04:河原の残骸
便利屋業は二十一世紀初頭から一般的になり始め、二〇五〇年代には一大産業になっていた。少子化時代が招いた人手不足は日常の些細なことにまで及んでいたのだ。独居老人の増加により家事をこなせぬものが増えると、介護保険制度の適用範囲外である要介護認定されていない老人たちが、ヘルパーにお願いできない買い出しやら掃除やら、細かい依頼を寄越すようになる。塵も積もれば何とやら、こういった仕事は次第に話題を呼び、独り身の老人たちの中で便利屋を利用する割合は着実に増えていった。
それでも法律の壁というものは間違いなく存在する。便利屋が出来る仕事というのは案外限られていて、あまりやり過ぎると法律に引っかかってしまうのが難しいところ。他業種を圧迫しない程度に仕事をこなし、ある程度のところからはプロを紹介しなければならない。バイタリティと顔の広さが必要なのだ。そのため、便利屋業を営む人の多くは大抵様々な職歴を持っている。一ノ瀬の社長、勇造もまた、以前は便利屋とはほど遠い仕事をしていたのだ。
勇造の運転する便利屋一ノ瀬の白い軽ワゴンは、
「区の依頼であれを解体するのよ」
後部座席、湊斗の隣で香澄が言った。
「いわゆるホームレスって人たちが以前はたむろってたんだけど、老衰で次々に亡くなったらしくてね。最後の一人が孤独死していたのを通りがかりの人が発見するまで、ずっとそのままになってたんだって。嫌よね、孤独死なんて。見つかったときは半分腐ってたとか何とか」
ぞわっと湊斗の背に虫酸が走る。冗談じゃない。人間が腐るだなんて。
「最初はね、臭いと虫にやられて気を失いそうになるけど、慣れてしまえばこんなものってヤツよ。――まぁ、慣れたくはないけどね。とりあえず今日は解体して、資源になりそうな金属類や家電製品なんかが残ってたら、それはそれで別の回収業者に連絡して引き取ってもらうのよ。あの様子だと殆ど木材、いいとこ木材チップになって終わりだろうけど、場合によっちゃ焼却処理しかできないかもね」
便利屋がどういうものかも知らず、声を掛けられたのをきっかけにしてただ単に金欲しさに雇われた側からすると、とても想像できなかった。
「便利屋って、汚い仕事なの」
という湊斗の問いに、
「キツイ、キタナイ、クサイ。金を稼ぐってことはそういうことさ」
ワゴンの助手席から、水田の太い声がした。
水田は小柄な勇造とは違い、胸板の厚い大男。一ノ瀬の会社で一番の年長者だ。勇造よりも色々と業界に詳しいらしく、事務所でなにやら勇造たちに指示をしているのを小耳に挟んだ。何でも、勇造が便利屋を立ち上げるときにわざわざ余所の便利屋を辞めて来たのだとか。そんなにもこの一ノ瀬勇造という男に魅力があるのか湊斗は不審で堪らなかったが、それでも会社という組織を束ねる人物だ、そういうものがなければ人も集まらないんだろうなと漠然と考える。
土手から道を外れ、急な坂道を下って河原へと入っていく。散歩コース用に舗装された幅狭いアスファルトを乗っ取るように、ワゴンは無理矢理突き進んだ。
湊斗の背を少し超えるくらいまで成長した葦の茂みは、遠くから見るよりも鬱蒼としていた。川からの涼しい風は嬉しかったが、やたらと飛び交う虫が確かに気になる。ワゴンを降りる前に香澄の指示で全身に虫除けのスプレーをし、頭からすっぽり蚊帳付き帽子のようなものを被された。ゴム手袋の上に軍手をして長靴を履き、ゴーグルと粉塵マスクも忘れぬように言われる。
まるでどこか洞窟にでも行ってしまいそうな格好に湊斗は正直ポカンとしたが、他の三人はあくまで真面目だった。
「夏だからな。かなり覚悟決めないと。現場見て『便利屋辞める』とか言うなよ。働かないうちから」
勇造は少し振り向いてにやと笑った。スカウトしておいてなんて言いぐさだ。
ワゴンから降り、道具箱と空のコンテナを引っ提げて小屋に向かう。砂利の河原をよいこらと足音立てながらゆっくりと。
「重いでしょ」
と、道具箱を水田と一緒に持つ香澄が、空コンテナ係の湊斗に言うが、嫌味にしか聞こえない。確かに、重いと言えば重い。
荷物を置き、汗を拭く。傾いた小屋の扉を「せーの」の掛け声で男三人、ぶち破った。扉がバキバキと音を立てて内側に倒れ、粉塵舞う。小屋の壁板の隙間から朝日が漏れ、斜めに光の筋を描いている。薄暗い小屋の中、しばらくして目が慣れると、そこにあった意外なものに四人は息を飲んだ。
「何か、いるよ」
それは生き物の形をしていた。黒いものとくすんだ茶のようなもの、布のようなもの。輪郭を視線でなぞる。丸みを帯びた、見覚えのある――。
「湊斗、見るな!」
勇造と水田が声を揃えた。
香澄の柔らかい胸が急に湊斗の顔面を覆う。押しつけられる胸の膨らみに興奮し、息が弾む。
「見ちゃダメ、早く、早くここから離れないと」
ぎゅっと湊斗を抱きしめる香澄の肩が震えていた。ガタガタと彼女の奥歯の鳴る音が、湊斗の耳を占領する。
「ね、何見えてんの、香澄さん」
「香澄、湊斗とワゴンに戻れ!」
水田は言いながら、軍手とゴム手を外して作業つなぎの胸ポケットから携帯電話を取りだしていた。
「いいから、いいから戻るのよ!」
自分と同じか、それ以上の体重の湊斗を、香澄は引きずるようにして河原の道を戻った。彼女のどこにそんな力があるのか。何故それほど必死なのか。湊斗には理解できない。ただ、自分以外の大人が皆一様に目を見開き、酷く慌てた様子で自分から何かを遠ざけようとしているのだけはよくわかる。
もつれる足を何とか持ち直して「自分で歩けるよ」と立ち上がった湊斗の耳に、マスクを外した水田の声が響いた。
「死体です。他殺体。人数……わかりません。身体の一部とか、頭だけとか。河原……そうです、――川のほとり。GPS情報、出てますか」
「嘘だろ、あれ、人間だったの」
坂道の中腹まで来たところで、湊斗は足を止めた。
「そうだよ、湊斗君。――何で、何で初日からこんな」
香澄はまた、ぎゅっと湊斗を抱きしめた。彼女のほんのり甘い香りが心地よかった。
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