第三十話 裏切り者の末路

「ねぇ、セイガちゃん。よく、『真面目でいい子』って言われてる連中ってさ、実際のところ、親とか大人とか、力の強い奴に叱られたり殴られたりするのが嫌で、言われたことに唯々諾々と従ってるだけだよね」

「また唐突な話題でございますね。どうされましたか、シリズ様」

「いやぁ、主体性が無いだけの臆病者ってマジで使えねぇなって話」


 真紅の甲冑を来た女勇者・セイガは思い至る。


 以前話していた、トゥーコ以外に撒いた種とやらが、シリズから仰せつかった任を果たせなかったのだろう。その人物を酷評しているのだ。


「いわゆる、真面目なだけのクズ、ということでしょうか」

「そうそう、それ! セイガちゃんいいねぇ、的確な言葉じゃん。ねぇ、セイガちゃん、ガドウ君もさ」


 突然水を向けられた青銅の甲冑が、「は」と短い返事を返す。


「お前ら、俺を裏切れる?」


 真顔で発した。しばし、側近の沈黙をたっぷりと楽しんだ後、破顔する。


「無理だよねぇ。分かるよ。俺に歯向かっても勝てるわけねぇもん。ごめんごめん、意地悪な質問しちゃって。けど、さ―――」


 そして、再び真顔。


「それって、お前らもただ強い奴に付いてるだけじゃね? セイガちゃん、君がさっき偉そうに言った「真面目なだけのクズ」って、セイガちゃんにも当てはまるんじゃねぇかな」


「……」


 顔を覆う甲冑の裏で、セイガの顔が冷や汗に塗れる。シリズは、酷薄な笑顔を浮かべると、こう続ける。


「ま、この世界に転生してきた奴らも、この世界の連中も、大体一緒だわな。主体性のないクズばっかりだよ」


「お言葉ですが」


「ん? どしたのガドウくん」


「我々は、シリズ様の崇高な思想と、統治に賛成するからこそ、お傍にはべることを望んだのです。何があろうと、円卓の十勇者は貴方様を裏切ることなどありません」


「あっそ」


 冷淡にそっけなく返したシリズは、深く腰掛けた玉座から立ち上がった。


「寝る」


「は」

「は」


 膝を折って首を垂れる側近たちに目もくれず歩き出したシリズの思いは、遠く、西の荒野にいるであろう実妹へと向いていた。


「早く来いよ、マコちゃん。お兄ちゃん、暇すぎて死にそう」


※※


 ビリーの魔弾に撃たれた瞬間、視界がブラックアウトした。落下した地面の上で呻きながら、何故と考えるピリスに、こう答える声があった。


「透明化の異能。網膜まで透明になったら、光まで透過して、何も見えなくなる。それを補うのが、あなたの『天使の贈物おくりもの』だったみたいですね」


 柔らかで、よく通る澄んだ声。子供の頃から、寝坊助だった自分を起こすときと同じ声が、ピリスの本名を呼んだ。


「ねぇ、


 異能を解除した。


 月明りの空を目が捉え、自分を覗き込む顔が像を結んでいく。


 少し幼い丸い輪郭。鼻先までずり落ちた眼鏡に、懐かしさを感じた。小さな頃、彼女の目が悪くなっていった時期、まだ大きな眼鏡がたびたびずれてしまい、その度にからかっていた。怒りはしなかったが、悲しそうに笑っていた。


 今の表情と似ているが、あの時よりもずっと、泣きだしそうに見えた。


「マコト……」


 何故ここにいるのか。そんな野暮な質問はしない。


 ビリーはパーティを脱走したのではなく、マコトと結託して、パーティの裏切り者を、ここに誘い込んだのだ。


 自分一人だけがビリーらの捜索に駆り出された時点で、気付くべきだった。本当に、間抜けだ。


「んで、俺はまた兄貴に嵌められたわけですけど」

「悪いな、ジュン坊。ジョーの町で、勇者殿から色の良い契約を貰ったんでな。しばらくはこのお方の指示なしでは動かないことに決めた」


 釈然としない様子だが、とりあえず納得したという様子で頷いたジュンヤ。その隣で、彼に魔法を使わせるタイミングを伺っていたビリーの相棒が言う。


「まぁ、そんなことだろうとは思ってたけどね」

「流石はボニー。愛してるぜ、相棒」

「私もよ、この守銭奴。それとも、これくらいのがお好みだったかしら?」

「ビリーさん?」


 ピリスとの戦闘で負った、命に関わる大怪我と大量出血すら、こともなげに治癒して見せたマコトが剣呑な声を上げる。


「おいおい勇者殿、ちょっとしたジョークだろう。だからその錫杖しゃくじょうを向けるのはやめてくれ。タマが縮む」

「四発も撃ったんだから、とっくに縮んでるでしょ」


 ボニーの罵倒に、無言で大袈裟に肩をすくめてみせる。


「で、勇者殿。この裏切り者の始末をどうつけるおつもりで? ご命令とあらば、脳幹に二発、確実に撃ち込んで見せますが?」

「その必要はありません。転生勇者相手に、殺さないでくださいという無茶な依頼を果たしてくださり、ありがとうございました」

「殺すなって指示がなきゃあ、ジュン坊に頼んで森を焼こうと思ってたんだが」

「ビリーさん。私にその手の冗談は通用しないと、いい加減学んでいただきたい」

「ジョークだと気付けた時点で成長だ。おめでとう勇者殿」


 鼻から、短く強い息を放ったマコトは、倒れ、動かないピリスに話しかける。


「……ええと、そういう、ことなんだけど、ね」


 あまり口が上手な方ではない。そんな地金を出したマコトの声に、思わず笑みを浮かべるピリス。


 その昔なじみの様子はすぐに終わり、勇者になってからずっと放ち続けている、凛とした雰囲気に戻った。


「勇者ピリス。あなたは今から、私たちの仲間ではありません」


 つまり、追放。当然の達しだと思う。むしろ、最大限の温情が掛かっている。本来なら、ここで殺されてもおかしくはない。


「今日をもって、あなたは我々の“人質”です」


「……え?」


「あなたが内通していたシリズ側の情報を、すべて吐いて頂きます。嘘は通りません。こちらには私も、ケンジもいます。そしてそののちに、我々の“協力者”となりなさい」


「ちょっと、待ってよ」


「待ちません。そして、拒否権はありませんよ。ピリス―――いいえ、賀来がらい陽菜ひな、あなたは私たちの手駒となって、シリズ討伐にその身を捧げるのです」


 また視界がぼやけ始めた。今度は、異能のせいではない。


「今日から、。分かったら、ほら、早く立って」


 そうして差し伸べられた手を、掴むべきではないと思った。


 自分なんて、この人に相応しくない。不正は許さず、公正を重んじ、誰よりも高潔で、美しい心を持った彼女が、自分などのために曲がっていいはずがない。


「ねぇ、知ってるかな。昔、花恋かれんが喧嘩した子たちのグループに謝りに行ったときにね、陽菜の名前を出すと、話が穏便に進むの」


 そんなことは知らなかった。そういった剣呑な雰囲気になりそうな場所には、決して近付かなかったから。


「陽菜は色んな人と仲が良かったし、いつもニコニコしてて、好かれてたから」


 そうじゃない。口を開く。


「そんなんじゃないよ。嫌われるのが怖くて、八方美人だっただけ」

「我が強くない貴女だから、出来たこと。多分、私だけじゃ無理だった。ケンジは、肝心なときほど役に立たないし」

「それ、聞かせたらあいつ泣くよ?」


 いつの間に、見上げる空が白み始めていた。


「陽菜は、自分のこと、嫌いなんでしょう?」

「……うん」

「自己主張できなくて、引っ込み思案で、嫌だと思っても逆らえない自分が嫌い」


 酷い言われようなのに、マコトに言われると、とても心地いい。何故だろう。


「私も、自分が嫌い」

「なんで?」

「いつも自分の主張を押し通すばかりで、他人や、友達が、何を考えているのかを慮れないから」

「……そうなんだ。私はそういうの、すごいなって思うんだけど」

「主体性があればいいってもんじゃないでしょう。一人くらい、強い者に従うだけが取り柄の怖がりさんがいてもいいと思う」


 だからね、と、マコトはさらにその細く小さな手を伸ばす。こんな手で、世界を変えようとしているのか、この人は。


「いいから、黙って付いて来なさい。仲間でも、友達でもない。あなたは“使える”から。人を繋ぐ能力。あのビリーさんとも仲良くできるくらいの八方美人なら、それはもう才能だよ」


 ぴゅう、と、軽快な口笛が夜明けの森に響いた。ビリーだろう。ボニーが、肘鉄を食らわせたような鈍い音もした。


「また、裏切るかもしれないよ?」

「ううん、もう裏切らせない。あなたは強い者に付くコウモリ。なら、私が、あのより強いって、証明し続ければいいだけ。そうでしょ?」


 また視界が暗くなった。左手で目を覆ってしまったからだ。


 ごめんなさい、ごめんなさいと泣きながら、ピリスの右手がマコトの手を求めて彷徨さまよう。


「覚悟しなさい。裏切り者の末路がどうなるか、教えてあげます」


 掴んだ手が、を力強く引っ張り起こした。


「さぁて、麗しい友情の茶番も終わったところで―――」

「兄貴、言い方」

「―――寝かせてもらおう」

「いいえビリーさん、すぐに出発します。すべて私の至らなさが招いた事態ですが、体勢を立て直さなければなりません」


 雇われ賞金稼ぎの嘆き声がこだまするクリサリア西部に、朝が来た。

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