第十七話 開戦、勇者VS勇者

「申し訳ありません、クリーフ様。我々の不手際で、ギルドにご迷惑を」


 マコトが謝罪する。賞金稼ぎギルドのおさクリーフは、険しい顔のまま、長椅子からその大柄な体躯を持ち上げ、白のローブを着た女魔法使いに正面から向き合った。


「何も、お嬢ちゃんたちのせいとは言わねぇさ。もともと、恨みを買って当然の職業だ。こんなことも、初めてじゃあない」

「前にもあったのですか」

「支部の一つが潰された。ギルド発足からすぐ―――二十年前くらいか」

「俺たちはさっぱり知らない話だ」


 ビリーが付け加える。


「どうする、おやっさん。勇者は闇討ちしてきやがる」


 でっぷりとした中年賞金稼ぎのロホが言う。


「姿が見えねぇんだ。奴ら、何人かで攻めてきたみたいだぜ」


 チコがそれに続く。こちらは痩せぎすな体型。


「数人? そいつは妙だな」


 ビリーが異議を唱える。


「この村は全体に魔法封じの結界が張ってある。勇者殿やシリズほどの大魔法使いでなけりゃあ、姿を消す呪文や呪術は使えないはずだ。

 同じ異能を与えられた勇者はいるが、消える能力者が、そんなに多くいるとも思えない」


 そこに、今度はクリーフが推測を重ねる。


「それにだ、勇者って連中は、基本的に“勝てるいくさ”しかしない。同じ転生勇者、さらには、円卓の十勇者様と一戦交えようなんては、この世界の勇者の精神性から最も遠いところにいる」

「クリサリアの勇者は勇気がないか、言われちゃったね」


 賞金稼ぎを束ねる頭領の皮肉な発言に、ケンジが渋い笑みを浮かべる。


「つまり、コソコソ隠れて私らを闇討ちしてる勇者様は、単独ソロってことね。それに、そこにいる勇者パーティより強いっていう自信がある人間」


 ボニーが二人の意見をまとめる。


「そんな奴ぁ、この世に十人といないぞ。……そう、だ」


 クリーフはそう言って、マコトたちにニヤリと笑って見せた。


「敵もまた、円卓の十勇者ということですね」

「そうだ嬢ちゃん。狙いは賞金稼ぎおれたちと、王に牙を剥こうとしてる反逆者のあんたらってとこか」


 勇者王シリズの差し向けた刺客。と、そういう結論に達した。


「さて、ボニー、ロホ、チコ、三億を獲りに行くぞ」


 ビリーが右手で帽子のつばをピンと弾き、左手で腰に下げたコルトを撫でながらうそぶく。金髪の美女はやれやれといった様子で、中年の賞金稼ぎコンビはやや緊張した面持ち。


「待ってください」


 しかし、マコトが、いざ戦場に向かわんとする賞金稼ぎたちを、澄んだ声で止めた。


「目的の半分とはいえ、このギルドと、村が狙われる原因を作ったのは、やはり私たちです。

 それに、未だ皆様には、私たちが本当にシリズを討とうとしているのか、疑問があると思います。ここまでが、ギルドを崩壊させるための奸計かんけいなのではないか、と」


 彼女の言葉を聞きながら、クリーフは再び長椅子にどっかと腰を据えた。マコトは、その射貫くような視線を真っ直ぐに捉え、言った。


「言葉をどれだけ尽くしても、態度に示さなければ何もご理解いただけません」

「それで? あなたたちも“狩り”を手伝ってくれるっていうの? ありがたいわね」


 どこか皮肉めいたボニーの言葉に、しかしマコトは首を横に振った。


「いいえ、ボニーさん。手伝うのではありません」


 年若い白の大魔法使いは、右手に握った錫杖を傾け、両手でしっかと持った。


 その背後には、四人の勇者。ケンジ、コーザ、ピリズ、フー。


 彼ら彼女らを一度振り返り一瞥し、宣言した。


「ここは、私たちが戦います」


 クリサリアの歴史上初めて『転生勇者同士の戦い』の火蓋が、切って落とされた瞬間だった。


※※


 教会の外に出ると、村のあちこちから火の手が上がっていた。


 村人たちはギルドのある教会と、村の中心部にある給水塔と役場の辺りに集められていた。


「人を一カ所に集めたことで今のところ収まっちゃいるが、初手でざっと二十人死んだ。全員、目立つ外傷はなかったんだが、転がった死体を起こした瞬間に、口から大量に血を吐き出したらしい」


 ビリーが、マコトらに被害状況を説明する。


「内部を、やられたってことッスか」


 ジュンヤが言う。彼は、何故かずっとビリーの傍から離れようとしない。


「そう、お前が岩竜をやったのと同じだが、もう少し、しなやかなやり口だな」

「どうせ俺はハズレ能力者っスよ」


 マコトが、情報を頭でまとめつつ、仲間に指示を出す。


「同時多発、内部より攻撃―――分かりました。ケンジ、あの火事になっている箇所からお願いします。異能は恐らく、“身体変化”」

「了解」


 千里眼せんりがんの少年勇者が、普段のおちゃらけた様子をひそめ、真剣な眼差しで、燃える家屋を見据える。


「―――よし、補足。マコちゃんの予想通り、自分の身体を小さくしたり、分身を使える能力だね。擬態も、変身もできるっぽい。何でもありだね。

 当然、分身は全部生身で、数に上限は無い。やろうと思えば魔王にだって姿を変えられると思う」


 マコトは、淡々と告げられた敵の規格外の能力に驚かなかった。


「はい、ありがとうございました。ではひとまず、索敵の魔法をこの村全体にかけて、これ以上被害が出ないようにしましょう。魔法封じがかかっているから、どこまでできるか分からないけれど」


 やや自信なさげに発動されたマコトの魔法は、それでも、ブロンディの村を覆い尽くし、既に三十人以上に分裂していた敵を、すべて補足せしめた。


「どうやら、一旦分身を解いたようです。……ッ! あの人は―――」


 マコトが、微かに表情をしかめる。


 「知り合いかい?」


 と、ビリーが訊く。マコトは首肯する。


「トゥーコ。私たちよりもずっと前に転生し、円卓の十勇者の地位を得たベテランです。そして、

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