第五章 準備

第三十一話 ビリーの提案

 賞金稼ぎギルドに加入し、円卓の十勇者トゥーコを倒し、ピリスの裏切りを処理し、本拠地たるディナの牧場に戻ってきたマコトら勇者一行は、耳の生えた牧場主に暖かく出迎えられた後、間髪を入れずビリーに集合を命じられた。


 まるで授業をするように立つビリーに促され、マコト・ケンジ・コーザ・ピリス・フー・ジュンヤが、食事用のテーブルに着席する。


「じゃあ、私は食事の準備をしてきますのでっ」


 嬉しそうに弾んだ声を出す小柄な小型獣人ケットシーの少女に、この中では新顔であるボニーが「手伝うわ、可愛い主さん」と、調理補助を買って出る。


「ディナ、気を付けておけ。ボニーは味に困ったら辛くする癖がある。香辛料はできるだけ隠して―――っと!」


 細面を丁度掠めるように投げナイフが飛び、悪口を中断させられる。あわあわとしているディナに、ジュンヤが立ち上がり「俺が弾避けになりますよ」と言った。


「いいッスよね、兄貴?」

「ああ」

「さぁ、行きましょうお二人とも。ボニーさん、ナイフは野菜を切るのに使ってくださいね?」


 女性二人を伴って調理場に向かうジュンヤを、ケンジがやや呆気にとられた視線で見送る。


「ねぇ、サトウくん、ちょっと雰囲気変わった?」

「命をやり取りする鉄火場だけが、賞金稼ぎを成長させる。まだまだだがな」


 勇者との戦闘で、全身を矢に貫かれ、危うく失血死しかけながらも勝利を掴み取った兄貴分の活躍に、ジュンヤは“何か”を感じたようだった。そのことを身をもって体験したピリズは、ジュンヤが起こした変化を、我がことのように感じていた。


「その点で言うと、アンタらはまったく駄目だ。話にならない」


 ぴしゃりと言い切られた五人は、押し黙るしかない。


「俺の見立てでは、この中で最も使えそうなのは、ピリス」


 シリズと内通していたことを知っても、それほど驚かなかった仲間たちが、少々面食らう。


「意外だったか? なら、こちらもそうだろう。時点で、フー」


「え? ボク?」


 ディナとそろいの作業着サロペットを着た幼い少年勇者が、自分で自分を指差した。


「二人には共通点がある。自分の異能を、使ってことだ」


 どこか謎かけのようなビリーの台詞に、一同が頭に疑問符を浮かべる。


「例えば、元お仲間のカレン嬢は。人間が動ける限界を超えていたのに、身体にはまったく負担がかかっていない。そんな『天使の贈物おくりもの』を、このじゃじゃ馬の魔弾で撃ち抜いたってわけだ」


「おじさんがした『悪魔の契約』ってやつね。コーちゃん、大丈夫?」


 カレンが話題に出て、すかさずケンジがコーザに話しかける。


「……大丈夫だ。心配するな」


 すべての攻撃を跳ね返す甲冑を着こんだ勇者が、重たそうに口を開く。


「しかし、異能に身体が耐えられなくて自滅したのだとすると、カレンはどうすればよかったのですか、ビリーさん」


 マコトの問いに、ビリーはあっけらかんと、こう答える。


「簡単だ。

「少し、だけ?」

「ブロンディの村で、勇者殿がやっていたことと一緒だ。省略できる詠唱を敢えて行い、威力を抑えて使う。それで十分だ。わざわざ音より速く動く必要なんてない。どんな攻撃も跳ね返さなくてもいい。脳が委縮して、自分が誰だが分からなくなるまで小さくなる必要もない。

 勇者は、どいつもこいつも、異能を使んじゃあない。異能に使。だから、一発食らうだけでボロが出る」

「異能は、用法・用量を守って正しくお使いください、か」


 ケンジが、薬の説明文のようなことを言って、ビリーから教授された『勇者の弱点』をまとめる。


「そういうことだ。で、そのことをある程度分かっているのが、“必中の矢”をひた隠しにしていたピリスと、能力を動物と話すことにしか使ってないフーだけ。あとは全員、ジュン坊とどっこいどっこいだな」


 髭面の賞金稼ぎは、黒の大きな中折帽を取ると、その長身を木の椅子に収める。


「勇者は、『天使の贈物』のせいで、授けられた異能に、本来ならあるはずの弱点がない。そうなると、何が起こるか」


 一旦、全員の顔を眺めまわした後、ビリーはやや声のトーンを高くして言った。


「“。能力の弱点を克服したり、鍛えたり、工夫したりする“努力”だ。転生勇者は、女神マリアンと天使の加護で、文字通り過保護に甘やかされてる。そんな奴に、成長はない。だから、俺やボニーのような、が対抗できるってわけだ。よろしくて?」


「よく分かりました。ビリーさん。さしずめ、私たちは、過干渉な親にスポイルされた被虐待児ということでしょう。皮肉ですね」


「どういうことだ?」と、マコトの言葉の意図を尋ねるビリー。


「私たちは、カレンも含めて、それぞれに理由があって親に捨てられた子の集まりですから」

「おやおや。それは確かに、皮肉だな」


 何のてらいもなく、憐れみも侮蔑も感じさせない口調で言い放ったビリーに、マコトが穏やかに頷く。


「ええ、皮肉です」


「お嬢様方、お食事ができましたので運んでくださる?」


 普段はへそを出した状態のボニーが、珍しく肌を多く覆った服装―――エプロン姿で登場した。いつもは流している長い金髪も、一つ結びにした姿は、どこか所帯じみていて、主にビリーの笑いを誘った。すぐに投げ包丁が飛んで、真顔に戻らされたが。


 久しぶりのディナの料理は、なんとも豪勢だった。サラダ、チーズ、パンはいつも通りながら、メインディッシュが大きな牛肉をパイ生地で包んだ包み焼き。


「皆さんご無事に帰って来てくださったのが嬉しくて、少し頑張りました。食べてくださいっ!」


 たった一人、牧場を切り盛りし続けてきたケットシーの花が咲いたような笑顔に、ビリーですら相好を崩す。


 そんな和やかな雰囲気で始まった食事の最中、ビリーは、ある提案をした。


「勇者殿は、今すぐにでも、シリズを討ちに行きたい。そうだな」

「はい。一刻の猶予もないと考えています」

「契約上、アンタは俺の引き金だ。勇者殿が撃てと命じれば、俺は撃つ。決して逆らわない。だが、その上で、一つ、曲げて欲しいことがある」

「なんですか」

「今すぐ、は無理だ。必ず失敗する。理由は、さっき言ったように、勇者殿たちには、“狩人”としての練度がまったく足りてない。自分の能力の全容すら把握できていない連中に、あの最強は倒せない。それ以前に、シリズに侍ってる円卓の十勇者のどれかに殺される。ここまでは、よろしい?」

「はい」

「そこでだ。俺に、


 全員の、食事の手が止まる。髭に付いたチーズを拭い、ビリーがこう宣言した。


「一年で、最低限、勇者と戦える程度にまで俺が鍛える。どうだ、勇者殿、了承してみちゃあくれないか」

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