第十九話 賞金稼ぎの覚悟/勇者の連携

 住人の避難がほぼ完了した教会の前で、賞金稼ぎコンビのビリーとボニーがそれぞれの武器を手にし、その背後に太ったロホと痩身のチコが控えていた。


「あの女勇者様は、トゥーコに勝てるのかね」


 ロホが、誰ともなしに尋ねる。


「今まで言ってなかったんだが、俺のカミさんと子供は奴にやられた。殺され方も今回と同じだ。悔しいが、殺しに関しちゃあ、あのわけぇのより上だ」


 それに答えたチコの声は、家族を喪った沈痛さなどおくびにも出さない淡々としたものだった。


 怒りと憎しみに囚われる者から先に死んでいく。

 それは、すべての賞金稼ぎの大原則だった。


 ロホやチコのような、ある程度の年齢を重ねてから仕事を始めた者たちにとっては難しい作業だが、苦節五年で、何とかこなせる程度にはなった。


「そうか」


 だから、ロホの反応もまた、淡泊そのものだった。無駄口を叩く間も、目は油断なく敵の襲撃を警戒し続けている。


「ねぇ、ビリー。まだはあるの?」


 前列のボニーが、左隣に立った背の高い髭面に訊く。


「あるが、少々心許こころもとないかもな。おやっさんには叱られそうだが」

「なら、今のうちに済ませちゃいましょう」

「そうだな」


 言うが早いか、ビリーは露出の多い金髪の相棒を抱き寄せ、唇を重ねた。そして、互いの舌を差し入れ合うと、しばらく互いの口腔をのたうち回った。


 その性的な光景すらも、ロホとチコの中年コンビはまったく意に介さず、警戒を続けている。


「……はぁ、どう? 坊や、?」

「ああ。六発は撃てそうだ」


「ロホよ」

「なんだ?」

「てめぇの息子も『悪魔の契約』の素材は精液なのか」

「そうだ。まだガキだから、一日一発が限度だな」


 賞金稼ぎには、二種類の人間がいる。


 一つは、ロホやチコのような、普通の一般人が訳あって転職した“後発組”。


 もう一つが、ビリーやボニーのように、幼少期から賞金稼ぎになるべくギルドで特別な訓練と、『悪魔の契約』を施された、“先発組”だ。


 二つの間に待遇の差はない。


 だが、事実上、勇者に対抗しうる手段が勇者の優位性を剥ぎ取る武器―――『悪魔の契約』に基づいたビリーの魔弾や、ボニーのナイフしかない。


 そのため、“後発組”の役割は、必然的に“先発組”の露払いや後方支援となる。


 カレンにロホが処刑されるときに出てきた息子は、彼の実子だった。“先発組”の賞金稼ぎ見習い。ビリーの射線を開けるために敢えてあのような行動をした。技術的には未熟でも、精神的には立派な賞金稼ぎになった


 チコは思う。


 できることなら、ああいった危ないことは子供にはさせたくない。


 マコトたちがモンコに現れたときも、殿しんがりを代わってやりたかった。


 “後発組”にできることは、実のところ、とても少ない。


 チコは、勇者の襲来に備えつつ、頭の片隅では、いざとなったら“先発組”の盾にならなければ、そんな覚悟を決めていた。


※※


 火事に怯えているのか、上空を小さな鳥たちが騒いでいる。


 トゥーコは耳障りだと思いつつ、もし危うくなったらあいつらに変身して逃げればいいと算段をつけた。


 初手の襲撃後は、全員一カ所に避難したと見え、どの家も空っぽだった。腐っても勇者を狩る賞金稼ぎたちか。こういったときのマニュアルも完備されていたのだろう。


「バカが……!」


 ならば、その避難場所に、逃げ遅れた被害者の一人に変身して潜り込めばいい。こっそりと静かに一人ずつ消してやる。


 トゥーコは、嗜虐的な笑みを浮かべる。

 

 すると、牧場の作業着姿の子供が、所在なさげに狭い通りを歩いていた。


 はぐれたのか。丁度いい。このガキを殺し、化けて避難所に向かうとしよう。


 そう決めると、トゥーコは早速物陰に隠れ、一体の小さな分身を作り出した。掌に乗る程度の大きさ。いざ標的の体内に入るときはもっと小さくなるが、近付く時はこれで十分。


「さぁ、行け」


 小さなトゥーコが、子供に向かって駆け出す。分身は、四肢の感覚や思考回路を共有しているが、あまり出し続けているとそこに微妙なブレが生まれる。特にどうということもないが、気持ち悪いので、あまり長いことしないようにしている。


 とはいえ、体内で心臓を一突きするだけの話。二分とかからない。既に分身はガキの足元まで来ていた。


 プチ。


「……あれ?」


 急に分身の視界が暗転した。


 次の瞬間、予想だにしない力によってトゥーコの身体が宙を舞い、背中から叩きつけられた。


「ぐはぁっ!」


 さらに、腹の辺りに息がつまるほどの重みを感じた。まるで、百キロの重りがのしかかってきたような。転生による身体強化がなければ、内臓が潰れてしまうほどの力だった。


「もう透明化は解除して構いませんよ、ピリス」


 澄んだ、よく通る声がトゥーコの耳朶じだを打つ。


 目の前に、無骨な甲冑の男が現れた。彼の腹に掌底を乗せている。


「テメェ……! コーザか!!」


 シリズから受け取っていた情報と照らし合わせて解答を得る。


 反射の力を持つ鎧。コーザは今、自動で使うことができなくなったそれを任意で発動していた。


 対象はトゥーコの身体。それを反射し続けることで、彼は半永久的に強烈な力で地面に抑えつけられることになる。


「ビンゴだ、卑劣漢トゥーコ


 いつか銃使いの賞金稼ぎに言われたことを再現するように、コーザが気取った声を上げた。


「お前は、一定時間が経つと分身を解除していたな。そのわけは、からだ。

 お前は他人を恐れている。。それは、


「コーちゃん、よくもまぁ僕がやった分析をそこまで自信満々に話せるね」


 ケンジが、少々呆れた声を上げた。“千里眼”の勇者は、コーザを押し黙らせると、トゥーコにも言葉の矛先を向ける。


「あ、アンタのちっちゃい妖精さんを踏み潰しちゃったのは僕ね。トゥーコさんって、。本当だったら塵みたいに縮むこともできるのに、それはできないんだよね。ちっちゃい虫とか鳥に食べられちゃいそうだからかな?」


 トゥーコは混乱していた。


 何故だ。こいつら、どこから現れた。どこで俺のことを見ていた。動けない身体で、唯一自由に動かせる眼球が目の前にある空を向いた。


 ずっと、鳥の鳴き声がうるさかった。


 まさか。


「僕の友達が教えてくれたんだよ」


 小さき勇者フー。作業着サロペット姿の動物と意思疎通ができる能力者が種を明かす。


 マコトが索敵魔法を解除してからは、鳥や虫といった彼の“友”が、ずっとトゥーコの位置を知らせていた。


「で、姿を消していたのはこの人の能力、出ておいでよピリスさん」


 ケンジが、そう言って仲間に呼びかけると、何も無い空間から、弓矢を携えた弓兵の勇者が現れた。


「透明……化……」

「ご名答」


 ケンジが、息も絶え絶えになりながら言ったトゥーコに手を叩き称賛する。透明化。自身と、自身が触れている物を見えなくする異能。


「畜生、テメェらなんかに……!」


 トゥーコの、それ以外に動かせない表情筋が使われ、憤怒に歪む。

 彼にとっては、完全に格下と侮っていた敵に嵌められた格好であった。


「トゥーコさん、あなたを逮捕します―――!!」


 言い放ったマコトは、しかし、一つの大きなミスを犯したことに気付く。

 それに気付いたときにはもう、改めて索敵魔法を使ったところで、遅かった。


「……まだ、一体残っていた」


 動物たちによる監視には、おのずと限界があったのだ。


 トゥーコを捕らえた段階で、すぐに他の分身がいないか確認すべきだった。


 分身はすべて、トゥーコと同じように考え、行動する。

 いうなれば、すべてが彼の本体である。


 で、あるのなら、一体でも“自分”が残っている限り、トゥーコは止まらない。


 自らの過ちに蒼白となったマコトの顔を、トゥーコが視界に捉えた。その顔は先ほどまでとは打って変わって、勝利に打ち震えたものだった。

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