第十六話 ギルド長クリーフ

 ギルドの奥の部屋は応接間になっており、見事な白髪の口髭を蓄えた壮年の男が、革張りの長椅子にふてぶてしく座っていた。


 服装は、ビリーと同じ、竜革の胴着ベストの上に古代民族ケト紋様の外套ポンチョを羽織ったガンマンスタイル。おあつらえ向きに、その右の腰には銃が差さっていた。


 それを見たケンジが「マジかよ」と感嘆の声を上げた。


「おっと、ウチのが気になるか、“千里眼”のアンちゃん」


 しゃがれた、渋みのある低音が発せられる。声色は陽気だが、自然と威圧感を持たせる声量だった。


「何で僕の能力知ってんのかな」

「監視されていたのでしょう。恐らく、山を越える前から」


 マコトが小声で問うたケンジの疑問に、そう推理した。


「そんなことはしちゃあいない」


 と、ギルド長は含み笑いで言った。


「これでもアンタら勇者を相手に、二十年、生き残ってきた。一目見れば大体の能力は見当がつくし、対処法も思いつく。たとえば、“千里眼”は相手の体調や身体能力、思考まで読み取っちまう能力だが、人間の処理能力を超えた情報が常に頭に入ってきちまう。アンちゃん、普段は能力を制御して、抑えて使っているんだろう。そうじゃなきゃあ、こうしてまともに会話すらできねぇ。見え過ぎるのも、問題だな」


 ケンジは図星を言い当てられたようで、普段の軽薄な表情を引いて黙り込む。


「まぁ、そう落ち込むなケンジ。このクリーフのおやっさんは、ある意味転生勇者以上の化け物だ」


 ビリーが言うと、クリーフは「はっ!」と大袈裟に笑った。


「随分というようになったな、ええ? 未だに勇者一人倒すのに弾を六発も使わなきゃならんヒヨッコが」

「その銃だけで立ち回ってきたアンタが異常なんだ」


 先込め単発銃マスケット。フリントロック式。木目調の長い銃身の拳銃には、発射するために指で起こす撃鉄ハンマーの先端に燧石すいせきが取り付けられている。


「あれって、そんなにすごい銃なの?」


 ピリスがケンジに訊く。


「すごいっていうか、古い。一応現役のコルトなんて目じゃない。美術館行きの骨董品。一発撃ったらいちいち銃の先っぽから弾を込めて、火蓋に火薬を入れなきゃいけない。連射なんて利かないし、そもそも撃っても銃身がブレて当たらない。戦国時代の火縄銃よりちょっと良いくらいの性能」


 クリーフが、ケンジの“解説”を笑い飛ばす。


「ガッハッハ!! 銃の性能や連射に頼るなんざ三流よ。訓練を積めば、あとは一発でこと足りる。この小僧にも常々そう言ってやってるんだが」

「無理だって言ってんだろう。この怪物ジジイ」


 どことなく会話のやりとりが気安い。マコトがその微妙な違いに気付きかけたところで、話題が変わった。


「おやっさん、引退した賞金稼ぎが、現役に物申すっていうのなら、余程のことなんだろうな」

「余程のことを企んでいるのはお前さんたちだろうに。なぁ、円卓の十勇者、マコト・サイガ殿よ」


 呼びかけられた最強の魔法使いが一歩前に出る。


「ギルド長クリーフ様、突然かつ予告なき来訪の無礼をお許しください。私は、あなた方が異世界と呼ぶところで落命し、ここクリサリアに新たな生を受け参上しました。勇者の末席を汚す者の一人、マコトと申します。こちらは、私の仲間。一人ずつご紹介いたしますが」


「いや、いい。あとでぼちぼち覚えることにしよう。それよりも、本気か、お嬢さん。王都のデカい城でふんぞり返ってるあのシリズを、本気で狩ろうって?」


「本気です」


「何故だ」


「この世界は、歪んでいます。それを、正さなければなりません。そのためには、仕える王であり私の実兄でもあるシリズを、雑賀さいがかけるを失脚させねばなりません」


「殺すことになってもか」


「同じ境遇の人間として、兄妹として、言葉は尽くしました。しかし、兄は変わりませんでした」


「……この世界の何がおかしいと思う?」


「まずは、表向き、法による統治を謳いながら、事実上、勇者自身が立法・司法・行政の三権すべてを独占する独裁を敷いていることです。法治ほうちではなく人治じんちという欺瞞。

 さらに明文化された法源がありません。憲法条文など一行も記されておらず、それを含む六法は、裁判の度に勇者が自由に定めてよいことになっています。だから、リンゴ一つの万引きで死刑などという罪と罰のバランス、罪刑法定ざいけいほうてい主義も何もない判決が通って、多くの軽微な罪の方々が命を落とされています。

 最後に、これが最も重要なのですが、この世界は、あのシリズ・バーゼという救世の英雄によって、


 その言葉に、勇者の仲間たちが神妙になり、ビリーら賞金稼ぎが眉をひそめた。


「どう意味だ、勇者殿」


 ビリーの問いに、マコトはその目を真っ直ぐに向けて答えた。


「大魔法・『世界改変術式』。シリズは、魔王が栄えていた頃にはあったクリサリアの国家としての根幹を、すべて破壊して、新しく作り変えてしまったのです。クリサリア大陸全土の人間の記憶を奪い、改変することによって。彼は、その魔法を指して『グレートリセット』と呼んでいました」


 その発言に、クリーフが白い口髭に手を当て「ふむ」と唸る。

 ビリーは黒い口髭を撫でながら「それはそれは」と呻いた。

 ボニーは、長椅子に腰掛けて特に何の反応も返さない。


「私たちの世界には、法治主義という思想が芽吹いてから長い歴史があります。クリサリアにも、かつては明文化され、制度化された法体系があったはずです。それをシリズは、しまいました。自らが望む、絶対的君主が支配する世界を作るためにです」


 マコトの“演説”を聞き終え、先に口を開いたのはビリーだった。


「おかしなことだとは感じていた。俺の子供の頃は、なんというか、もっとな。よく考えたら、何で勇者がその場の雰囲気で決めた法律に、どいつもこいつも唯々諾々と従っている?」

「知らない間に、去勢されてたってことだろう。シリズ・バーゼという、一流の調教師に、お前も、そして俺もな」


 クリーフが、肩頬を持ち上げ、苦笑と自嘲を織り交ぜた表情を作って言った。


 世界を覆っていた隠された事実がつまびらかになり、しばし部屋に沈黙が訪れる。


 そこに、男が二人、飛び込んできた。ギルドで会話した、ロホとチコだ。


「大変だ、おやっさん」

「突然だが、大仕事だ」

「どうした?」

「勇者だ。この村に潜んでいやがる。既に十人、殺された」


 クリーフの鉛弾を思わせる目が、マコトたち勇者パーティを射抜いた。

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