第二十七話 ビリーの過去/新たな疑心
結局、またシルバの孤児院に戻ってきてしまった四人は、残りの四人―――ケンジ、コーザ、フー、ジュンヤと合流し、万一騒ぎが領主に伝わってしまう前に町から出ることになった。
「あの“鉄砲玉”が、またやらかしよったか」
シルバが、年老いた身体を安楽椅子に預けて呟く。連れてきたオークの子供は、手当を施してやると、生まれついての頑丈さが活きたか、ほかの子供らと遊んでいる。どうやら、そのままこの家の“家族”になるようだった。
「すまないわね、シルバ。ああなったビリーを止めるのは、私でも無理」
ボニーが、子供達の落書きだらけの壁にもたれかかって言う。
この空間には、ビリーとマコトがいない。所在なさげなピリスが、部屋の片隅から恐る恐る言った。
「何の話してるのかな」
「さぁね。また、お得意の頭のよろしそうな説教なんじゃない?」
「はぁ」
曖昧な相槌を返すピリスは、なんとなく思っていたことを口にする。
「あの、ボニーさんって、ビリーさんのこと、好きなんですか?」
「……どうしてそう思うの?」
「なんとなく、そう思って」
どうにも、ボニーはマコトに対しては当たりがキツい気がした。それは、我らがリーダーが、ビリーとどこか絆めいたものを作りかけていることに対しての牽制なのでは、と、思った。つまり、ただの下衆な勘繰りである。
しばし、シルバが揺らす安楽椅子の軋んだ音だけが響いた。
―――うぅ。おこられちゃうかな。
しかし、口を開いたボニーは穏やかで、かつ、否定も、肯定もしなかった。
「……難しいわね。そういう気持ちで、片付けられる関係じゃないから」
ピリスに、ではなく、自身の内側に向かって語り掛けるような口調だった。
「あいつが持ってる銃は、子供だったビリーが、毎日自分と母親を殴っていた父親を撃ち殺したもの。
最初に、クリーフがギルドの訓練所に連れてきたときも、身体中傷だらけで、おまけに人を―――父親を殺した衝撃で衰弱し切ってた。でも、最初にやったのが親だったからか、あいつは、誰よりも賞金稼ぎとしての素質を持ち合わせてた」
それはどんな? と、ピリスが訊く前に、ボニーは言った。
「殺しを、作業として割り切る心構え。
私は、すごく時間が掛かったし、何年やってもダメな奴もいる。でもビリーは、ギルドに来た次の日には、もう出来上がっていたわ。賞金稼ぎ、特に実行部隊の“先発組”は、あまり長生きできないんだけど、あいつがトップを張るようになってからは、少しだけ寿命が延びたみたい。危険な獲物は、全部あいつが狩ってるから」
だからね、と、金髪碧眼の肉感的な女賞金稼ぎは続けた。
「私たちは、滅多なことでビリーを失うわけにはいかないの。ああいう、頭がいいだけの素人に、いいように使われて死ぬなんて容赦できないわけ」
彼女の武器であるナイフのような鋭い切っ先の言葉を受け、ピリスは一瞬押し黙ったが、どうにか言葉を紡いだ。
「でも……マコトだって生半可な覚悟はしていません。ビリーさんが、自分の父親を殺してしまったのなら、あの子は、自分のお兄さんを殺してしまうかもしれないんですよ。それでもマコトは、色んなことをたくさん考えて、この道を選んだんです。賞金稼ぎと、手を組む道を」
そこで、軽く目を閉じてやり取りを聞いていたシルバの安楽椅子が止まった。
ボニーが、ほっと息を吐く。
「まぁ、あいつだって本気でやりたくない仕事は断るしね。それがやるって言うんなら、何かあるんでしょ。でも、覚えておきなさいね、お嬢ちゃん」
「なにをですか?」
「今回みたいに、私たちは依頼と契約さえあれば勇者とだって手を組む。それは、アンタたちより色の良い話があれば、すぐに
「……私たちのことを、いつでも裏切るっていう宣言、ですか?」
「私たちが誰と契約してるのか忘れたの? 地獄の沙汰も金次第よ」
緊張感が生まれたのは数刻だった。
部屋の扉が開き、ビリーが入ってきた。
シルバがくつくつと、乾いた笑い声を
「ママにこってり絞られたと見えるな」
「実の母親より怖かった」
と、わざとらしく肩をすくめた男の後ろに、いつものすまし顔を貼り付かせたマコトもいた。
「さてご婦人方、ジュン坊たちが来たら、出発だ」
そして、何事もなかったかのように、そう言った。
※※
それは、ビリーですら反応が遅れてしまうほど、突然の襲撃だった。
何故なら、その殺気は突然にやってきたからだ。ジョーの町の要所、女神教の神殿にある、
対象はボニー。彼が前に躍り出なければ、彼女の彫りの深い美しい顔は、このクリサリアから消失していただろう。
彼、とはジュンヤのことだった。
ビリーが指示を出したわけではない。ただ無我夢中でボニーを庇い、その結果として彼の顔のパーツは一旦すべて消失し、首は胴体と離れ離れになったが、数刻も経たぬうちに「いってええええええ!!!!」という正直な絶叫と共に復活した。
「さて、改めて、我が勇敢なる弟子、サトウジュンヤに、皆さま大きな拍手を」
拍手は起こらなかったが、代わりに焚火が爆ぜる音が代役を果たす。
今は夜。
全速力で町を飛び出し、荒野を駆け抜け、暗くなり野宿となった。その夕食の席である。
「そして、怒らないから裏切り者は手を挙げろ。なに、安心しろ、苦しませる殺しはしない主義だ」
ビリーはそう言ってから、コルトを構える。だが、マコトが魔法で物理障壁を張っているので無駄だ。
それ以外にも、もう一つ撃てない理由がある。
「勇者殿に、新たな契約を結ばされてしまったので、許可なしでは撃てない」
その理由をあっさり白状し、銃をしまう。
「だが、それさえあれば問答無用だ。楽しい犯人探しと行こう」
光を宿さぬ目は、油断なく居並んだ勇者たちをねめつけている。
「まず、直接狙われたボニーと、ジュン坊は外して構わないだろう。ジュン坊が根っからの自殺志願者だったら別だが」
「勘弁してくださいよ兄貴ぃ。あと、そっち行っちゃだめッスか?」
「あら、つれないわねジュンヤ。今夜はこのまま一緒に寝てあげてもいいのよ? わたし、子宮がないから、上手くできるか分かんないけど」
「んな笑いにくいエログロブラックジョークはいらねぇ! あと、悪いけど、アンタにくっつかれると明らかにPTSDっぽい症状が出るから離れてくださいッス!!」
それでも、ボニーはギュッと抱いたジュンヤの首元を離そうとしない。自分を間接的に殺そうとした裏切り者候補には近付きたくないという思いもあるのだろう。
ジュンヤが、ため息によって震える身体を収めにかかるのをよそに、ビリーによる尋問が始まった。
「まず、ケンジ。何故“千里眼”を使わなかった」
「……ものすごく情けないけど、油断してた。あと、やっぱりこの眼って見え過ぎちゃって、あんまり使うと頭がおかしくなりそうになるんだ」
「そうか」
その返事は冷淡そのもので、個人の事情など酌量しないという、強烈な叱責の意思を伴っていた。ケンジは黙って俯く。
「次に、鎧くん。君はまだ、賞金稼ぎが憎いかい?」
「ああ、そうかもしれない。アンタ個人のことだけでいえば、存在自体許せないくらいだ」
だが、と、少し肉がつき過ぎた顔をしかめ、語気を強くした。
「俺はマコトという勇者に付くと決めている。その意志は変わらない。だから、アンタへの憎しみも、今は堪えてやっている」
「それはありがたいことだ」
軽薄に言い放つと、今度は、最年少の勇者に矛を向けた。
「正直、今のところ一番疑っているのはこちらの動物使い様だ」
「ちょっと待ってよ!」
ピリスが叫ぶ。驚愕と困惑がないまぜになった表情のフーを、庇うようにしながら言う。
「この子が何をしたって言うの!?」
「魔法封じの結界内で、誰にも気付かれず、外部の、それも遠く離れた町の勇者と連絡を取る手段は限られてる。フーの能力は、足の速い鳥や馬に手紙を持たせるには最適だ」
「だからって、まだこんなに小さな子を……!」
「俺が親を殺したのは、フーくらいの歳だった。やろうと思えば、やるさ」
ピリスは黙って頷くも、納得はしていない顔だ。
「そういうアンタだって十分に容疑者だぜ弓嬢。朝早く、町の外に出ていただろう。結界の外に、だ」
「だとしても、私にはマコトが使えるような通信の魔法は使えない―――っていうか、私は魔法が全然使えないの」
初耳の情報だった。ビリーはマコトに確認する。
「確かか、勇者殿」
「はい。珍しい例ですが、ピリス以外にもそういう勇者はいます」
「そうか、といっても、勇者殿の言葉も鵜呑みにできない状況だがな。先ほどはフーが怪しいと言ったが、最右翼はアンタだ。何しろ、万能の魔法使い様だからな」
「あんた自身はどうなんだ、賞金稼ぎ」
コーザが挑みかかるような目つきと声色で言ったが、闇夜の炎に浮かび上がる髭面はそれを軽くいなした。
「俺は、金にならない殺しはしない。確かに、積まれればボニーだってやるだろうがな」
酷薄な言葉に、相棒の女賞金稼ぎは無反応。彼女に未だ抱き着かれた状態のジュンヤは、所在なさげに目線をあちらこちらにやるばかりだった。
そうして、何の結論も出ないまま、夜が更けていった。
そして、深夜を回り、未明に差し掛かった頃。
ビリーがボニーとジュンヤを伴い、野営地を抜け出した。
脱走。
気付いたマコトは、すぐに仲間の一人を起こし、追わせた。
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