間でこの舞台は終わるのだ。
だからこそベストな状態で望みたい。集まった熱意を、観に来た全てにぶつけてやりたい。
定霜は膝上で拳を握り、「なあ、瑞樹」と絞り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます