第二十六話 賞金稼ぎの一面
城塞都市ジョー。
魔王が健在だった当時は、クリサリア西部への反転攻勢の要所だった街である。
バーゼのようにふざけた立地ではなく、領主の城と女神マリアンを奉る神殿を兼ねた建物が、敵の攻撃に備え大陸第三位の運河を背にしている。
数々の魔物の侵攻も耐え抜いた高く堅牢な城壁は、石畳と煉瓦でできた迷路のように入り組んだ城下町を、ぐるりと囲っている。
今は、東と西を繋ぐ交易の基幹で、力より金、駐屯する勇者より商人が力を持っていることから、ビリーら賞金稼ぎのような“反体制勢力”には、身を隠すのに最適な街の一つだった。
トゥーコの賞金で潤った懐が役に立ち、一行は、領主や他の勇者の目が届かない場所に宿を確保できた。
そして一夜が明け、日が昇る直前の時間。
「やぁ、弓嬢」
「ひゃあ!!?」
二つの影が、城壁の外、運河のほとりにあった。
多種多様な魚と水棲の魔物も潜むが、交易船や漁師といった彼らの“獲物”も寝静まっており、水面は凪いでいる。
「朝飯の調達か?」
「あはは、コッソリ弓の練習を……」
ピリスは、起き抜けでぼさぼさとした長い茶髪を慌ててまとめにかかる。
「ビリーさんは? どうして」
「ボニーが襲ってくる気配があってな。逃げ出してきた」
「ああ~、本当に毎晩やってるんだ」
「冗談だと思ってたのか?」
いつもの、茶目っ気を多分に混ぜた
「さっきの一射を見させてもらったが、随分と飛距離は出ていたな。運河の向こう岸まで飛んだんじゃあないか?」
「そうなんですよね~。やたらと力だけはあるから、どこまでも、びゅーん、て、飛んで行っちゃって」
弓兵らしい胸当てと、
「駆け出しの頃、必ず当たる矢を撃つ勇者とやりあったことがある」
ビリーは昔話をしながら、コルトを引き抜き、静かな水面に銃口を向ける。
「そのときにおやっさんから言われた。すべての射撃は、あの異能と同じだと」
「どういう意味?」
「本物の射手は、撃つ前に当たることが分かってるってことだ」
その言葉が終わると同時に、耳をつんざく破裂音。ピリスが真っ白な硝煙を咳き込みながら払うと、水面には一匹の魚がこと切れていた。愛銃を左の腰にしまったビリーは、細く小さな少女に、いつもの如く言った。
「こういうことだ。よろしくて?」
「……それって、要するにめちゃめちゃ練習しろってことですよね?」
「その通り。外す自分を想像できないほどに、撃って撃って撃ちまくれ」
「……はい!」
怪訝な顔はすぐに引っ込み、臆病だがさっぱりとした性格の弓使いの女勇者は、元気よく返事をした。
「ところでな、弓嬢」
「なに?」
「何で透明になれるのに、そんな外套を羽織る?」
「ええと、なんていうか、弓兵だし、形から入ろうかなって」
日が昇り、動き出した街の外で、滅多に聞けない賞金稼ぎの笑い声が響いた。
※※
太陽が中天に位置する時刻。
このジョーの町を出ると、あとは野宿になるということで、一行は二手に分かれて買い出しに出かけた。
話を聞くと、この町にいた勇者は今朝方王都バーゼに呼ばれ、出立したらしい。
マコトたちにとっては朗報だったが、同時に不安も抱く。
「あまり首都の守りを固められると、作戦の遂行に支障が出そうです」
「そんなに気に病むことはない。ちょっとした気まぐれだろうさ」
こちらは、マコト、ボニー、ピリス、ビリー。男・女で別れる提案もあったが、コーザがビリーと共に行動するのを嫌がった。
「ご婦人方、ちょっと、時間を貰えるか」
と、ビリーが、裏町の一角で立ち止まった。とある少し大きな家に入ると、女性陣三人もついていく。
「ああ、ここね」
「ご存知なのですか、ボニーさん」
「入れば分かるわ。危ない場所じゃあないから」
ボニーの言う通り、そこには剣呑な雰囲気は無かった。
子供たちの嬌声が聞こえる。
民家を利用した、簡易的な孤児院のようだ。
それも、オークやドワーフ、ゴブリンといった、人型亜人種専門の。
「やぁ、ビリーにボニー。久しぶりだね」
院長はヒト族の老人シルバ。エッガー老と同じくギルドの金庫番で、賞金稼ぎたちに必要な物資の調達を行う商人でもある。
「子供たちに会っていくかい?」
「いや、アンタに挨拶しに来ただけだ。少々面倒なことになるかもしれなくてな」
「ふむ、肝に銘じておこう。そこのお嬢さん方は、お前の雇い主かい」
「そうだ、こき使われてる」
シルバは温厚な笑みを浮かべると、「この悪ガキをよろしく頼むよ」と、マコトに言った。
※※
「あの場所は、ビリーさんとどのようなご関係が?」
院から出ると、早速マコトが事情の説明を求めてきた。
ビリーの代わりに、ボニーが答える。
「ビリーの賞金は、常に何割かあの孤児院に入ってるのよ。まぁ、本人は柄じゃないことしてる自覚があるから、あまり触れて欲しくなさそうだけど」
裏町らしく、行き交う人々は顔つきも背格好も多種多様。頭にとんがり耳が付いているケットシーもいれば、神秘的な雰囲気を漂わせたエルフに、褐色の肌をした黒魔術師と思わしき一団もいる。まさに人種の
「魔王がいた時代には、こんな光景もなかったそうだな」
雑踏をその長身を活かして先導しながら、ビリーが独り言のように言った。
「ディナのようなケットシーや、ギルドのエルフ、それに、生まれつきの魔力適正で忌み子にされてきた黒魔導師。そういう、被差別階級や奴隷扱いだった連中の保護や解放は、勇者が王になってから急速に進んだ。知ってるさ。だが、そうじゃない奴らも、まだ大勢いる。そういうのは決まって、あいつらのように見た目がイマイチな種族だ」
自分が保護した子供たちを持ってきて、「見栄えが悪い」とはっきり言い切ってしまうビリーの言葉を、頭の固いマコトはまたも真正面から受け取る。
「はい。否定はしません。どうしても、救う命には優先順位がつけられてしまいます。見た目のいい者から保護されていく。そんな、『弱者の序列化』は、私たちの世界でも問題でした。
我々の手が回らないところを、ビリーさんは私財を投げ打ってやってくださっている。立派だと思います」
「そう褒められたもんじゃあない。ただの、憂さ晴らしだ」
「どういう意味?」
ピリスの質問に、ビリーは突発的に起きた騒動への対応で答えて見せた。
そこは、痩せぎすなオーク族の子供が店番をしていた露店だった。
客が怒鳴り声を上げた。豚のような顔面をしたオークは力があり頑丈だが、人語を操るのが不得手だ。ふがふがとどもる接客が要領を得ず気に障ったか、客が子供を殴りつけ、呼ばれた店主も、持ってきた棍棒で無抵抗の子供を強かに打ち付けた。子オークは、ぶひっ、と鳴き声を上げると、その大きな頭と鼻から血を流して倒れる。
その光景に、ほとんどの人間は見向きもせず、気付いたとしても知らぬ存ぜぬで足早に通り過ぎるばかりだった。
が、直後に聞こえた銃声は、無視することができなかった。
客と店主が、撃ち抜かれた足を押さえて倒れる。
その頭を、ビリーの履いた堅いブーツが踏み抜く。その一撃で頭蓋が割れてもおかしくない、遠慮のない攻撃だった。
「ビリーさん!!」
マコトが
中折帽のガンマンは、くすんだ色の瞳を、初めて見る炎に染めていた。
深い、憎しみの色。
「今すぐに足をどけてください! さもなくば、無力化させていただきます」
この街も魔法封じがかかっていたが、マコトには関係ない。錫杖を迷いなく突き付ける。
「……」
周囲が突然に起こった事件に色めき立つ中、ビリーはそっと、銃をしまい、矛を収めた。
「ビリーはね」
ボニーが、誰ともなしに呟いた。
「自分を虐待してた父親をあの銃で殺して、賞金稼ぎギルドに来たのよ」
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